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真実の理(しんじつのことわり)  作者: きゆ
第1章 近視
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第12話 背目

◆第12話 背目


― 同日 新宿区 延天堂大学病院前 ―


 青年は息を切らしながら高く聳え立つ白い『巨塔』へ向かって一目散に走っていた――。

 行き慣れていたはずの病棟への道のりが、延々と続く宮殿の回廊のように長く感じた。


 青年はハッと我に返り、後ろを振り返った。すると50メートルほど先に、義母のよろけながら前進している姿があった。


 「しまった――」

 青年は心の中で義母と共に病院へ向かっていることを忘れるほど焦燥にかられ、平静さを失っていることに今頃気が付いた。


 「お義母さん!置いていってしまいすみません!すぐにそちらに行きます!」

 青年は義母の方へ足を踏み出しながら大声でそう言った。


 「大丈夫……。私は大丈夫よ、サトシ君……!先に行ってちょうだい!」

 義母は酸欠になりながらも必死に声を振り絞って叫んだ。


 ビル風と、義母の息切れした声が相まって声は青年の元には十分届いていなかった。が、彼女が何を伝えようとしているかは、娘婿は十分に理解した。


 「わかりました……!先に僕が病院へ行きますので、お義母さんはご無理をなさらず来てください!」

 ――何が「ご無理をなさらず」、だ。青年はこの現状で義母にかけるのに全くふさわしくない言葉を放ってしまったことに対し、自分の頬をぶちたい衝動にかられたが、今はそれどころではないと自分に言い聞かせた。

 先を急ごう――。青年は踵を返し、元の進路に向かって再び走り始めた――。


◇◆◇◇◆◇


 10分、いや15分程走ったか……?そんなことはどうだっていい……。


 病棟の入り口付近へ到着すると、見覚えのある救急車が赤いサイレン灯をクルクルと光らせながら停車していた。


 「やはりあそこか……」

 青年は救急車を下車した後の彼女の行先について何となく想像はついていた。


 薄暗い廊下の先にある『集中治療室(ICU)』というランプが点灯した入口の扉は固く閉ざされていた。

 「くそっ……。やはり外からだと中に入れないか……。」

 青年は居ても立っても居られない心境であった。今にでもこの扉を拳で激しくノックしたい衝動で握りしめた手が震え、浅い呼吸を繰り返していた。

 もう理性では感情を抑えきることができないと、人生で初めてそのような感覚に陥った。


 その時、「ご家族の方ですかー?」廊下の後方から女性の声が聞こえた。

 青年はその声を聞いて自身の瞳孔が収縮したことをはっきりと自覚した。


 「そうですっ!今治療を受けているのは、僕の妻です!!」

 相手が誰かも確認せぬまま青年は大きな声でそう言った。


 「ご家族の方ですね。今治療室の医師に状況を確認してきますので、少々お待ちください」 ナース服の女性は落ち着いた声でそう言った。


 「はい……」青年は喉が掻き切られたようなかすれた声で返事をした。


 扉が開いた――。その先には青白く静かに横たわっている彼女の姿が一瞬だけ見えた。


 「頼む……。頼みます……。どうか彼女を助けてください」

 青年は無意識のうちに跪き、手を組んで天を仰いでいた。

 神様、仏様、森羅万象を司る超自然的なもの……なんだっていい。とにかく彼女の命だけは助けてください。


 ガラガラガラッ――。


 扉が開くと青年はすぐに目を開けた。

 すると目の前には、医師と思われる男性と、先ほどの看護師が立っていた。 

 「幸の…いえ、妻の容体はどうですか?」


 「ご家族の方ですね。患者様は何とか一命を取り留めました。今回の失神は酸素欠乏が原因です。もうじき意識は回復すると思いますが、赤血球の減少が著しいため、今後は安定的に酸素を供給する『経鼻カニューレ』という医療器具をつけて生活をしていただく必要があります」


 青年は肩の力が抜け、束の間の安堵を覚えた。


 「あ、ありがとうございます!それでは幸は……妻はこれからもしっかりと治療をしていけば大丈夫ということですね!?」


 医師と思われる男性は目を伏せ、視線を斜め下に逸らし、一瞬口を噤んだ。

 「一日でも長く生きられるよう、我々は最善を尽くします。奥様と一緒にいるお時間を大切になさってください」


 青年は医師が発した言葉の意味を理解することを本能的に拒んだ。

 「大丈夫です。私の妻は強いですから」

 聡は幸が結婚式で見せた健気な誓いの言葉を思い出しながら笑顔でそう言った――。

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