第11話 挙式②
◆第11話 挙式②
ドタッ、ドタッ、バタッ、バタッ、ガーッ、ガーッ――。
複数の足音と車輪を引く音が近づいてきていることがわかった。
「新郎新婦ご親族様の控室はこちらとなります」
かっちりとジェルで整髪された黒服のアテンダーがゆっくりと部屋の入り口を手のひらで指し示した。
入口の先には白髪の紳士とシンプルに着飾った淑女が佇んでいた。そして、紳士の握る手の先のハンドルに繋がる車椅子には花嫁が腰かけていた。
その光景を見て青年は少しだけ目を細めた。
父親と母親が立ち上がる間もなく、紳士と淑女、そして花嫁は足を揃え、背筋を伸ばし、深々と、ちょうど45度の角度で約5秒間ほど腰を折りたたんだ。
その時間はとても静かであった。しかし、今川家の者たちがその意を汲むには十分すぎるほどのメッセージであった。
「お初にお目にかかります。花形幸一郎と申します。こちらは妻の美世です。そしてこちらはサトシ君の、いえ、貴家に嫁がせていただく娘の幸です。初めてのご挨拶がこのタイミングとなってしまい、ご無礼極まりなく誠に申し訳ございません」
その声音はこれから祝い事が催されるという場面で聞かれるものとは程遠いものであった。
気づくと父親と母親も立ち上がり、お辞儀の姿勢を見せていた。
それを見るや聡は慌てて、それでいて悟られないようにサッと立ち上がった。
「こちらこそお初にお目にかかります。私は息子の父親である今川 昭大です。こちらは妻の貴美子です」
その形式的な挨拶の後はしばらく沈黙が続いた――。各々の交錯した思いが次にとるべき行動へ踏み出すことを妨げているように思われた。
沈黙を破ったのは、花嫁の透き通った声であった。
「お義父様、お義母様。結婚という息子様の人生にとって非常に重要なご決断に際し、私が直接お伺いしてご挨拶に上がれておりませんでしたこと、大変申し訳ございません。また、聡さんからこれまでの経緯についてはお聞きになられているとお伺いしております。かような不躾な私めを娶ってくださる聡さん、そしてこの婚姻を認めてくださりましたお義父様、お義母様のご寛大なる御心に心より感謝申し上げます」
父親と母親はその女性の言葉を聞きながらじっと彼女の足元を見ていた。
その眼差しは少しだけ鋭さを帯びていた。
最初に彼女の顔を見たのは、父親であった。
「ご丁寧なご挨拶ありがとうございます。こちらこそ、不届き者の愚息とご結婚しようと思ってくださり、ありがとうございます」
その声はとても穏やかであったが、どこか力ないものであった。
「さぁ、どうか中にお入りください。入口の前で留めてしまった我々がよろしくありませんでした。こちら側の椅子は新婦のご親族向けの席とのことです」
父親はそう言いながら、花形家一行を控室内に誘導し、アテンダーから聞いたスケジュール等の内容を簡単に話し出した。
車椅子も花形家夫妻の足並みと合わせて控室の奥の方へやってきた。
そして、両家は荷物の整理やこれから来る親戚を迎えるための準備をし始めた。
その乗り物は通路の妨げにならない場所に停められた。
車椅子に腰かける花嫁と、少しだけ離れた場所に佇む花婿の目が合った。
「やぁ」
青年は柔らかい表情でそう言った。
彼女は少しだけ照れた微笑みを浮かべながら、目を閉じて静かにうなずいた。
「体調の方は大丈夫そう?」
「うん、大丈夫だよ」
「そっか、それはよかった」
「これが私を守ってくれるから」
そう言うと彼女は胸元の衣服の下から透明色の花のネックレスを取り出し、手のひらに収めた。
「シロツメクサのネックレス……。つけてきてくれたんだね」
彼女はこくりとうなずいた。
「私の一生の宝物」
「ありがとう。でもね、今日もう一つ宝物ができるよ」
それを聞くと、彼女の微笑みは潤んだ笑顔へと変わっていた。
「さて、僕たちもそろそろ着付けのためにブライズルームに移動しようか」
