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第2話『リベンジ』

輝く真紅の瞳が彼女を魅了する…。

虚ろに鈍い光を放つ瞳は、俺の異質な姿を見て尚、その色が変わる事はない。

ようやく、この瞬間がやって来たのだ。

長かった…。

俺を下等な蚊やヒルと同等の扱いをした彼女の首筋に牙を突き立てられる日が来たのだ。

すぐには噛み付かない。

弄ぶように、腕をダラリと下ろした彼女の透き通るような白い首に顔を近付ける。

フワッと彼女の香りが鼻につく。

焦点の合っていない瞳は、俺の肩越しに遠くの空を見つめている。

震える彼女の身体を引き寄せ、俺は一気に口を開く。

「…う…く…」

伸びた犬歯で、彼女の肌の温もりを感じながら、ゆっくりと牙を突き立てていく。

白い肌を伝い、鮮やかな赤い血が滴り落ちて、地面に赤い花を咲かせる。

まだ吸わない。

余韻を楽しむように、肉の感触を確かめる。

そして…ゆっくりと血を吸い出していく。

ズズーッ

「はぁ…こんな風に、彼女の血を吸えたらどんなにいいか…」

俺はスーパーで買ってきたお徳用のお茶を啜りながら妄想に終止符をうつ。

吸血デビュー失敗から一週間…俺はこの妄想を繰り返して、自分を慰めていた。

築六十年の1Kの家賃一万二千円のアパートに角から角へと置かれた黒塗りの棺桶の上に、小さなちゃぶ台と座布団を置いた簡素な部屋。

壁には先日買ったタキシードと、曾祖父から受け継いだ、色褪せた漆黒のマントがハンガーにかけられている。

「それにしても…腹減ったな」

お腹を押さえて、ちゃぶ台に突っ伏す。

「この際、誰でもいいから血を吸うか?」

空腹感から、そんな考えが頭を過ぎる。

バカッ!來都!お前には吸血鬼としてのプライドはないのかっ?

自分の中に浮かんだ、安易に血を吸おうとする考えを、俺は首を振って振り払う。

吸血鬼だって、初体験は大切にしたい。

せっかくの初吸血だ、思い出に残るものにしたいと思うのは、吸血鬼として当然の事だろう。

「くそっ!彼女の血さえ吸えれば…」

俺を散々馬鹿にした彼女を思い出す。

性格さえ良ければ、彼女は言う事はないのに…。

どうにか彼女の血を吸えないだろうか。

このままでは、俺は女子高生に噛み付けない情けない吸血鬼になってしまう。

トラウマを乗り越える為にも、彼女の血を吸わなければならない。

「と言ってもな…」

彼女は吸血鬼の俺を、恐怖の対象とは考えていない。

しかも、彼女には魅了の魔眼が通用しない。

「何か良い方法はないかな?」

俺はあの日の彼女の様子を思い出しながら、良い案を模索する。

あれだけの気性の激しい彼女だ、まともに行っても失敗するのがオチだ。

ならば、どうする…?

「…!…」

だったら、まともに行かなきゃいいんだ。

寝ている間に不意を突いて、一気に襲えば何とかなるんじゃないか…?

でも、それだけじゃ初吸血の思い出にはならないな。

少し演出に凝ってみるか…。

侵入はベランダから霧になって入ろう。

これが一番の難関だな。

まあ、こればっかりは、当日になってからが勝負だな。

次に寝ている彼女の血を吸うのだが、完全に睡眠している状態では面白くないし、プライドが許さない。

かと言って、完全に起きていると前回の二の舞いになりかねない。

その微妙なタイミングが難しい。

しかし、やるしかない。

俺は作戦を決行する為に、行動に移した。

まずは彼女の家へ行き、ベランダを確認する。

彼女が塾に行っている間に、霧で部屋に侵入して間取りを調べたり、行動する時間を確認したりした。

また、彼女が帰宅するのを待って、就寝時間も調べた。

全てが順調だった。

計画に余念はない。

完璧だった。

今日は新月の夜…作戦を実行に移すには最適な日だ。

月の光さえ届かない今日のような闇夜は、初吸血するに相応しい。

俺はタキシードに着替え、マントを羽織る。

寝癖のついた髪を、水で濡らして強引に寝かせて準備完了。

俺は彼女の家に向かった。

「さて…始めるか」

マンションに母親と二人暮らしの彼女の部屋の前のベランダに華麗に舞い降りる。

その格好良さに惚れ惚れする。

さて、最大の難関がやってきた。

吸血鬼の力の一つの、自分の身体を霧に変える能力…。

一人前の吸血鬼ならば、容易に使えるのだろうが、いかんせん俺はこの能力を使うのが苦手だ。

どう、苦手かと言うと、俺は身体しか霧に出来ないのだ。

つもり服は霧にならないという訳だ。

という事はだ、侵入後は一糸纏わぬ姿になるのだ。

問題は寝ている彼女を起こさずにベランダの鍵を開けて、服を着て中に入れるかどうか…。

まあ、余程の事態が起こらない限り大丈夫だろう。

俺は姿を霧に変える。

服がベランダに落ち、俺はそのまま部屋に侵入する。

中にはベッドで寝息をたてる彼女がいた。

好奇心から顔を覗き込んでみる。

「…う…ん…」

コロンと彼女が寝返りをうつ。

「…ッ!」

突然の事に驚いて、よろめいてしまう。

何とか鏡台に手を付く事で事無きを得た……はずだった。

「うぎゃあっ!」

焼けるような熱さに見舞われる。

見れば、手の下に、彼女がいつも首から下げていた十字架のペンダントが置かれていた。

「な、何っ!?」

バネ人形のように、彼女がベッドから飛び起きる。

「……」

「……」

視線が絡み合う。

彼女は固まっていた。

それはそうだろう…突然、叫び声が聞こえて飛び起きれば、目の前にいるのは全裸の男。

かなりまずい状況だった。

彼女が大きく息を吸う。

…溜めて溜めて…。

「きゃあーーーっ!」

劈くような悲鳴が、俺の鼓膜を突き抜ける。

「あっ…いや…ちがっ…」

「どうしたの!?」

騒ぎを聞き付け、母親が乱入。

目にした光景は、パジャマ姿で悲鳴をあげる彼女と全裸の俺。

当然、騒ぎは大きくなる。

「な、な、な、何ですかっ!あなたは!?」

「変態よ、お母さん」

「ご、誤解だ…」

「人の部屋に真っ裸で侵入して、何が誤解なのよっ!」

「こ、これは…」

「け、警察に電話しなきゃ…」

狼狽える母親は、オロオロとしながら携帯電話で通報する。

ま、まずい。

取りあえず、電話を止めさせなければ…。

「ちょ、ちょっと待って…」

「お母さんに近寄らないで…この変態っ」

彼女は低い態勢から、一気に間を詰め、捩り込むようなスクリューアッパーをくり出してきた。

見事なまでに、顎にヒットしたパンチは凄い威力だった。

先日ぶり返した虫歯が抜ける程だ。

あー…抜けそうでグラグラしてたから丁度良かった…。

空に舞う俺の頭に、そんなどうでもいい事が過ぎる。

そうして、恥辱にまみれた、俺の初吸血のリベンジは失敗に終わった…。

「カツ丼でも食うか?」

だけど…次こそは、必ず彼女の血を吸ってやるぞ。

涙でしょっぱくなった、刑事が頼んでくれたカツ丼を頬張りながら俺は誓う。

「あぁっ…涙が止まらない…」

まだまだ、俺の受難は終わらない。

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