【25】AI論争(あくまで個人の偏見です)
夏休みの終わりを数日後に控えた夜半。
その日のディスコは、殺伐としていた。
『いやだからぁ、AIでポン出しした小説なんて、邪道なんですよ! それがランキング上位を占めている現状は、不健全なんですって!』
『え、そうなんですか? 僕としては規制される前に、新しいツールを使ってよくやってるなーって感じなんですけど』
口論しているのは、ヨウカイとヤスオである。
議題はAI作品がとあるWebサイトのランキング上位を独占している現状についてだった。
イゼルはボイスチャットルームに参加しているものの、聴き専に徹している。
(ヨウカイさんってわかりやすい反AI派だから、ヤスオさんとは相性が悪そうだなぁ)
こうしたAIの利用方法や適応範囲については、毎日のように、界隈のどこかで議論されている。
これまでに何度となく不満を訴えてきたヨウカイの言葉に淀みはない。
一方で、主観が強いことは否めなかった。
ヤスオはAI利用に抵抗のない革新派なので、淡々と事実のみを積み重ねている。
『それにランキング上位にいるってことは、少なくともそれだけユーザーの需要を満たしたってことでしょ? 安価で質の良い商品を迅速に届けるのは、資本主義市場の基本なのでは?』
『でも産地偽装しちゃダメでしょ! それに運営からも「まんまAI生成の作品はダメ」だって、通達が出てるんだし!』
『でもそれって、あくまでヨウカイさんの主観ですよね? 別にそれらの作品がAI生成「っぽい」だけで、確たる証拠はありませんよね? もしかすると本当に作者さんが寝る間を惜しんで投稿してたり、過去の大量ストックを同時に投稿している可能性も、否定はできませんよね?』
『だ、だからそれは、文体にAIのクセが残っていたり、更新速度が異常だったりして、見る人が見ればすぐにわかるんですって!』
『だったら尚のこと、それを見透かされた上で大多数から評価される作品を効率よく生成しているのは、もはやプロとしての強みでは? だってそれだけ、需要を満たすための市場調査がしっかりしているってことでしょ? 人間は性能がブレますけど、AIは一定ですので、企業としてはむしろこちらのほうが利用しやすくないですか? ユーザーとしてもその前提なら、気軽に読み捨てられるし、感想などで悩む必要ないので、互いにメリットはあると思いますけど?』
『しょ、小説や創作は、人の手から生み出されるからこそ、表面だけではなくその奥にある作者の主張や価値観を、楽しめるんじゃないですか! いくら表面がよくできていても、中身がスカスカなそれに突き合わされる方は、たまったもんじゃないでしょ!?』
『そう思う人は、読まなければいいだけですよね? でも実際にはそれに気づかないか、気づいていても気にしない人が大勢いて、その結果がランキングに反映されているだけなんですから、それはもうヨウカイさんが読者の需要を見誤っているだけなのでは?』
『だからそれはぁ! 作者がAIの不正利用を明記していないからぁ! 読者がわかっていないだけでぇ!』
『いやいや、それはもうなんていうか、逆に読者を馬鹿にしすぎてません? それを明記しないと作者の本質を見抜けない人間ばかりではないでしょうし、仮にそうだとしても、その人たちはヨウカイさんの主張する「作品の本質」まで届いていない読者層ってことになりますよね? 結局どちらも、作者がAIであることによる不利益を被っていなくないですか?』
『……ッ、だったら、作者として言わせてもらいますけどねぇ!? そうやって「安価な低品質」が市場を埋め尽くすせいで、作者が想いを込めた「高品質」な作品が、読者の元へ届く確率が、どんどん下がっていっているんですよ!? 超迷惑じゃないですかぁ!?』
『うーん、それについて語るならまず「品質」の定義についてからだと思いますが……でもトライアンドエラーは改善の基本ですし、AIが出てくる以前だって、一部の作者さんはポイントが伸びるまで、計画的に新作を投げては捨ててを繰り返していたみたいじゃないですか? 当時はそれ、叩かれなかったんですか?』
『それはまだ、本人が自分の時間を削っているから許容できますよ! でもAIはそれがないじゃないですか!?』
『ということは問題の本質が「AIを使うこと」じゃなくて「AIを使うことで相手だけ時間を節約できている」ってことになってきません?』
『……ッ! そ、れは……』
イゼルは知っていた。
