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真実の理(しんじつのことわり)  作者: きゆ
第1章 近視
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第13話 罪悪感

 意識が、深い闇の中からゆっくりと浮かび上がってくる感覚があった。

 体は鉛のように重く、まるで出口のない洞窟の中に無理やり閉じ込められているかのようだった。

 何も見えない……。ここはどこ……?

 立ち上がることもままならずに座り込んだままあたり一面を見渡したが、ただ暗闇が広がるばかりであった。


 「そう……。()()は案外とても静かな場所なのね」

 彼女は落ち着いた声で何かを悟ったようにそう言った。


 (ううん、『静か』と表現するのは適当ではなさそうね。きっと聴覚や視覚を始めとした五感が失われているから、何も聞こえていないというのが正しい。でも、不思議と体にかかる『重力』のようなものはしっかりと感じられる。そして意識と思考は明瞭としている。不思議な感覚――。)


 彼女は物憂げな表情でぼんやりと思索に耽っていた。

 そして有るかないかもわからない目をゆっくりと閉じた。

 スーッと頬に(しずく)が滴る感覚があった。しかし、それもきっと外界からの刺激ではなく、私の意識が作り出したものだろう――。

 

 彼女はゆっくりと目を開けた。当然のことながら情景には何ら変化はなかった。


 


 「うーん、どっちでヤンスかねぇ……。」



 後方から聞こえないはずの()が聞こえてきた。

 彼女は一瞬だけ自身の瞳が微動したことを認識したが、たちまちその声と思しき()をどうでもいいと言わんばかりに、全く意に介することなく再び目を閉じようとした。


 「()()()()()()()からの婚約指輪と()()()()()()()からの花のネックレス……。50-50(フィフティフィフティ)、いや、僅かに婚約指輪の方が多いでヤンスかねぇ」


 その()()を聞いて彼女は自身の瞳孔が無意識に大きく開かれてくことがわかった。

 そして同時に目を見開き、声のする方向へ視線を向けた。


 すると声の先には、緑の蛍光色の1つの丸い光が揺ら揺らと浮かんでいる姿が見えた。


 (蛍……?いえ、今はそんなことはどうだっていいわ)

 彼女は宙に浮かぶ光をじっと見つめた。

 

 「あなた……一体何者なの……?それにどうして指輪のことを知っているの?」


 緑色の光は明らかに動揺していることが見て取れるように、慌てふためいた様子で右往左往しながらふわふわと飛んでいた。


 「…………」


 しかし、素早い動きとは対照的に、緑色の光からの返答は一向になく、沈黙を貫いていた。


 「こたえてっ!!どうして黒川君がくれた指輪のことを知ってるの?」


 緑色の光はビクッと反応した。


 (な、何なんでヤンスこの女……?いきなり大きな声で……。それよりそもそも何でアチシのことを認知できてるでヤンスか……?)


 「く、クロカワマサヤは貴女(あなた)にとって一番大切な人でやんすか……?」

 緑色の光は恐る恐る返答をした。


 「まずは私の質問に答えて。どうして黒川君がくれた指輪のことを知ってるの?」


 「どうしてって……。貴女(あなた)の人生を少し見させてもらったからでヤンスよ……」


 「人生を少し見させてもらった?どういうこと?全く意味が分からない」


 「わかる必要なんてないでヤンスよ……。それよりもさっきのアチシの質問に答えてくれヤンス。クロカワマサヤは貴女(あなた)にとって一番大切な人なのでやすんか?」


 「……。もしそうだとしたら、どうだっていうの」


 「そういう前提で仕事を進めるだけでヤンス。でも安心するでヤンス。貴女の一番大切な人の身を危険から守るために聞いているだけでやんす。」


 「危険から身を守るって……。黒川君の身に何かが起こるということ?それに、もし仮に一番大切な人が別の人だったら、どうなるの?」


 「この世の摂理として、死人(しびと)の最も大切な人には一定期間危険が付きまとうでヤンス。もしクロカワマサヤが一番大切な人でないのなら、危険は及ばないでヤンス。代わりに、別の最も大切な人の方を守りに行く必要があるでヤンス」


 「危険ってどんな危険?誰が一番大切だなんて、自分でもわからない。それに、誰が一番大切かなんて、自己申告制なの?全く持って理解できないわ」


 (やれやれ……。埒が明かないでヤンス。もっと聡明な子だと思ってたでヤンスけどねぇ……。)


 「自分でわからないというのなら、アチシが()()()に判断して決めるでヤンスからもういいでヤンスよ……」


 「総合的……?一体どういう意味……。あっ……!」


 緑色の光は瞬く間に上空へと舞い上がり、はるか彼方へと見えなくなってしまった。


 すごく嫌な予感がした。



 ピカッ――。

 