「うん」
「それじゃぁ、両家の両親に着付けのために移動することを伝えてくるね。もちろん、ブライズルームへ君を連れていくのは僕の役目だということもね」
そう言うと、青年は当日の段取りと親族の着付け場所などを両家の親の元に駆け寄って説明した。そしてここからは花嫁と花婿だけで準備を進めるということも忘れずに。
彼の後姿は、どこか頼もしいものに思えた。
「よし、それじゃぁ行こうか」
「うん」
青年は車椅子の背後に回るとゆっくりとハンドルを押し始めた――。
◇◆◇◇◆◇
「とてもよくお似合いですよ」
手際よく衣装の皺を伸ばしながら、全身鏡に映る和装姿の新郎を見てスタッフはそう言った。
「ありがとうございます。実はちゃんと袴を着るのは今日が人生で初めてなんです」
「あら、そうなんですね。きっとそのお姿を見てご新婦様も惚れ直すこと間違いなしですよ!」
スタッフの方は笑顔でそう勇気づけてくれた。
青年はにこりと笑った。
「ご新婦様の和装姿もとても楽しみですね」
「はい。きっと世界で一番美しいと思います」
そんなくさい言葉が青年の口からは自然に出ていた。
〔ズッー〕
スタッフのインカムから漏れ出すノイズ音が微かに聞こえた。
「ご新婦様のヘアメイクとお着付けがもうすぐ終わられるとのことです。そろそろご新婦様がいらっしゃるブライズルームへお越しになっていただいても大丈夫なようです」
「そうですか。ありがとうございます」
青年は少しだけ胸が高鳴った。
「ご新婦様とのファーストミートのお姿、しっかりと目に焼き付けてくださいね! 素晴らしい結婚式となることをスタッフ一同心より願っております!」
新郎はスタッフへ軽くお辞儀をして部屋を後にした。
彼女のブライズルームはフロアが異なったため、歩いて到着するまで5分ほどかかった。だが、気づけばあっという間にブライズルームの扉の前に到着していた。
この扉の奥にいつもと違う彼女がいると思うと、より胸の高鳴りが増した。
コン、コン、コンッ――。
「新郎の今川聡です。お部屋にお入りしてもよろしいでしょうか」
「どうぞお入りください」
ドア越しからスタッフの声が聞こえた。
聡はゆっくりとドアノブに手をかけ、扉を開いた。
そこには椅子に腰かける真っ白な衣裳に身を包んだ、凛とした背筋の女性の後姿があった。
綿帽子も着けていたため、後姿からは彼女の身体的特徴たるものは何一つとして確認できなかった。が、何故かその姿はとてつもなく神々(こうごう)しく輝いて見え、その眩しさから一瞬身動きが取れないと錯覚するほどの衝撃を青年に与えた。
衣裳の力だけではない――。明らかに科学的に説明がつかないこの神聖さは一体どこから生み出されているのだろう…?青年は神妙な面持ちで真剣に考えていた。
「ご新郎様、もっと近くへ寄っていただいても大丈夫ですよ」
スタッフの声で青年は我に返った。
「は、はいっ」
青年は彼女の方へ向かってゆっくりと歩いた。
近づくと彼女は行儀よく両手を重ねて座っていた。その手は白無垢の色と相まってより一層青白く、血管の色が浮いて見えた。
――確かにそれはファーストミートであった。だがこれから結婚式を挙げるはずの新郎新婦は一切顔を合わせないまま、しばらくの沈黙が続いた。
青年は努めて言葉を発しようとしていた。しかし、どうしてか言葉が喉を通ってきてくれなかった。ただ、彼女の姿をしっかりと見つめることしかできなかった。
横顔からは彼女の唇が見えていた。予定通りまだ、何も塗られてはいなかった。
薄っすらとその口角が上がった。
「似合ってるかな……?」
彼の方に顔を向けながら、少しばかり自信がなさそうな声で彼女はそう言った。
「……」
青年は目を見開いたまま呆気にとられていた。
「聡くん……?大丈夫……? 聡くんの袴姿、すごく似合っててかっこいいよ」
