↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/33

第二六話 裏で動く者たち

 ユカリが後宮より下がった。

 その報は七里香(しちりこう)の演出によって、翌日には宮中の隅々まで知れ渡っていた。


「聞いたか? 承香殿(じょうきょうでん)の新参女房。病で里に下がったとか」

「……まあ、あれほど噂になれば、気も病むでしょうな」

「菖蒲女御(にょうご)の監督不行き届きと言われてはいたが、結局、かわいそうな女房がひとり出たというだけのことだったな」


 各所で交わされる殿上人(てんじょうびと)らの会話を聞きつつ、七里香はほくそ笑む。

 瓊花(けいか)からの命は既に下された。

 あとはそのように動く——いや、動かすだけだ。

 七里香が承香殿へ戻ると、桔梗(ききょう)がふんわりと微笑んで迎えてくれた。

 手応えあり、と表情だけで語り、七里香は頷いた。

 桔梗は何度か頷いて、ほっとしたように睫毛を伏せた。

「けれど、驚きました。ユカリ殿がまさか——ねえ?」

 菖蒲家当主の北の方、花影その人であったとは。

「あら、私はそ(・)う(・)かなと思っておりましたけどね」

「まあ、何故?」

 七里香はにんまりと笑った。

「ふふふ、それは秘すれば花ということで。——さて、桔梗さん。これから動きますわよ」

「何もかもが、ね。どうぞお気をつけあそばせ」

「お互いに、ね」

 顔を見合わせて頷き合い、二人はそれぞれの役目を果たすべく、動き出す。

 包囲網を敷くべく、七里香はそっと噂に色を足した。

 「承香殿の新参女房に通っていた男の、正体が知れたとか。なんと相手は殿上人の何某(なにがし)とか」

 宮中はまたひどく騒(ざわ)めいた。

 誰、ということは明言されず。

 けれど殿上人であることは間違いないらしい。

 

「ただの噂だろう」

「いや、出処が承香殿の女房だというから、確かなのでは?」

「結局のところ、誰なのだ? 一人か、多数か?」

「さて……。その内の一人、ということなのでは?」


 噂は当然のこと、麗景殿にも届いていた。

 大いに騒(ざわ)めく者らを尻目に、蛍袋は柱の陰で眉を寄せていた。

 ゆっくりと崩れ落ちるように膝を折る。

(正体——本当にユカリのもとへ通っていた男が居た……。しかも、殿上人だとか。そこから真相が広まるのはまずいわね)

 その男が言上(ことあ)げし、ユカリに通っていた男は一人であると明らかになれば。

 噂を広げた蛍袋側が非難されてしまう。

(そう。私まで辿られなければいいだけなのだけど——)

 蛍袋は親指の爪を噛んだ。

 嫌な予感がする。

 常ならば、噂の根源まで辿れる者は居はしない。

 そして、辿られたとして、誤解だと煙に巻けばいいだけのこと。

(確かめなくては)

 その「男」が誰なのか。

 場合によっては抱き込んで、味方に引き入れてしまえばいい。

 蘇芳女御の後ろ盾が得られるのは、男にとっても悪い話では無いだろう。

 そこまで考え、蛍袋は立ち上がる。

 蘇芳女御の不興を買ってはいけない。

 今でこそ、蛍袋は使い勝手が良いと重用されている。

 だがしかし。

 役に立たぬ——いや、自身の弱みとなると判断されたなら。

 蘇芳女御は容赦なく蛍袋を切り捨てるだろう。

 里下がりを命じられるだけならばともかく、口封じに殺される可能性さえある。

(——捨てられてなるものですか!)

