【20】公開処刑
『ん、さんきゅー』
開口一番。
カササギの口から飛び出した賛辞に、メルルが気怠げに答えた。
『もしかしてメルルさんって、声優とかVチューバー、目指してる系ですか!? ジブンもいちおう、そっち系に興味あって、ちょくちょく個人配信なんかもしてるんで、よかったらそっちでお話とかもしてみたいっす!』
ホストの塩対応にも気づいていないのか、興奮した様子で一方的に捲し立てるカササギ。
聞いてもいない自分語りや。
勝手な配信の宣伝までしている。
初っ端のマナー違反も含めると、この時点でスリーアウト。
完全に危険人物認定だ。
声音や口調が若々しいのでイゼルと同年代かもう少し下なのかもしれないが、カササギと名乗る少年からは、方向性の間違った熱意が迸っていた。
『あーうん、とりまウチお手洗い行ってくるんで、一曲歌っといてー』
メルルも興味がないらしい。
マイクをミュート状態にすると、早々に退散してしまう。
直後に……ポコン。
イックスのスペース欄に表示されない、ディスコの個人チャットに通知が来た。
【あとよろ】
送信者はメルルである。
(逃げるんじゃないよぉおおおッ!)
無数のリスナーたちが集うスペースに、イゼルとカササギだけが、取り残されていた。
「えっと……それじゃあ、カササギさん? 何か一曲、歌っていただけますか?」
『……あ、いや、ちょっと待ってください』
メルルが退出した瞬間から、カササギのテンションが、目に見えて下降している。
スペースに不穏な空気が漂い始めるなか、イゼルはとりあえず書き込まれていたコメントを拾い読みすることで、時間を稼いだ。
「……と、いう感じなんですね。ふむふむ、なるほど! ありがとうございます、勉強になりました! それでカササギさんは、選曲決まりましたか!?」
『うん、いやその、あんまり電波が良くないっていうか……やっぱり、やめておこうかなー、みたいな』
なんだそれは、と。
喉から飛び出しそうになったツッコミを、気合いで飲み込む。
(あれだけ散々と申請送っておいて、今さらそれを言うの!?)
きっと彼は、カラオケ云々ではなくて、直接メルルと話したかっただけなのだろう。
だから歌う気は無い。
でもスピーカーとしては居残りたいらしい。
モゴモゴと、何やらよくわからない言い訳を並べ続けている。
「あ、だったらまたの機会にしておきますか?」
『い、いえ、もう少し、喉の調子が良くなれば、多分……』
「じゃあ準備が整うまで一度、リスナーに降りておきますか?」
『あ、うん、大丈夫です、いけます、もうちょっと待ってください……っていうかジブン以外にも、誰かを上げて、ちょっと歌ってもらっておいたほうがいいかもです! うん、そうしましょうよ!』
じゃあなんで君はここにいるんだ、と。
何の権限があっての提案なんだよ、と。
溢れ出る憤りを、イゼルは必死に押さえ込んだ。
煮え切らない、支離滅裂なカササギの態度によって、スペースの空気はすでに氷点下へ突入している。
(メルルさん、助けてっ!)
カササギを自分の手に負えないと判断したイゼルだが、相方のメルルからは【きっもw】【コイツ何様?】と辛辣なコメントが個人チャットに打ち込まれるばかりで、助けに来る気配はない。
そのとき……ピコン。
スマホの画面に、新たなメッセージが送られてきた。
(……ッ!)
