【22】変化
『いやぁあのレビュー爆撃は、災難でしたよね』
『ホントだよ! 胸糞悪い!』
『でもあの一件があったからこそ、僕はメルルさんの作品と出会えたわけですし、一応は「怪我の功名」ってことになるんじゃないですかね?』
『いやいやそれはそれ、これはこれでしょ!? まぁこの流れで書籍化まで行けたら、少しくらい感謝……うん、ねぇわ。やっぱムカつく』
『あははは! 強欲ですねぇ!』
あの『無差別爆撃レビュー事件』から、一週間ほどが経過していた。
夏休みも半分が過ぎている。
今日も猛暑が街を覆い尽くしていた。
イゼルの部屋の外では……ゴォォォ、と。
エアコンの室外機が、重い唸り声を上げている。
「……」
しかし冷房の効いた部屋に籠る少年の顔色は優れない。
暑さのせいではなく、胸の内から湧き上がる冷たい無力感が、イゼルの表情を曇らせていた。
(なんだか……すっかり、定着しちゃったな)
界隈で炎上した爆撃レビュー事件に巻き込まれたことと、それをイックスやスペースで大々的に宣伝したことで、メルルの新作は一気に注目を集めることとなった。
その新作が、人気ジャンルである悪役令嬢であること。
表紙には、ムーンの助力を得て完成させた手書きのイラストが添えられていること。
さらにメルルの強みである独創的な筆力と、スペース活動で積み上げてきたフォロワーからの支援。
それら全てが噛み合うことで、新作はランキングを駆け上がった。
今では上位ランカーたちがひしめく、50位圏内にまで到達している。
そして一度ランキングやポイントが伸びれば、さらに人が集まってくる。
新たな読者が増えれば、評価が上がる。
評価が上がれば、ランキングが上昇する。
数字が数字を生み出す、非常にいい循環だ。
この調子で快進撃を続けていけば、本当に『学生での書籍化』が、夢じゃないレベルで見えてくる。
けれども……
(……今までは、僕が頑張ってきたのになぁ)
そうしてメルルの元に人が集まってくるほど。
相方であるはずのイゼルは、影に埋もれていた。
元よりメルルの活動に協力するために作ったアカウントであるため、このアカウントに、ちゃんとした交流のあるフォロワーは少ない。
基本的にメルルを通じて繋がった『フォロワーのフォロワー』程度。
つまりこのスペースに、メルルの補佐であるイゼル自身に興味を持っている人間は、ほとんどいなかった。
さらに最近ではメルルの飛躍に目をつけたスピーカーたちや、ヤスオの口利きで共同ホストを手伝ってくれる口達者なスピーカーたちが加入してくれたおかげで、スペースは安定した品質を保っている。
そうなると、元よりスピーカー適性の低かったイゼルは、優れたスピーカーたちに席を譲ることで、自然と会話の機会が減っていく。
一応は共同ホストだが、実際はほとんどミュート状態。
次々と打ち込まれるコメントにスタンプや返信を送って、メルルたちが取り上げる話題を取捨選別するだけの裏方となっている。
もはやこの程度の『お手伝い』なら……
イゼルである必要が、どこにもない。
(いやでも、こういう作業はメルルさん、全然できないし)
何よりこうした数字に群がる人間は、数字が減れば、あっという間に散っていくものだ。
そんな人たちを、簡単に信用することはできない。
特にメルルは暴走癖がある。
彼女が聞く耳を持つストッパーは絶対に必要だ。
大丈夫。
まだ自分にはちゃんと役割がある。
そう自分に言い聞かせて、イゼルが裏方に徹していると……
『……お、スノーマンさんじゃないですか!』
『マジだ! スノーマンさん、スピーカーあがっちゃいますか!?』
スペースのリスナー欄に、新たなアイコンが追加されたことで、スピーカーたちが湧き上がっている。
(えっ!? 本物!?)
