【26】面倒くさい作者のプライド
『……でもそれって、今さらじゃないですか?』
『——っ!?』
柔らかくも芯のある女性の声音が、スマホから響いた。
一方的に盛り上がっていた中年男性が、冷や水を浴びせられた様子が、手に取るように伝わってくる。
(……うわぁ)
惨劇の予感に、イゼルは表情を顰めた。
そもそもヨウカイは少し、勘違いをしている。
イゼルからみたムーンは、おっとりした口調の聞き上手である一方で、かなり強い意思を持っている女性だ。
相手が年上の男性であろうとも、安易な迎合はしない。
自分の意見をしっかりと貫いてくるタイプである。
『だってAIなんかなくても、プロの人たちって、めっちゃスゴい人たちばっかりじゃないですかー。ぶっちゃけああいうのって、やればやるだけ凄さがわかってきちゃって、そのうち「どうせ私なんて」って諦めちゃう子は、今までだってずっといましたよねー?』
『そ……れは、そうですね……』
『でしょー? たぶん、それくらいで諦めちゃう人って、やっぱりプロになる前に、けっきょくどこかで離れていっちゃうと思うんですよねー』
創作に限らず。
どんなジャンルでも。
外側から眺めているだけではなくて、実際に内側へと踏み込んだ人間だからこそ、その上澄みがどれだけ凄いことをしているのか、身に沁みて実感する経験があるものだ。
そこで現実を思い知り。
己の限界を察して。
夢を諦める。
そうやって現場から離れていく人間の多さなど、今さら語るまでもない。
『あー、ですよねー。やっぱりプロとか社長とか、そういう業界の上澄みって、人として何処かが壊れているか、人生を棒に振るくらいの熱量がなければ、辿り着けない領域で戦ってますもんねー』
『そうそう、だからAIにケチつけるんじゃなくて、AIに負けるかーって頑張るくらいの人じゃないと、これからはプロになれなくなったってだけの話じゃないですかねー?』
『あとは逆にAIを上手く使いこなして、創作に取り入れるとか? まあそのくらいをやらないと、今後は厳しいでしょうねー』
ムーンの意見に、ヤスオも賛同していた。
『……』
そして救難を求めたはずの船から、無情にも蹴落とされたヨウカイなどは、完全に沈黙してしまっている。
流石に不憫過ぎたので……ポコン。
「……こんにちわー」
『あ、キツネくんも上がってきたー』
『こんにちわーです』
イゼルはミュートを解除。
気まずいボイスチャットに参加する。
『あの……ヨウカイさん。あんまり、気落ちしないでくださいね? 僕はヨウカイさんの気持ち、少しはわかっているつもりですから』
『うぅ……私はもう、時代遅れのポンコツなんだぁ……』
駄目だ。
完全にヘラっている。
イジけたアラフォー中年男性に需要は欠片も感じないが、だとしても、創作仲間としてイゼルは放っておけない。
『い、いいじゃないですか、王道になれなくても。書籍化されなくても。自分の作品についてきてくれる読者さんが一人でもいれば満足だって、ヨウカイさん、普段から言っているじゃないですか? そのマインドですって!』
『でもさぁあああああ! 私だって、少しはチヤホヤされたいんだよぉおおおおおお! 一度くらいランキング百位圏内の景色を見てみてぇんだよぉおおおおおっ! それがよぉ、AI使ったポッと出の新人たちがよぉ、なんでだよぉおおおおおおっ!? うぉおおおおおっ!』
万年弱小作家による、魂の叫びである。
必死すぎて、笑えない。
『ええぇ……』
ムーンはドン引いている。
『あ、ですよねー?』
ヤスオはここにきて初めての共感を示していた。
『やっぱりウェブに作品を投稿する作家さんっていうのは、大なり小なりの承認欲求を抱えているんですから、そこはもっと、自分に素直になってもいいんじゃないかなってー、界隈関係者の方々の話を聞いてていつも思っちゃうんですよ』
『あ、それわかるかもー。本音を隠したままの会話って、ちょっと気持ち悪いよねー』