それはイゼルが待ち望んでいた『共同ホストの受諾申請』であり、移動中はリスナーとして待機していた彼女が、すぐにスピーカーへと上がってくる。
『やっほー! キツネくん、お待たー!』
「ムーンさん! いらっしゃい!」
乾いた大地に染み込む、慈雨のような声音。
思わず声音が弾んでしまった。
『っていうかごめんねー、遅れちゃって! ちょっと待ち合わせミスっちゃってさぁ!』
「ん? 待ち合わせって、誰かと一緒に来たんですか?」
『うんうん、カラオケスペやるって言ったら急に自分も行きたいって言い出したから、急だけど連れてきたのー! あとで紹介するねー!』
そういうことは事前に教えて欲しいと進行役として思わないでもないが、今はもうこの凍りついた空気を変えられるのならばなんでもいい。
安堵を覚えるイゼルだったが……
『……あ、ムーンさんですか! 初めまして、ジブン、カササギっす!』
息を吹き返したのは、イゼルだけではない。
先ほどまで掠れていたカササギの声音が、急に勢いを取り戻す。
『いやムーンさんの声もジブン、マジ大好きで——』
『——っていうかさぁ、マジでありえないんだけど』
臆面もなく擦り寄っていくカササギに対して。
ムーンの声音は、どこまでも冷たかった。
『で、歌うの? 歌わないの? どっち?』
『あ、いえ、ジブンはまだちょっと様子見っていうか……』
『……あっそ。じゃあバイバイ』
次の瞬間には共同ホスト権限で、スピーカーに上がっていたカササギがリスナーへと蹴り落とされていた。
(……こっわ)
普段の優しい声音や喋り方から勘違いする気持ちはわかるが、あのメルルと対等に渡り合えるだけあって、ムーンはけっこう気の強い系の女子だ。
たとえ人前であろうと、気に入らないものには堂々と『NO』を突きつけられる。
美しい刀身のような言葉には、相応の切れ味が秘められていた。
『ちっす〜、ムン! おつかれ〜っ!』
『っていうかメルルンもさぁ、キツネくんばっかに面倒ごと押し付けるの、よくないって前に言ったよね!? ちゃんと謝りなよ!?』
事態が沈静化してからのうのうとホストに復帰したメルルに対しても、きっちりと謝罪を求めていくムーンである。
「……っ!」
イゼルは誰もいないカラオケルームの中で、ひとり、両手を組んで感謝を捧げた。
『あーもーわかったよ、ごめんてキツネくん』
『心がこもっていない! もう色塗りのアドバイス、してあげないよ!?』
『ごめんなさい! もう逃げたりしませんから許してください!』
いや絶対にまた逃げるだろう、と。
イゼルは冷静に思った。
しかし一応は謝罪を受けたことで、少しだけ溜飲が下がる。
コメント欄も……
【メルルさんが謝ってるwww】
【仲がよろしいようで何より】
【てぇてぇ小屋はここですか?】
……などと、ムーンの参加で盛り上がっていた。
(よし、これならここから、巻き返せる!)
メルルとは異なる需要の、ムーンの魅力を再確認。
勝利を確信するイゼルだったが……コンコン。
『うぃー。とりまウーロンでよかったんか?』
『うん、ありがとっ♡』
唐突に。
ムーンのマイクから溢れた男の声音と、甘ったるい声音に、イゼルの呼吸が止まった。
『あ……あの? ムーンさん? お連れの方って……男の人、なんですか?』
『うん、わたしの彼ピ! はじめましてだよね!』
『うぃー、コイツ……ムーン? って呼べば、いいんだよな?』
『うん、そうそう! 今回は本名バレ無しで!』
『ういうい、じゃムーンのカレシってことで、よろでーす。いちおうバンドのボーカルやってまーすっ!』
『うん? 聞いたことねぇ声だけど、なんだよムン、また新しい彼氏かよ?』
『そうだよ、付き合って一週間でーす♡』
『うぃー、ラブラブでーすっ』
「……」
地獄のような、空気だった。
コメント欄も荒れている。
そもそもこのスペースに集まっているリスナーは、普段は接点のない可愛らしい女性スピーカーたちの声を聴くために、こうして集まっているのだ。
生々しい彼氏の存在など、誰も望んでいない。
そのうえいかにも女ウケしそうなイケボで、女慣れした陽キャが滲む発言は、圧倒的な恋愛強者としてのオーラを撒き散らしていた。
弱者の群れに放り込んでいい王者ではない。
『じゃあとりま、駆けつけ一曲で、デュエットを歌いま〜すっ♡』
『おう、いったれいったれ!』
『うぃー、ちぃっと本気出すぜーっ!』
そしてムーンはその後も彼氏と見事なデュエットを披露し続けることで、リスナーたちの脳を次々と破壊していくのだった。
〈作者の呟き〉
NTRかBSSなのか、難しいところですな。