「あ、あぁ。ありがとう」
ようやく言葉が喉を通れるようになった。
「幸もすごく似合っているよ……。いや、むしろ似合いすぎていて、怖いくらいだ。とても、とても、言葉では表しきれないほど……。世界で一番綺麗だ」
彼女の頬はおしろい越しでも少しだけ赤らんでいることがわかった。
「新婦様の親御様も今ブライズルームに向かわれているそうです。ご入場まで後30分ほどありますので、リラックスしてお待ちくださいね」
スタッフはそう言うと一旦ブライズルームを後にした。
「幸は基本的に、式の進行の流れに身を任せてくれるだけで大丈夫だからね。『誓いの言葉』の読み上げと指輪交換というイベントがあるということだけ覚えていてくれれば十分だよ。後、立ち上がったりする必要はないような形式にしてるから、安心してね」
「うん…。ありがとう。何だかちょっぴり緊張するね」
彼女の手は少しだけ震えていた。
青年は震える彼女の手の上にそっと手をのせた。
「大丈夫だよ。僕も緊張しているけど、この式を一生の思い出にできるよう、最大限楽しむことを心がけてる。そして何より、僕の隣には君がいる」
彼女の肩の力が少しだけ抜けるのを感じた。
ドタッ、ドタッ、ドタッ――。
「お義父さんとお義母さん、いらっしゃったよ」
青年は彼女の座る車椅子のハンドルを持ち、ゆっくりと両親が佇む部屋の入口の方角へと回転させた。
「……っ」
お義母さんは彼女の姿を見るや否や、口に手を当てると、その涙腺は忽ち緩み崩れた。
お義父さんも自分と同じように言葉が詰まっているように見えた。だが、決して涙は流すまいという強い決心が表情に宿っているように見えた。
「幸さんの白無垢姿、とても似合っていますよね。こんな綺麗なお嫁さんをいただけるなんて、夢のようで未だに自分でも信じられていません」
青年は少しだけ場を和ませようと、明るい言葉を言った。
「さぁ、娘さんの唇にお義母さんからの美しいの花を添えてあげてください」
紅差しの儀――。
娘の門出にこれからの幸せと『無病息災』を祈り、魔除けの意を持つ『紅』色の口紅を母親が娘の唇に塗る儀式である。
花嫁の唇に丁寧に紅が差された後は、幸とお義母さんは色々なことを話していた――。そうしてお義父さんは側にいたものの、ずっと黙って話を聞いているようであった。
この時のご両親のお気持ちは一体どれ程のものだろう…。それはとてつもなく大きすぎて、推し量ることなどとてもできなかった。ただ、3人が寄り添って会話しているという光景をぼんやりと眺めていた。
「新郎新婦様、及び新婦御両親様、入場5分前となりましたので、そろそろご移動をお願いいたします」
スタッフに呼びかけられ、4人は式場へと向かった。
◇◆◇◇◆◇
「――いよいよ新郎新婦がご入場されるお時間となりました。最初は新郎の聡さん、続いて新婦の幸さんの順でご入場されます。正面の入り口にご注目ください! どうぞ盛大な拍手でお迎えください!」
溌溂とした司会者の声が扉越しで聞こえてきた。
「扉が開きましたら、新郎様からご入場をお願いいたします」
はい――。青年は静かに返事をした。
扉は開かれた――。
青年は軽く後ろを振り返り、『行ってくるね』と小さな声で彼女へ言った。
新郎は響き渡る拍手の中ゆっくりと祭壇へ向かって歩きだした。
2、4、6人、か。予定通りの参加人数だな――。新郎はバージンロード歩きながらそのようなことを考えていた。
気づくと最前列の両親の隣りまで歩いて来ていた。二人がどのような表情をしているかは大体想像がついた――。両親の顔を直視するのは照れくさかったため、顔だけそちらの方を向け、二人を見ているふりをしてにっこりと微笑んだ。
あっという間に祭壇へ到着した。そうしてゆらりと体を反転させ、入口の方に顔を向けた。
