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第1話『初めての吸血』

デビュー戦は、兎にも角にも緊張するものだ。

それが吸血鬼である俺…九条來都クジョウライトが、初めて人の血を吸うとなれば尚更だ。

ターゲットはすでに決めてある。

お嬢様学校に通う女子高生だ。

彼女の首に、牙を突き立てるところを想像しただけで、興奮してくる。

場所は、切れたまま放置されて長い時間の経った街灯の並ぶ道。

この辺りには民家はない。

深夜零時…彼女は塾から自宅に帰る為に、この道を通る。

その時がチャンスだ。

まずは、頭の中でシミュレーションしておかなければ…。

最初は付かず離れずの距離を保って恐怖を煽るとしよう。

彼女が振り向いたならば、夜空に舞い上がり、気配を絶ち、音もなく後ろに立とう。

ここで口上…。

「我こそは吸血鬼にして闇の王…貴女の血と引き換えに永久の眠りを授けよう」

よし完璧。

以前は何度も台詞を間違ったり、噛んだりしたが大丈夫そうだ。

後は恐怖に彩られた彼女の白い首筋に牙を突き立てればいい。

これで準備万端万事OKっ!

あぁっ!彼女が来るのが待ち遠しい。

格好だって、この日の為に準備したのだ。

深夜のコンビニで半年働いて買ったタキシードに、曾祖父が愛用していたマント…。

こちらは、長年受け継がれてきたせいか、少し色褪せていて、クリーニング屋の兄ちゃんに渋い顔をされてしまった。

くそっ!クリーニング屋の兄ちゃんめ…。

しかし、それもこれも今日の為だ。

俺は闇の中に身を潜めて、彼女が来るのを待ちわびた。

コツコツコツ…。

足音が近付いてくる。

俺にはわかる…これは彼女の足音だ。

しばらくすると、案の定、制服姿の彼女が俺の横を通り過ぎていく。

見計らって、彼女の後をつける。

コツコツコツ…。

この日の為に買っておいた音の鳴りやすい硬めの革靴がいい感じに静寂の中に響く。

但し、夕方おろしたばかりのせいか、靴擦れして痛い。

「?」

違和感を感じたのか、彼女が突然立ち止まる。

俺も歩みを止める。

今度は数歩歩いて立ち止まる。

俺も同じようにして歩みを止める。

「…ッ!」

どうやら彼女は俺の存在に気付いたようだ。

逃げるように走り出した。

俺はニヤリと笑みを浮かべて追いかける。

何という高揚感だろうか?

まるで狩りでもするかのように、俺の胸は高鳴っていた。

恐怖に堪え切れなくなったのか、彼女は遂に足を止めて、振り向いた。

クライマックスだ。

俺は闇夜に紛れるように夜空に舞い上がり、彼女の背後に音もなく舞い降りた。

振り返り、俺の姿がいない事を確認した彼女は安堵のため息を吐いて振り向いた。

「はじめまして…お嬢さん」

俺は微笑む。

優しく…そして、狂喜の笑みを…。

何度も練習して、ようやく会得した笑みだ。

「だ、誰…?」

彼女は恐怖に声が震えている。

待ってましたっ!

「我こそは吸血鬼にして闇の王…貴女の血と引き換えに永久の眠りを授けよう」

彼女の言葉に、俺は何度も何度も失敗しながら練習した台詞を口にした。

後は恐怖に慄く彼女の血を吸うだけだ。

彼女の顔は恐怖で歪む…はずだった。

「なーんだ、ストーカーじゃないんだ。びっくりして損した」

彼女は、あーあ、と頭の後ろに手を組んで星も見えない夜空を見上げた。

彼女の言い草に、俺のガラスのハートは砕け散る。

「吸血鬼なんだぞ、吸血鬼…血を吸うんだぞ!」

「そんなの当たり前じゃない。大体、血を吸うなら蚊だってヒルだって出来るわ」

「…か……ひる…」

あんなものと同じにされるなんて…。

俺は情けなくて、涙をジワリと滲ませる。

せっかく、初めての吸血なので、思い出にとここまで演出に凝ったのに、この言われようでは立つ瀬がない。

こうなれば最後の手段だ…。

「俺の目を見ろ…」

血のように真紅に染まった瞳で彼女の瞳を見つめる。

吸血鬼ならば、誰もが持っている魔眼の力…獲物に抵抗を許さない魅了の瞳…。

最初から魔眼で血を吸うのは邪道のような気がしていたが、この際仕方ない。

俺はゆっくりと彼女に近寄り、首筋に牙を突き立てる。

「何してんのよ…」

あれ?

魅了されて…ない?

大きく口を開いた、噛み付く態勢のまま視線だけ動かして彼女を見ると、胸には聖印が揺れていた。

「ひっ…」

聖印…つまりは十字架だ。

という事は、もしかして目の前の彼女はクリスチャン…?

俺達、吸血鬼の力は、神に帰依する者達には、極端に利きにくくなる。

「あは…あは…」

ゆっくり口を離して後、渇いた笑いで誤魔化しを試みる。

彼女はと言えば、拳を握り締めて、フルフルと震わせている。

かなりまずい…気がする。

「この変態ーーーっ!」

「どわーっ!」

最近の女子高生とは強いものだ。

顎にヒットした捩じり込むようなスクリューアッパーに、俺は派手に吹き飛んだ。

なりを潜めていた奥歯の虫歯が煽りを受けて痛み出した。

曾祖父の時代の女性ならこんな風にはならなかったはずだ。

みんなお淑やかだと言っていたし…。

こんな状態では、血を吸うどころの話ではない。

仕方なく、俺は闇夜に舞い上がる。

「待ちなさい、この痴漢ーーーっ!」

「くそっ!覚えてろーっ!」

尚も罵倒を浴びせ掛ける彼女に捨て台詞を残して、俺は飛び去った。

こうして、俺のデビュー戦は哀れにも悲惨な失敗で幕を閉じた。

しかも、女子高生を見ると、身が竦むというトラウマまで持つ始末…。

「今度は…もっと調べてからにしよう…」

まだまだ、俺の受難の日々は続く…。

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