イゼルも鼓動が跳ねている。
なにせ〈スノーマン〉というユーザーは、有名な書籍化作家のアカウントだ。
プロフィールを確認してみても、どうやら本物らしい。
ゾクゾクと、イゼルの背筋が粟立った。
すると……ポコン。
【誰、こいつ?】
ディスコ経由でメルルから、呑気な質問が送られてきた。
【アニメ化もしている有名な作家さんだよ! 知らないの!?】
【ふーん】
どうやら興味がないようだ。
イゼルなど先ほどから痛いほど心拍数が上がっているのに、メルルはこの衝撃を理解できていない。
微かな、苛立ちすら覚えてしまう。
【とにかく失礼な態度をとらないでね! 絶対に!】
【おけまる】
あまりに軽い返事に、不安を抱きつつ……
(……ま、まあさすがにスノーマンさんが、スピーカーに上がってくることはないでしょ)
実際に書籍化作家がスペースに訪れることは、珍しいが、ないことではない。
しかし界隈での立場や影響力を自覚しているプロたちがスピーカーとなって、自らの意見を発信することはまずあり得ない。
事実、共同ホストから送られたスピーカー申請を、スノーマンは拒否していた。
代わりに……
【メルルさんの作品読ませていただきました。久々に文章力で殴りつける作品に出会えて嬉しいです】
……などと。
イゼルなど思わず目を擦って再確認してしまったメッセージが、スノーマンによってコメント欄に書き込まれたことで、スペースは一気に燃え上がった。
『う、うぉおおおおお! マジかよメルルさん、スノーマンさんからのお墨付きじゃないっすか!』
『お、あざまーっす!』
『いや軽いな!? これ結構ガチで凄いことだよ!? え!? マジでこれなら書籍化、あり得るんじゃね!?』
『だーかーらー、あり得るじゃなくて、やるんだよ! そのためにウチは、作品書いてるんだから!』
『かっけぇえええええ! カワボなのに発言が漢すぎる!』
『これもう、書籍化待ったなしだろ!?』
『ん? そうなん?』
大興奮するスピーカーたちと、事態の重みを理解できずに、どこか他人事のような反応を見せるメルル。
なにせスノーマンはアニメ化作品をいくつも生み出し、大手新人賞の審査員まで務めた大物だ。
この高評価はつまり、メルルの作品が、その水準にあるというお墨付きのようなもの。
界隈に生きる人間たちが熱狂するのも無理はない。
『でもウチの作品を気に入ってくれるなんて、スノーマンさん、けっこうヤバい人なんですねー』
『ちょっ!?』
『メルルさん、何いってるの!?』
『ん? だってウチの作品ってけっこうヤベーから、気に入る人もヤベー奴ばっかだって、いっつも言ってるじゃん? いつものことっしょ?』
界隈の大先輩に対して、あまりに不敬であった。
失礼が過ぎて、無礼が極まっている。
しかしそうしたブレない姿が、事態を知らないリスナーたちからはクールに見えるのか、コメント欄はさらに加熱していく。
【そこそこヤベー自覚はありますよ笑】
さらにスノーマンが話題に乗ったことで、もはやお祭り騒ぎだ。
ここぞとばかりにURLを貼り付けてスノーマンに【自分の作品も読んでください!】と勝手に宣伝する不躾なリスナーたちも湧いており、そういったアカウントを淡々とブロックしていくイゼルだが、彼らの気持ちそのものは痛いほどに理解できていた。
(僕だって……)
尊敬する作家に、作品を読んでもらいたい。
評価やアドバイスを頂戴したい。
感想を聞きたい。
もしもその結果が高評価なら、最高だ。
しかし……
『あ、スノーマンさんは書籍化作家さんなんですねー。コメント、あざっす! 今度作品、読ませてもらいまーす』
価値観の異なるメルルのとっては、イゼルが渇望するその評価は、あくまでいちリスナーのコメントに過ぎないのだ。
あまりにいつもと変わらない対応に、スピーカーたちは冷や汗を垂らしながらフォローを入れて、リスナーたちは歓喜や称賛のコメントを連打している。
(……)
そして……こんなにも。
メルルの近くに、いるはずなのに。
話題に関われもしないイゼルは、ただひとり。
冷房の効いた部屋で、小さく息を吐いたのだった。
〈作者の呟き〉
メルルはイケメン俳優なんかに褒められると、キャーキャー舞い上がるタイプです。