『だ、だけどねぇ!? 大人の社会って、そういう優しい嘘で成り立っている部分があるの! 全員が全員、キミたちみたいなつよつよ陽キャなマインドで生きてるわけじゃないんだからねぇっ!?』
『つよつよ? ですかねぇ、僕たちって?』
『えー? 別に普通ですよー?』
いや、強いだろうと。
口には出さずとも。
そこはヨウカイに完全同意するイゼルだった。
真の強者とは、自らの強さに無自覚ですらあるのだ。
少なくとも学校では、ヤスオやムーンはリア充グループ。
自分やヨウカイは、陰キャ扱いされてしまうだろうと。
簡単に想像できてしまったのが、悲しい。
『……ふん、まぁいいですよ! 創作は、楽しんだもの勝ちなので! 私は今でも私なりに、創作を楽しめているので!』
そしてヨウカイは空気が読めないし発言が痛いしレスバも強くないようだが、メンタルだけは、異様に打たれ強かった。
今回だけでなく、彼がこれまでに何度も、正論や評価に打ちのめされた光景をイゼルは目にしてきている。
だけどヨウカイはまだこうして、創作界隈にしがみつくだけの『情熱』があった。
決して彼のようになりたいとは思わないが……
その一点だけは、尊敬に値する。
『で、でもキツネくんも、どちらかといえば「私」側の作家ですよね!?』
だからといって、簡単に巻き込まないで欲しい。
こういうところはわりと真剣に、困る人だった。
『あ、えぇ……まあ僕も、世間の評価より、自分の欲求を満たすために創作している人間ですからね……』
半分は本当で。
半分が嘘だ。
創作を自分のためにしている。
作品を生み出すこと自体が楽しい。
それは間違いない。
でも……やっぱり、誰かから評価されたい。
客観的に『面白い』と認めてもらいたい。
自分の作品は、ランキング上位で評価されている作品よりも絶対に面白いはずなのだ。
それなのにどうして世間から認めてもらえないのだという不満や欲求は、イゼルも抱えている昏い感情である。
(だけどそんなこと、言えませんよ)
作家なら誰もが抱える本音。
しかしそれを安易に口に出せない。
わかっている現実を認められないのは、作家という人種の譲れない矜持だった。
(それに僕自身、今はまだ自分の作品を、人にオススメできるほどの完成度だとは思っていませんし)
部分的に、秀でている部分はあれど。
全体としては、まだまだ拙い。
だから世間からの評価を受けにくい。
ましてや知人の目に晒すなど、時期尚早だ。
もっとよく技術を学んで、物語を練って、傑作を書き上げてから、知り合いに評価してもらいたい。
それが作者としての、イゼルの意地である。
『あ、そういえばまだ僕、キツネくんの作品を読んだことありませんでしたね』
『あ、わたしもわたしもー! 気になるーっ!』
しかし界隈の外にいる人間は、そうした作者の繊細な気持ちを、汲み取ってはくれないらしい。
あくまで『善意』という名の『凶器』を振りかざして、イゼルの防壁を叩き割ろうとしてくる。
「あ、いやそれは……嬉しい、ですけど、恐れ多いっていうか……」
『いやいや、そんなことありませんって。キツネくんがどんな作品を書くのか、普通に興味ありますし』
本当に嬉しい言葉だ。
同時に怖い言葉でもある。
やはり顔の見えない『他人』からの評価と、面識のある『知人』からの評価は、重みも意味合いもまるで違う。
特にイゼルはこれまでに散々と、彼らに対して界隈の情報や常識を、我が物顔で語ってきたのだ。
そんな自分の作品が、彼らに『大したことない』と評価されたとき……
(……ッ!)
想像しただけで、胸が痛んだ。
果たして自分は、その反応に耐えられるのか。
そして彼らはこれまで通りに、自分と付き合ってくれるのか。
怖くて……不安だった。
それなのに。
『ぶっちゃけさあ、メルルンだってキツネくんの作品、ずっと気にしてたんだよ!?』
ムーンがこの場にいない人物の名前を耳にした瞬間に……ドクンッ、と。
イゼルの鼓動が、大きく跳ねた。
〈作者の呟き〉
リアルの知人に自分の作品を紹介できるようになるまでが、作者としてのひとつのハードルである気がします。