青年の眼差しはブライダルスタッフよりも一層冷静なものであった。凡そその表情はこれから祝福されるべき者のそれとは全く異なっていた。
「続きまして、新婦と御両親のご入場となります。より一層大きな拍手でお迎えください!」
入口には凛とした3人の姿があった。
ギーッ。カタン、カタン、カタン――。
お義父さんは右側、お義母さんは左側から車椅子の手押しハンドルを押してゆっくりと中央に座る花嫁とともに入場してきた。
拍手の音は少しばかり大きくなったように思われた。が、ある音をきっかけにその勢いが一瞬確かに衰えたのを青年は感じ取った。
「ヒッ……ヒェッ……」
何か、拍手の喧騒の中から全く場違いな悲鳴のような気持ちの悪い音が聞こえた。
音の方に目をやると花嫁の叔母と思われる女性が顔面蒼白で言葉を失い、足をすくませている姿があった。
その叔母の視線の先をゆっくりとなぞると『確実に』花嫁の方へと繋がっていた。
そして次に叔母の方を見たときには、腰を抜かして倒れこんでいた。
これが何を意味しているかは絶対に考えてはいけないと青年は反射的にそう思った。
「大丈夫か……?」
叔母の旦那は、倒れ込み震えてうずくまっている妻を同情するかのような表情で背中をさすりながらそう言った。
こんなおめでたい催事の時に……。青年は無意識に唇を強く噛んでいた。
「(妻が腰を抜かしたのは無理もない……。四肢は骨のように細く、頬は痩せこけ、血色は不穏なほどに青白い。あの花嫁の姿はまるで……。しにしょうぞ……。)」
叔母の旦那は絶対に考えてはいけない直喩を心の中で言いかけてしまっていることに気づき、ぎょっとした。そして咄嗟に素早く首を横に振って自分の想起したことを必死で否定した。
「おい、立てるか? 彼女の姿は直接見なくてもいい。ただ、決して今のリアクションを悟られるような振る舞いをするんじゃない…。今日は彼女たちにとって最もおめでたい日なのだから」
叔父は小さな声でそう言った。
叔母はよろけながら旦那の袖をつかんで立ち上がり、まるで何事もなかったように天井を見上げながら拍手を再開した。
青年はその出来事の始終を捉えていた。その時、彼は自分がどのような顔をしているのかが全く分からなかった。ただ、こめかみのあたりから何か管のようなものが切れたという感覚だけは強く残った。
――新婦と両親がようやく祭壇の手前に到着した。
「サトシ君、後はよろしく頼んだ」
お義父さんは小さな声でそう言った。
はい――。そう返事をすると、車椅子のグリップをしっかりと握りしめ、祭壇へと架けられているスロープを花嫁と一緒に登り始めた。
「着いたね」
彼女はゆっくり頷いた。彼女の瞳を見ると少しだけ悲しみと悔しさのような感情が宿っているように感じられた。
新郎はゆっくりと椅子へ腰を下ろした。
「それではこれより、聡さんと幸さんの結婚式を始めさせていただきます。
この結婚式は、新郎新婦のご希望により最も親しい皆さまの前で結婚を誓う、人前式のスタイルで行います。本日お集まりいただきました皆さま全員が結婚の証人となるわけです。
どうぞ皆さま、お二人の結婚の誓いをしっかりと見届けてくださいますようお願いいたします――」
台本通りに、滞りなくセレモニーは進行された――。
「次に新郎新婦より結婚の誓いの言葉を述べさせていただきます。聡さん、幸さんお願いいたします」
「はい」
二人は声を揃えて返事をした。そして二人のもとには黒子によって速やかにマイクが届けられた。
「私たちは、本日皆さまの前で結婚式を挙げられることに心から感謝し、ご列席の皆さまを証人とし、ここに結婚の誓いをいたします。
これから先、健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも……」
途中から声は一つとなっていた。
青年はサッと彼女の方を見た。
「ハァッ……、ハァッ……、ハァッ……」
