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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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間章2 新米貴族は、姉弟喧嘩に手をこまねく。5


 ライフアリー商会としてのファビオの訪問の結果、ディオネの我が儘もとい、要望をファビオから人づてで聞くよりも、直接ディオネがタングリング家のライアンかエリザベスに訪問する事が決まった。


 とはいいつつも、ほとんどがライアンの提案でファビオは提案の話に頷いて答えるだけだったが、大筋の決め事はそれで決まりだった。

 

 ディオネ本人がいない間に決めたことについては、ファビオとエリザベスは彼女のことを心配する素振りを見せなかった。そのことに関して、二人がディオネのことをどう評しているのかがライアンは気になって聞こうとしたが、エリザベスの長話の起点になりかねない話題だと思って黙ることにした。

 彼女がこの話し合いに参加しなかったことが今日一番の幸運だと、すぐにデミストニアに帰るファビオを見送る為に屋敷の玄関から出て、馬車の方へ歩いていく彼を見ながらライアンはそう思った。


「ねぇ、ライアン」


 屋敷の玄関口でファビオの帰り支度を見ているライアンは、隣に立つエリザベスの落ち着いた声に顔を向けて聞いた。


「どうしたんだい?」


 製紙工場から戻ってきた時よりも、もう陽は傾いていて汗が滲むほどの日差しは微かに吹く風のおかげで肌に涼しさを感じさせる。

 短くとも、時間が進んだ外で黒髪を腰まで伸ばしたエリザベスの芳香は、隣に立つライアンの鼻先をなでる。


(良い匂いだな)


 彼は言葉にはしないまでも、今がとにかく幸せな時間だと感じた。


「私、あの時よく分からなかったけど、あいつのこと分かったような顔で話したのは、なんで?」


「なんでって。……まぁ、やっぱり同じ男同士通じるものがあるんじゃないかな?」


「通じるものって、あなたとあいつでそんなものがあるの?」


 随分な言いようだとは思いつつ、至極当然の疑問を口にするエリザベスから目をそらして、ライアンはファビオに目を向けた。馬車の前で休憩していた御者に「今からデミストニアに戻れます?」と聞いたファビオに「い、今から? ……夜中に着きますけど?」と言われて、「全然いいです」とファビオは返した様子に(そこまで早く帰らなくともいいのでは?)と心で呟く。


(……うすうすそうじゃないかって思っていたが、やっぱりここに泊まりたくないんだな)


 外に出てから、二人の方に振り返ろうともしない彼のことにライアンは眉を下げる。


「男同士というよりか、働く大人としての感性ってものかな」


「……なに? 私が働いてない出不精の女って言いたいの?」


 突然、甲高いくらいの声が反転して低く頭に響くような彼女の声に変わったことで、ライアンはエリザベスの癪に障ることを言ってしまったことを察した。


 とりあえず、「そういうことじゃないよ」とライアンは彼女をなだめようとしたが、急に不機嫌になった彼女が落ち着く様子はなかった。仲間外れを極端に嫌う彼女のことを忘れていた訳ではない。ただ、彼女が『同性でしょ? 少しは分かるんじゃない?』と言ったが故に、ライアンはその言葉にあぐらをかいてしまった。


(手厳しいな、エリーは)


 胸の内で一人愚痴るライアンのことを見透かすように、不機嫌なままのエリザベスは「だったら何?」とライアンの肩を小突く。軽い仕草に見えても、その実、どっしりとした芯を揺らすような衝撃がライアンの肩に掛かった。


「エリー、ちょっとマナが出てるんじゃ――」


「あら? そうかしら? あいつと話していて鬱憤でも貯まってたみたいね」


「そう、そうなんだね」


 肩を擦るライアンに、エリザベスは「そうね」と言って未だに馬車の荷台越しに御者と話しているファビオの方を向いた。彼女に合わせて賑やかに何かを話しているらしい二人を、気になったライアンも見る。


 向こうでは、「やっぱり今日は泊まらせてもらえませんかね? デミストニアまでの時間が……明日の分の駄賃ももらってますし」と食い下がっていた。聞いただけでも凄く面倒そうな声を出す御者にライアンは(まぁ、今から帰る訳だから、彼が嫌がるのも分かる)と荷台にいるだろうファビオへ泊まるよう言おうとして、絶対に断るのは目に見えていたから声を出すのをやめた。


「あなたはいいんだろうけれど、僕がこの屋敷に泊まったら最後、棺桶に入った僕をあなたはデミストニアまで送ることになるだろうね、いいの? 依頼人を殺して?」


 荷台に腰かけているらしいファビオは汗を拭っている御者に言って、開いたままだった荷台の扉を閉めた。


「え? 殺して? え?」


「そうですよ。ここにはとんでもなく、言葉にするのも恐ろしい怪物がいるんです。だから、すぐに、帰りましょう」


 ここまで聞こえているファビオの言葉に戸惑う御者は、荷台の前で立ったまま屋敷の方にいる二人を見た。

 そして、ライアンと御者の目線が合う。彼は遠くとも分かるほどに困った顔を向けていた。


(喧嘩を売るようなことを言っちゃって、なんで帰り際で要らないことをいうんだよ、ファビオ君は)


「はぁ!? 誰が怪物だって!?」


(ほら、こうなるのは分かっていただろうに)


 ただでさえ不機嫌にしてしまったエリザベスが隣で癇癪を上げて地団駄を踏む。足を踏む度に細い足からは想像もつかない程重く低い音が鳴って、ライアンが立つ地面も少なからず揺れた。

