【23】異物混入
いつものようにイゼルが顔を覗かせた、メルルが所属するディスコサーバーにおける、コメントチャットの出来事だった。
【なんぞ、誰かかかってこいや】
脈絡なく。
唐突に書き込まれた煽り文句。
サーバーにいたユーザーたちが次々と反応していく。
【なんだコイツ?】
【きっも】
【おけ】
【全員まとめてかかってこい。ワイは200センチ越えの150キロマンやけど、女にも容赦せんぞ?】
【対戦よろしくお願いします!】
【舐めた態度とる奴は家に凸ったる!】
【どこ住みですか?】
【まずはオマエが住所教えろ】
【質問に質問で返すとか、常識ないの?】
【テメーみたいなチー牛のやり方はわかってんだよ! どうせ住所教えねーんだから、こっちから聞いてやってんだろうがボケカス!】
【ひえっ】
【これは大変香ばしい】
【初絡みでチー牛認定されたワイ氏、泣いてしまう】
【お前みたいな奴はだいたい泣かしてきた】
【なるほど、つまり貴方は舐められるのが嫌いなんですね?】
【場所によるかな】
【ペロペーロ】
【ん、これはスリリングな味わいw】
【経験ないのにほざくな童貞ども。ワイは女子どもでも容赦しないし、二体一でもかまへんぞ?】
最初のコメントを皮切りに、次々と危うげなコメントがチャットに垂れ流されていく。
発言者は新参者だった。
荒らしのようにも見えるが、おそらくはレスバを楽しむためのネタなのだろう。
SNS界隈にはこうした独特のコミュニケーション文化がある。
わざわざ止めることはしないが、イゼルはこうしたやりとりが苦手なため、チャットには参加せず静観を決め込んでいた。
【なるほど、そこは分け隔てなくというスタンスなんですね】
一方でヤスオは先ほどから、嬉々として参戦していた。
【でもわざわざ相手のところに行って、何をするつもりなんですか? 目的は? 女性の家に凸すると普通に犯罪ですけど、訴えられた場合、どう対処するつもりなんですか?】
【え、普通にぶん殴るよ? っていうかぶん殴られたいの?】
【僕は純粋に気になったので、聞いているだけですよ? いや久々に、面白い人が来ましたねー】
すこぶる、ヤスオが活き活きしている。
他にも香ばしいコメントに釣られて、普段見かけないユーザーたちがチャット欄に浮上していた。
やはり自分が好きになれないだけで、こうしたコミュニケーションにも需要はあるのだ。
イゼルは複雑な気持ちを抱えてしまう。
(最近……このサーバー、人が増えたもんな……)
スノーマンが顔を出したあの日から、メルルのスペース活動は更なる飛躍を遂げている。
訪れるリスナー数に比例して、作品のポイントも爆発的に増加していた。
また良質なスピーカーや、作品のファンを確保するために、スペースで知り合った有望なフォロワーたちを、こうしてメルルのディスコサーバーに招待している。
そうして繋がった人たちが、各々のコミュニティで宣伝活動をしてくれれば、さらに作品のポイントは伸びていくことだろう。
メルルの新作である悪役令嬢は、投稿から二週間で、週刊ランキングのトップ10にまで食い込んでいた。
累積評価ポイントも、書籍化ラインが見えてきている。
学生デビューという目標が、現実味を帯びてきた。
(ちょっと、トントン拍子すぎて、怖いけど……)
すでにメルルの作品はイゼルの手を離れて、凄まじい勢いで独り歩きしている。
こうなってくると、個人での管理はもはや不可能。
流されるまま、行けるところまで行くしかない。
一方でメルルの作家としての経験値や、人間としての精神的な不安定さが、不安として大きく膨れ上がっていた。
(……でも、この流れを遮るのはダメだ)
ここで退いて、二度目があるとは限らない。
いつだってチャンスを掴むためには、相応のリスクを背負わなければならないのだ。
今がまさに、その時だろう。
何よりも、そもそもこのプロデュースを最初に提示したのは、イゼル本人なのである。
立案者が今さらそれを邪魔するなど、あってはならないことで……
(……ん、『邪魔』? メルルさんを『守る』じゃなくて?)
ふとした違和感。
その意味を確かめる前に……ポコン。
チャットルームに、新たなアイコンが音声ともに現れた。
『はじめましてー、ヨウカイです! ぴちぴちアラフォーなので、みなさんよろぴくね!』
奇妙なイカを、デフォルメしたアイコンである。
どこまで狙っているのかわからない、陽気な言葉遣いが痛々しい。
その全てに、イゼルは見覚えがあった。
(よ、ヨウカイさん!?)
ゴールドのサーバーで知り合いだったフォロワーである。
予想外の展開に、動揺を隠せないでいると……ポコン。
チャットに、新たなコメントが書き込まれた。
【なんだお前は? 普通にキモいよ】
書き込み主はムーンだった。
「ムーンさぁあああああんっ!?」
直接会話をするとムーンは物腰穏やかな女性だが、コメントだと、恐ろしいほどに辛辣な意見を飛ばしてくることがある。
しかしイゼルはヨウカイというフォロワーの、やけに空回る明るさに反して、実はナイーブだという面倒な性格を知っていた。
これは致命傷だと、察してしまう。
仕方がない。
フォロワーの傷口が広がる前に……ポコン。
チャットに飛び込み、慌ててフォローする。
『ムーンさん、大丈夫です! その人は僕の、他サーバーの知り合いなんですけど、悪い人じゃないんですよ!』
ポコン、と。
ムーンもボイスチャットに入室してきた。
『あ、キツネくんの知り合いだったんですかー。ごめんなさいっ!』
『いえいえ、こちらこそはしゃぎすぎました……ごめんなさい……』
すでに声音に元気がない。
確実に凹んでいる。
『……そ、それにしても、その声はもしかしてス——』
『ヨウカイさん?』
『——あ、なるなる! こっちではキツネくんなんですね! 了解です!』
よかった。
一瞬ヒヤリとしたが、そこはちゃんと空気を読んでくれたらしい。
『キツネくんって、こっちのサーバーにもいたんですね!』
声音からイゼルの正体を察したらしいヨウカイが、息を吹き返した。
『それじゃあこっちではキツネ先輩と、お呼びしたほうがよろしいですかね!?』
『い、いえ、これまで通りで大丈夫ですよ……』
『じゃあこっちでもよろしくね、キツネくん!』
『ヨウカイさん、わたしもよろしくですー』
『あ、ムーンさんもよろしくお願いします!』
その後はイゼルからの紹介もあって、なんとか新しいサーバーの空気に馴染んでいくヨウカイ。
しかし元々は別の世界に棲み分けていた人間たちが、混ざり合っていくその光景は……
まるで池に投じられた、小石のように。
イゼルの心に、小さな波紋を広げていた。
(……)
この変化が、何を意味するのかはわからない。
ただ胸の中に生じた波紋は、いつまでも。
イゼルの心を揺らし続けていた。
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数日後。
とある出版社からメルルに、書籍化希望の打診が届いた。
〈作者の呟き〉
街中とかスーパーで知人に遭遇すると、私はまず隠れて様子見する派ですね。




