第3話『ストーカー』
危ういところだった。
もし、あのまま捕まっていたら、今朝の新聞に…。
『変態吸血鬼、深夜の女性宅に全裸で侵入!?』
何て記事が三面に載るところだった。
そんな記事が載った日にゃ、吸血鬼一族末代までの恥…。
恥辱に塗れた失敗から一夜明けて…尚且つ日が暮れた八時…。
俺は自宅で昨夜の失敗を思い返していた。
計画は完璧だったはずだ。
あんな所に十字架さえ置いていなければ…。悔やんでも悔やみ切れない。
やはり、彼女から血を吸うのは無理なのか…?
二回の屈辱的な失敗に、俺は彼女の血を吸う事を半ば諦めかけていた。
魔眼は効かない。
プロ顔負けのスクリューアッパーで近付けない。
しかも、吸血鬼を恐れないとくれば、どうする事も出来ない。
「はぁ…何とか彼女に近付ければな…」
深いため息を吐いて、ガックリと肩を落とす。
待てよ…もしかしたら、何とかなるかもしれない。
簡単な方法だ。
俺の溢れて零れんばかりの魅力で、彼女を惚れさせればいい。
しかし、本当に惚れてくれるだろうか?
いや、大丈夫。
バイトしてる時に、お客の女性(推定年齢五十歳。しかも泥酔)に『可愛い』と言われた事もあるのだから。
「さすがは俺…」
俺は自分の思い付いた完璧な作戦に、思わず酔いしれてしまう。
さて、惚れさせる為に何が必要だろうか?
まずは誤解を解かなければ…。
彼女にとって俺は『変態痴漢吸血鬼』だ。
……嫌な響き。
まずは、このイメージを払拭しなくては…。やはり、良いイメージを与える為には演出しかないか…。
再会は深夜。
満月の夜が神秘的で望ましい。
演出はどうする?
曲がり角で、偶然ぶつかるのはどうだろうか…?
いやいや、漫画のように上手くいくとは限らない。
それに彼女の事だ、ぶつかる前に、スクリューアッパーで地に平伏すのがオチだ。
ならば、どうする?
やはり、ここは無難に真紅の薔薇の花束を持って待ってるのがいいだろう。
吸血鬼と薔薇…これ以上の相性はないに違いない。
これでイメージを払拭したら、少しづつ親密になっていけばいい。
「完璧だ…」
改めて、自分の計画の完成度の高さに惚れ惚れする。
次にリサーチだ。
彼女の趣味や好みを調べあげなければ…。
では、行動に移すとしよう。
目立たないように、ジーパンにポロシャツを着て、彼女の塾へと向かう。
日付が変わる頃、塾から出てきた彼女を尾行する。
「?」
しばらく、彼女の後ろを歩いていて気付いたのだが、どうやら俺の他にも、彼女を尾行している人物がいる。
野球帽にサングラス、それにマスクといった、異様としか呼べない格好で、いかにも『尾行してます』と言わんばかりに電信柱の陰から陰へと隠れている。
姿格好から男だというのはわかるのだが…。
俺はバレバレの尾行に呆れてものが言えない…。
怪しさ大爆発の人物は、彼女の家まで、何をする訳でもなく付いていく。
彼女を尾行している俺も、仕方なく怪しい人物の後ろを付いていく。
想像したら、何て滑稽な姿なのだろうか?