 最近は漏れ出ることもなかった彼女のマナが、勢いよく漏れ出しているのが隣にいるライアンにはヒシヒシと感じ取れる。それこそ湯沸かしの魔道具のように。


「き、聞こえてた! ま、まずい! 馬車を早く出して!」


「えぇ!? もうですか!?」


「いいから!」


 後ろの屋敷すら、彼女の地団駄で揺れている気がしたライアンに、急いで馬車に乗り込んだ御者のかけ声が聞こえた後、「それではまたぁ!」と荷台から顔を出したファビオが二人に顔と手を向けた。

 くすんだ金髪が風で靡いて、鬱陶しそうに掻き上げる様がライアンの目には妙に手慣れているように感じた。


(何度かエリーに同じことしてそうだな)


 いたずら好きというわけではないが、やられたことは遠回りでもやり返すファビオの性格に苦笑いが出るライアンと――。


「戻りなさい! 大バカファビオ!」


「戻ったら殴りつけるじゃんか!」


「教育よ!」


「嫌だよ! あぁ! お義兄さんには、また手紙で連絡しますね!」


 もう走り出した馬車を追うとまではしなくとも、声を荒げて呼び止めるエリザベスの姿に、彼は(もう老いても変わりそうにないな)と一連の流れが風物詩になりそうな予感があった。

 手を振るファビオが声をかけた後、荷台に頭を引っ込めれば、彼が乗る馬車は屋敷の門を抜けてデミストニアに帰っていく。御者と馬車を曳く馬を心配しても仕方ないが、急な出発になった彼らに安全な帰り道になる事を祈るしかなかった。


「なんなのあいつ! 最後に悪口って、あんなのが弟なんて信じらんない!」


「まぁ、きょうだいの触れあいみたいなものだって」


「嫌よ! 小さい頃からあんなひねくれもの。やっぱり矯正させるべきだったわ」


 ファビオがいなくなった屋敷に涼しい風が強く吹くと、癇癪がおさまったエリザベスは「私、先に戻るわね」と言って屋敷の扉を開けて中に入っていった。






 トンッと屋敷の扉の閉まる音がライアンの後ろから聞こえると、外は一瞬にして静まりかえり、聞こえるのはそよ風が彼の体に撫でていく音くらいだった。


「一気に勢いがなくなったな。やっぱりファビオ君と話して楽しかったんだろうね」


 誰もいなくなって、日差しだけが照りつける外にライアンは彼女の後に続こうと、見送りも済んで用がなくなった外から屋敷の扉に手をかけた。


「あれ? 御者さんは?」


 少しだけ扉を開くと、中から外のそよ風よりもしっかり冷えた空気がライアンの顔に当たる。その後、屋敷の袖から水桶と飼い葉を持って歩いているホールが、辺りを見渡しているようでついさっき出ていった御者を探す声が聞こえた。両手一杯に抱えたホールの方をチラリとライアンが見ると、御者と目が合ったように今度はホールと目が合った。

 なにかを言わないといけない気がしたライアンは「ご苦労様、彼らならもうデミストニアに戻ったよ」と声をかけると、「はぁ」とライアンの言葉の意味を分かっていないようでポカンと口を開けた。


「本当。だから、その水桶と飼い葉は要らないね」


「……御者さんからは今日泊まると聞いていたんですけど? 本当ですか?」


 徐々にライアンの言葉を理解し始めたホールは、「いやぁ、厳しいっですって。これ、結構重いんですよ」と持っていた桶と飼い葉を地面に置いた。


「それに、泊まりの客室だって準備してたんですから」


 相応に重かったらしく、ホールはその場で座り込む。ライアンが立つ場所とは距離があったが、彼の服には脇の下と首の元に汗染みが出来ていて、腕には見覚えのある噛み痕も見えた。


「そういうこともあるさ」


「ないですって」


 ライアンに対するホールの言い方が、やっぱり友人に対しての扱いのような気がしたが、アリの面倒を見ていた後のようだから大目に見るようにした。後で主従の契りを本当に結んでいるかだけは確認しておこうと空を見上げるホールを見てライアンは予定を一つ追加する。


「……そうか、ないか。でも、本当に彼らは帰ったからね。それ、片付けておいてね」


 いくら涼しい風が吹いていても、この時期の暑さではライアンの額にまた汗が浮き始めた。


(もう、屋敷に戻ろう)


 これ以上汗臭くなったら、先に休んでいるエリザベスに何を言われるのか分かったものじゃなかったライアンは、「私は中に戻るから、水……は桶にあるか。なら、後は頼んだよ」と休んでいるホールに声をかけると、少し間が空いて「わかりましたぁ」と彼の声が聞こえた。


「ちゃんと、門も閉めておいてね。もう来客はないから」


 そう言ってライアンは涼しい屋敷に入った。

 外から、「嘘でしょ!」とホールの大きな声が聞こえたが、彼はその言葉に少し笑って屋敷の中を歩いた。

 

(案外、早く終わったな)


 内心、今日は話し合いなんて出来なくて明日に改めてするかもしれないと考えていたライアンは(二人も大人になったってこと……でいいか)と考えた。




 後日、ライフアリー商会がファビオに持たせていた商会の書類のことをすっかり忘れていたファビオがとんぼ返りでタングリングの屋敷に戻ってくるのは、また別の話。

 

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