ヨウカイはこれまでずっと、手書きの作品で、連載中は毎日投稿を続けてきた作者だということを。
そしてこの毎日投稿は、経験者にしかわからない、本当に辛い苦行なのだ。
たとえどれだけ最初にストックを用意していても、やがて尽き、作者は執筆に追われるようになる。
リアルでアクシデントが起きても焦りながら書き続け、更新が落ちればランキングが下降する恐怖に苛まれる。
そうしてプライベートを犠牲にしても、報われる保証はないのだ。
むしろ報われない人間のほうが大半である。
そんな苦行を継続できる作者は、本当に少ない。
イゼルはヨウカイの人間性も作風も、全面的に肯定できているわけではないが、しかしその努力と実績だけは心から尊敬していた。
そしてAIは……
そうした人間の努力を、真正面から否定する。
数分程度で生み出された文章が、数時間をかけた文章を駆逐してしまう可能性は、十分にあり得た。
(それは……溜まったもんじゃないですよね)
ヤスオの言葉は正論だ。
しかしそれを安易に飲み込めない苦しさを。
特に執筆に大量の時間を投資してきた作者たちほど深刻に抱えていることを、創作界隈の人間であるイゼルは理解できていた。
(でも……それって僕たちが、創作界隈の人間だから共感できる話なだけで、興味のない人には届かない主張なんですよ)
利便性の裏で淘汰されていく文化。
イゼルたちは今まさに、歴史上何度も繰り返されてきたその節目のひとつに立っているのだ。
『別にヨウカイさんたちがAIが使えない環境に置かれているわけではないのですから、便利なものは、どんどん利用していけばよくないですか? 自動車が発売された後も、馬車の運営に拘っている経営者は時代から取り残されるだけですし、それでもどうしても馬車で営業を続けたいっていうんなら、実利ではなく文化としての存在にシフトチェンジしていけばいいだけですよね?』
実際にヤスオとて、作者を貶める悪意はないのだ。
ただ純粋に。
残酷なまでに。
偏りのない公平な視点から、事実を積み上げているだけである。
『む……だから、それはぁ……』
それがわかっているからこそ、ヨウカイも感情論だけでは言い返せない。
かといって残酷な現実を『正しい』と、簡単に認めることもできない。
チャットルームにしばし、気まずい沈黙が漂っていると……ポコン。
『……こんにちわー。えっと、いま何の話ですかー?』
ボイスチャットルームに、ムーンのアイコンが加わった。
『む、ムーン氏!』
ヨウカイの声が弾む。
『ムーン氏ってそういえば、イラスト界隈の人でしたよね!?』
『え、ええ、そうですけど……?』
ムーンの声は引いていた。
完全に、厄介な男に絡まれた女性の反応である。
『今ちょうどAI生成の話をしていたんですけど、私、個人的には小説よりもイラスト界隈の方が、生成AIによる被害が大きいと思うんですよねぇ!? そのあたり、実際のところどうなんですかぁ!?』
『え、えぇ……そんなこと、急に言われましても……』
ありありとした困惑が、声音から伝わってきた。
察せていないのはヨウカイだけだ。
ガサゴソ、と。
何やらスピーカーの向こうで、相談の気配。
(……また誰か、いるのかな?)
ムーンが誰かと一緒にチャット参加するのは、今回が初めてではない。
スペースでも対話が目的ではなく、ラジオ感覚で参加しているリスナーは多い。
とはいえ前回のように、彼氏登場のサプライズは勘弁してほしいな……とイゼルが考えているうちに、再びムーンが喋り始めた。
『……そうですねぇ、ぶっちゃけAI生成のイラストが増えたせいで、描くのをやめちゃった子って、いっぱいいると思いますよー』
『で、ですよねぇ!?』
望んでいた反応に、ヨウカイが高揚する。
『そりゃ自分たちが長い時間をかけて身につけた技術やスタイルを、勝手に学習されて、ポン出しされるなんてたまったもんじゃないですもんねぇ!』
『うーん、確かにそれは、ありますねー。ほら、こんなに簡単にキレイな絵を描けるんなら、別に自分が頑張らなくてもいいかって感じでー』
『そうそう! そしてそうやって今の世代が芽を摘まれちゃうと、後の世代で活躍する人材が育たなくって、けっきょく界隈全体が収縮しちゃう負のスパイラルっていうか——』
『……でもそれって、今さらじゃないですか?』
『——っ!?』
冷ややかなムーンの声が、会話をぶった斬った。
〈作者の呟き〉
あくまでキャラクターたち個人の感想です(^^)