 「今度は一体何……?」


 左端の方から光の破片が差し込んできていた。

 そして視界の端にはぼんやりとした人影が見えた。


 「幸……っ、さちっ…!!」

 聞き覚えのある、懐かしく温かい声が彼女の鼓膜を震わせた。

 その声に導かれるように、彼女はゆっくりと暗闇の中を這って歩いた。


 光に近づくにつれて五感の感覚ははっきりとしてきた。それと同時に体中に鋭い痛みが走り渡った。


 「うっ……。痛い……苦しい……辛い……」

 失われていた()()()()が一つ歩を進めるごとに蘇ってきていた。が、彼女は歩みを止めることはなかった。


 光に手が届きそうなところまでようやくたどり着いた。

 もう少し……。

 彼女は体の限界を感じながらも、精一杯光に向けて手を伸ばした。


 ――すると温かい感触に彼女の手が救い上げられたことがわかった。


 「さとし……くん……?」

 「よかった……。意識が戻ったんだね……!」


 彼は、安堵の表情を浮かべながら、私の目を見つめ手をそっと握り返した。

 その手のひらからは、彼特有の温もりと優しさが伝わってきた。


 「……ここ……どこ……?」

 彼女は、掠れた声でそう尋ねた。

 喉はカラカラに乾き、まるで砂漠を渡り歩いた旅人のようだった。


「……病院の集中治療室だよ。幸は、式場で倒れてしまって……」


 病院……。

 ああ、そうか。結婚式。私が憧れていた結婚式。

 その最中に気を失ってしまったのだ。


 「……式は……?」

 「……もちろん中断になったよ。でも、幸が意識を取り戻してくれた今、それが一番大切だから…」

 彼は、優しい笑顔でそう言った。

 


 その笑顔が彼女にとっては一層苦しいものに感じられた。


 「ごめんね……せっかくの結婚式で…」

 「謝ることなんてないよ。幸の体調が第一だから…」


 青年は、彼女の髪を優しく撫でながら、そう言った。

 「それよりも、呼吸が苦しかったりしない?大丈夫?」


 彼の温もりに触れ、彼女は込み上げてくる涙をこらえることができなかった。

 


 「泣くことなんてないよ。それに後ろめたいとか、そう言ったことを考える必要は全くないから。また体調がよくなった時に、式を挙げ直そう」


 「……」

 彼女は伏し目がちであった。そして瞳には陰りがあるように感じられた。 


 「……聡くん……」

 「ん……?」


 「指輪、つけてほしいの」

 青年は少し驚いた表情をしたが、「あぁ」と言って、ポケットに入れてあるリングケースを取り出した。


 「ほら――」

 青年は彼女に向けて指輪が良く見えるようにリングケースを開いた。


 集中治療室の薄暗い照明を1点に集めるかのように、ダイヤモンドは煌々と輝き、眩しかった。

 (私にはもったいない……)

 彼女は心の底からそう思った。


 「指を出してごらん」

 青年は優しい声でそう言った。

 彼女は、か細く青白い手を青年の元へ腕を震わせながら差し出した。


 指輪はスッと彼女の指に入った。

 「うん、ぴったりだ!すごくよく似合ってるよ!」


 彼女は、それを直視することができなかった。

 「ありがとう。これは私の一生の宝物。ずっとずっと大切にする」


 青年は穏やかな表情で「よかった」と言った。


 「……ねぇ、聡くん――」


 「ん?どうしたの?」


 「最後の儀式、まだ残ってるよね……?」


 青年はドキリとした。がしかし、何に対しての驚きであるのかを彼は正確に捉えることはできていなかった。


 「最後の……儀式……?」

 青年は僅かに声を震わせながらそう言った。


 「うん……。誓いのキス」


 青年はゴクリと唾を飲みこんだ。そして、少したじろいだことを自覚した。


 「い、今はほら、まだ容体も安定したばかりだし、酸素マスクを外さないほうが……」


 彼女はじっと青年の目を見つめていた。

 青年は彼女の眼差しに気圧され、身動きが取れなかった。


 カッ――。


 スッ――。


 ――柔らかく生温かい感触がした。ねっとりとした感触もあった。そして血の味がした。

 ――頭の中が真っ白になった。でも、今までに味わったことのないとても心地の良い感覚で一杯になった。

 ――時が止まったように感じた。いや、時が止まって欲しいと願っていた。

 ――実はずっとこうしたかったんだと、自分の奥底に抑圧していた欲求が顕在化した。


 しかし何故か、しばらくすると急速に心地よさが失われていく感じがした。


 〔ピ―――――――――ッ〕


 その音で青年は我に返った。

 彼女の顔が、手が、全身が冷たくなっていることに気が付いた。


 青年は急いで彼女をベッドの上に寝かせ、酸素マスクを着用させた。

 そして震える手で側にぶら下がっている緊急コールのボタンを連打した。


 ものの30秒もたたないうちに、医師と看護師が治療室へと入ってきた。


 「はやくっ!!!」そう叫んだ。


 彼らは彼女に何かをしているようだった。


 そして、間もなくお義母さんとお義父さんが到着した。


 悲痛な叫び声で彼女の名前が何度も何度も呼ばれている光景を目にした。


 胸が張り裂けそうな感じがした。



 その後のことはよく覚えていない――。

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