彼女は激しく息を切らし、額には夥しい量の脂汗が滲んでいた。
「幸、大丈夫!?決して無理はしちゃだめだ。限界なら一旦結婚式は中断しよう」
「ぃゃだ……」
彼女は過呼吸を抑えようと一生懸命自らの体と闘っていた。
「ちかいのことばの…さいごの一文……ハァッ……ハァッ、だけいわせて…」
青年は、彼女の体を蝕む病気によって苦しめられている姿を見るのが辛くてたまらなかった。だが、彼女の魂はこの誓いの言葉の儀式だけはどうしても成し遂げてやるということを身体で語っていた。
青年は正直な所このままこの形式的な儀式を続けるべきか否かの判断に窮していた。早く彼女を安静にさせてあげたい――。それが青年の本心であった。
「ぃ……いのちある…かぎり……まごころを……つくし……」
過呼吸も十分に治まらぬまま、彼女は誓いの言葉の最後の一文を力を振り絞って読み上げ始めた。
もうやめよう――。十分だ。こんな形式的な儀式を最後までこなすことよりも、彼女の体のことを第一に考えるべきだ。万が一彼女の命にかかわるようなことがあったら…。
そう思うや否や彼女に向かって中断しようと言いかけたとき、彼女の目がこちらを向いた。
眼差しは強かった。その目は真っ赤な充血の色と彼女の透き通った涙で混濁していた。しかし、その瞼の形はどこか笑っている時のそれと全く同じ形をしていた。
なぜ……――?
「もぅ……ぉ……わっちゃうよ……?」
彼女はくすりと笑ってそう言った。
青年は力強く拳を握りしめた。
「永遠に……お互いを愛し続けることをここに誓います
2024年10月14日 新郎 聡 しんぷ…幸」
「ハァッ……ハァッ……ゃった……」
彼女は笑いながら意識を失った。
「お義父さんっ!!!!」
新郎は勢いよく立ち上がり、大声で叫んだ。
「あぁっ!」
幸一郎は聡の大きな声を聞くと一目散にバージンロードを逆走してチャペルの出口へと全速力で向かった。
会場は騒然としていた。
青年は冷静に、スロープをつたって下りやすい場所へとゆっくりと車椅子を移動させた。
「幸……。もう少しの辛抱だ。頑張れ」
青年は彼女の手を握った。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ――。
2分もたたないうちに、『延天堂大学病院』と書かれたヘルメットを被った4人の救急隊が担架を持って会場へ入ってきた。
「こちらです!」聡は大きな声で真っすぐに手を挙げた。
救急隊員は手を掲げる青年の方へ駆け足で向かった。
「意識を失ってから約5分程度経過しています。卒倒する前は過呼吸状態でした。脈は今のところ正常そうです。呼吸は意識を失ってからも浅いながらも続いています」
「情報提供をありがとうございます。呼吸は有るようですね。失神発作のように見えます」
そう言うと隊長と思われる隊員が、救急員に向かって迅速に指示を出し始めた。
「心肺蘇生の実施及びAEDの使用は不要。救急車内で酸素吸入が即座に行えるように準備を。出血はないが、白血病による赤血球減少により鉄欠乏性貧血を起こしている可能性が高いため、応急的に鉄剤の静脈点滴を行う。『延天堂病院』へ搬送するまでの間、心拍数、血圧、血中酸素濃度、血糖値を測定し、異常値が出ていないか確認してくれ。大学病院へは救急車で5分強で搬送できるが、決して油断するな」
「ハイッ!!」
隊員は大きな声で返事をすると機敏に彼女の四肢を抱え、慎重に担架に乗せた。
彼女の体はあっという間に会場の外へと運び出された。
調度そのタイミングでお義父さんが息を切らしながら戻ってきた。
「美世とサトシ君は娘の付き添いを頼む! 私はこれからこの式の収拾をつける。事が片付き次第すぐに病院へ向かう!」
「わかりました!」
青年は大きな声で返事をして義母と共に急いでチャペルを後にした――。