何だか馬鹿らしくなってきた。
リサーチを切り上げて、自宅に戻った俺は、すぐさま準備に取り掛かった。
まずは再会のシチュエーションだが、薔薇の花束を持って、前々回失敗した、あの場所で待ち伏せしよう。
恐らく警戒するだろうから、近付く事はせずに軽く謝罪。
「君に謝りたくて、待ってたんだ…これ、お詫びのしるし…」
あくまで誠実に…。
ここで花束を渡す。
喜ぶ彼女…。
そこで初めて近付いて、彼女の手を優しく握る。
「もう一度…会えるかな…?」
この一言で彼女は照れながら頷くだろう。
後は何度か会ううちに、彼女は俺の魅力にメロメロになるはずだ。
完璧だ…これ以上ない程の完璧な作戦だ。
さあ、作戦を実行に移すとしよう。
俺は前々回失敗した場所までやってきた。
未だ拭えていないトラウマのせいか、この場所に立つと足が竦む。
なかなか震えの止まらない足を何とか押さえ込み、暗闇に隠れる。
俺は彼女が来るのを待った。
柱の陰から顔を覗かせて待つ事二十分…彼女がやってきた。
「やあ」
彼女がある程度近付いたところで、スッと暗闇から出る。
買った薔薇の花の匂いを嗅ぐ、格好の良い演出も忘れない。
「あんたは…変態痴漢吸血鬼っ!?」
ぐはっ…改めて言われると傷付く…。
心の痛みに、胸を押さえる俺。
いや、言われるのはわかっていたはずだ。
頑張れ俺。
負けるな俺。
何とか格好つける。
少し瞳は潤んでいたが…。
「実は君に伝え…」
俺の話の途中、眼前から彼女の姿が消える。
と、次の瞬間、身体中に寒気が走って、思わずよろめいてしまう。
ブォンという風切り音と凄い風圧が俺の頬を掠める。
それが彼女のスクリューアッパーだと気付くのに数秒掛かった。
血の気がサーッと引いていく。
初めて彼女のスクリューアッパーを目の前で見たのだが…。
俺…良く死ななかったな。
あんなもの食らうくらいなら、白木の杭を胸に刺された方がなんぼかマシだ。
「き、君に…その…謝りたくて、ま、待ってたんだ…これ、お詫びのしるし…」
もうボロボロだ。
恐怖で震える手で、彼女に薔薇を渡す。
「……」
ジト目で睨んでくる彼女に、俺は口の端を引きつらせて笑ってみせる。
「まあ…いいわ」
彼女が戦闘態勢を解くのがわかる。
よし!
ちょっと情けなかったけど、作戦成功だ。
さあ、最後の詰めだ。
「もし良かったら、今度会えない?」
「嫌」
控え目な誘い文句は、バッサリと斬り伏せられた。
その見事なまでの拒絶に、俺のなけなしのプライドは木っ端微塵に砕け散った。
「……」
「じゃあね」
それ以上、二の句が繋げない俺に、彼女は踵を返して立ち去った。俺は、勝利目前で逆転ホームランを打たれた投手のように、ガックリと膝を付いた。
もう諦めよう…。
彼女の血を吸うなんて、最初から無理だったのだ…。
今日は帰ろう…。
ああっ!涙で滲んで前が見えないっ!
「きゃあーーーっ!」
彼女の悲鳴。
俺は考えるより早く、彼女の元に向かっていた。
俺が聞きたいと渇望して止まなかった悲鳴が、俺がいないところで聞こえるなんて…。
「や、やめて下さい」
彼女は自宅の前で男に腕を掴まれ、泣きそうな顔をしていた。
しかも反対の手には包丁が握られている。
「君が悪いんだ!恋人の僕をないがしろにするからっ!」
男は勢いよく振り上げ、彼女に向けて振り降ろした。
「…ッ!」
もう駄目だと思った彼女はギュッと目を瞑っていた。
しかし、一向に振り降ろされない包丁に、怖々と目を開けた。
そこで目にしたのは、包丁を指二本で挟み、仏頂面を浮かべる俺の姿だった。
彼女を助けた訳ではない。
ただ、獲物を横取りされるのが我慢出来なかっただけ…。
「何だ貴様はっ!」
「吸血鬼さ」
興奮して声を裏返らす男に、サラリと名乗ると胸倉を掴んで持ち上げる。
「ヒッ…」
小さく悲鳴を洩らす男を、俺は無表情のまま投げ飛ばした。
塀に激突して、気絶する男を一瞥して彼女に向き直る。
彼女は、まだ恐怖に囚われてるのか、ガタガタと身体を震わせていた。
「……」
俺は何も言わずに、歩き出した。
そんな俺の背中に柔らかいものがぶつかってくる。
「!?」
彼女だった。
「あ、あの、助けてくれてありがとう…」
肩越しに見えたのは、彼女…笑顔だった。
「…ッ!」
駆け出していた。
彼女から逃げ出すように…。
「そんな…こんな事って…」
自分の中に生まれた感情を否定する。
『好き』という感情を…。
そう…俺の受難の日々は、まだまだ続く…。