 蛍袋は決然と歩き出した。


 丁度その頃、蘇芳女御のもとには蘇芳木蓮(もくれん)が訪れていた。

 蘇芳女御の前に平伏し、木蓮は穏やかに挨拶をする。

「女御様におかれましては、ご機嫌麗しく」

 蘇芳女御は扇を揺らして小首を傾げた。

「何を堅苦しい。姉上とお呼びなさいな、木蓮」

 二人はゆったりと寛(くつろ)いでいるように見えて、油断なく辺りを睥睨(へいげい)していた。

 木蓮はちらりと承香殿の方向へと視線を向けた。

「承香殿が騒がしいようですね」

 女御は微笑んで弟を見つめる。

「おや、他人事のように言うのね」

 木蓮は目を細め、微笑んだ。

「他人事でございますから」

「ふふふ。悪い弟だこと」

 蘇芳女御は袖で口元を押さえ、楽し気に笑って見せた。

 すべては弟、木蓮の描いたように動いている。

「ですが、雑に描いた絵図でして、そろそろほころびが気になってまいりました」

 木蓮は悲嘆にくれたような表情で、わざとらしく泣きまねをして見せた。

 女御は大袈裟に驚くふりをしてみせ、心配そうに聞いた。

「ほころびとは、どこのことかしら。飛香舎の辺り? それとも——」

 木蓮はすっと泣きまねを止め、鼻を鳴らした。

「あちこち、ですね。飛香舎より上げた煙は何やら立ち消えそうですし、承香殿が燃えるかと思いきや、あっという間に消し止めた。挙句——」

 姉弟の視線がちらりと重なる。

「火元の女房に通っていた男が判明したとなれば、こちらまで辿り着く者がいないとは言い切れません」

「貴方がそう言うのは、新菖蒲中将殿のことかしら?」

 木蓮はくすりと笑う。

「あれは、なかなか隅に置けない人ですよ。私の関与に気付いている」

 女御はくすくすと楽し気に笑った。

「わざと気付かせてやったのではなくて?」

「ふふふ。どうでしょう。ともあれ、瓊花殿がどう動いてきますかね。件の男も、存外瓊花殿の息の掛かった人物かもしれませんし」

 まさか瓊花本人だとは、思いもしない蘇芳の二人ではあった。

「判明したなら抱き込んで、良き様に使っておやりなさい。もしくは——」

 女御の言葉に、木蓮はにこりと頷いて、扇を真横に動かした。

 その眼には刃物の色が映っていた。


 風が吹くたび、木々の梢が揺れ、色づいた葉が白砂へ舞い落ちる。

 女房たちの笑い声が御簾の奥から漏れ聞こえ、宮中に柔らかな華やぎをもたらしていた。

 承香殿(じょうきょうでん)。

 いつものように忙(せわ)しなく動き回る女房達。

 一息ついたところで声が掛けられた。

「もし、そこの方」

 桔梗(ききょう)が振り返る。

 そこに居たのは蛍袋(ほたるぶくろ)だった。

 桔梗は少しだけ驚いたようにして、闖入者を見つめた。

「まあ、何の御用でしょう。——ええと、麗景殿(れいけいでん)の方、ですわね?」

 何食わぬ顔をして、聞く。

 蛍袋は何も知らぬような表情をして名乗った。

「はい。蛍袋と申します。先日、こちらに新しい女房が上がりましたでしょう? その方のことで、少し」

 桔梗は内心では息を詰め、けれど柔らかく微笑んでみせた。

「ええ、はい。私でわかることでしたら」

 蛍袋は口を開いた。

「実は——わたくし、ユカリ殿とは旧知の仲で」

 無論嘘である。

「折角内裏にいらしたと思ったら、すぐに退出なさってしまって。結局お会いできぬままでしたの」

 桔梗は驚いた顔を作り、ゆっくりと安心させるように頷いて見せた。

「まあ。それは残念なこと。ですが、病が癒えましたらばお戻りになられましょう」

 ぴくりと蛍袋の頬が引き攣ったのが見えた。そこにあるのは焦りだ。

「すぐにお戻りになられますの?」

「すぐにとは……。ですが一日も早い快癒を願っておりますわ」

 蛍袋は心底心配であるという風に頷いた。

「ええ、ええ。それは勿論。——ところで、ユカリ殿に幾人もの殿方が通われていたと、飛香舎(ひぎょうしゃ)の方にお聞きしたのですけれど、本当でしょうか」

(来た)

 内心で思い、けれど表面では驚いたように目を丸くして、桔梗は首を横に振る。

「いいえ、まさか。ユカリ殿は承香殿に参じて間もありませんでしたし、そのような暇はひとつも。ただ——」

「ただ?」

 何でもないようにひとつ、餌を落とした。

「旧知の方が一度お見えになられたと聞いておりますよ」

 蛍袋はそっと聞いた。

「どなた?」

 桔梗は肩をすくめる。

「さあ? そこまでは。私はさほど噂に敏い方では無いので……。ああ、七里香(しちりこう)殿なら、ご存じかもしれませんね」

 蛍袋が顔を顰めた。

「まあ。あの方とはそりが合いませんの。他に詳しい方はいらして?」

「さあ……私ではわかりませんわ。他に詳しい人も知りませんし——お役に立てませんで」

 はぐらかして一礼して。

 桔梗は渡殿の辺りへと向かい、紅葉を愛でる風を装って中空へと声を掛けた。

「——お聞きになられましたか」

 それはまるで独り言。

 けれど確かに応(いら)えがあった。

 カンラン——瓊花の配下の影である。


 蛍袋は麗景殿へは戻らず、飛香舎へと向かっていた。

 例の「男」が誰かを知る者が、七里香以外に居ないのならば、目撃者を仕立てればいい。

 それは飛香舎の者でなくてはならない。

 衛士に砂金をいくばくか握らせて。

「いいわね。お前が見たのは何?」

「わしが見たのは、その女房の局にある男が入ろうとした所、既に別の男が居たので、慌てて逃げ去った場面であります」

 蛍袋はにこりと笑った。

「そう。その通りよ」

 例の「男」が居たのなら、それでいい。

 その他の男の存在を浮かび上がらせるだけだ。

 ——噂が再燃すればよし。

 しなくとも、ほんの一時。煙が上がればよいのだ。

 そして次の火種(ひだね)を放り込む。

 もう幾人か、飛香舎の者で目撃者が欲しいなと、蛍袋は思案する。

 衛士ひとりではいかにも弱い。

 距離もあった故に見間違いであろう、と片付けられてしまう可能性もある。

 下臈(げろう)の女房をもう一人、二人使えぬだろうか。

(丁度良い者が居たかしら——)

 蛍袋は飛香舎を一瞥し、一旦は麗景殿へと退くことにした。


 その一部始終を、カンランが影より窺っていたことには、気付かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。