第26羽 Judgement
待ちに待ったトリ娘コンテストの再開。
新たについた冠スポンサーと最長40キロメートルに伸びた琵琶湖往復ルールの決定が全国にアナウンスされると、トリ娘界隈は熱気に包まれた。
トリ娘専門教育機関である、ここ富士川トリ娘スカイスポーツ学園もそれは変わらない。
「みんな、出場通知届いたんだよね」
ざわつく食堂の中で、ランチを食べながらバートライアが切り出した。
「昨日来たよ。パルちゃんは残念ながら落ちちゃったからアタシだけ」
「当ったり前でしょ。私たち1、3、4位じゃない」
アタシとマエストロがそれぞれ答える。同室のシャイニングスタァ先輩も出場決定したことを昨夜聞いたから、前回の上位陣は順当に出場できることになったみたいだ。
「あ、そういえば~。これ、今回のうちの学園からの出場者一覧。こんなこともあろうかと事務室からもらってきたのだ~」
ポケットからごそごそと紙切れを出すクラウドパル。落ちてもへこまずに行動を切り替える精神的タフさは本当に凄いと思う。
「ふーん、……って嘘でしょっ?!」
興味なさげにリストを眺めていたマエストロが突然叫んだ。
「え~、なになに~?」
「アンタが昔言ってた伝説が現実になったのよ!」
マエストロが興奮してリストをパルちゃんに押しつける。
「???」
何の説明も無いので頭から?をひねり出すパルちゃんと共に、リストの名前を追う。
ディスタンス部門はまあ、特に驚きは無い。ナスカ先輩も今回は無事に名を連ねている。そして、タイムトライアル部門。
「……ナスカ先輩が……2人いる?!」
◆
トリ娘コンテスト・ディスタンス部門の日の朝がやってきた。
こちらは準備に集中してて観ていなかったが、前日に行われた滑空部門とタイムトライアル部門も激戦で盛り上がったらしい。
そして、その出場者の1人が、ディスタンス部門を控えて目の前にいた。
「ナスカ先輩。タイムトライアル部門準優勝おめでとうございます」
「ありがとう。最も、ご存じのように本命はディスタンスですけど」
そう。
この先輩はアタシが昔やったように2部門にエントリーして、さらには本当に両方に出場してしまったのだ。しかも、アタシの場合はどちらか出れればいいという苦肉の策だったのに対し、先輩は最初から両方出るつもりで出ている。
「言ったでしょう? 時間があるなら準備は出来ると」
そうだとしてもやり遂げてしまう実行力には脱帽だ。
『只今より、トリ娘コンテスト2日目、ディスタンス部門を開催いたします』
会場にうぐいす嬢の声が響くと、観客席から2大会分溜まった期待を表すかのような割れんばかりの歓声が上がった。
「さて。私は前半なのでそろそろプラットフォームの方に移動しますわ」
「あ、はい。いいフライトを」
「お互いに」
前回優勝者のアタシは最終滑走なので、しばらく出番はない。ナスカ先輩を見送ってゆっくりストレッチをしていると、マエストロがスタッフに呼ばれた。そろそろ移動の時間らしい。
「じゃ、私も行くわ」
「うん、頑張ろうね」
「前回アンタに奪われた優勝、奪い返すから見てなさいよ!」
マエストロはそれだけ言うとニヤリと笑ってプラットフォームへと歩いて行ってしまった。
これが彼女なりの気合の入れ方なんだと最近分かってきたから、苦笑いしながら手を振って送り出す。実際、アタシが初優勝してから後は、優勝の座はマエストロとアタシが交互に奪い合っているのも事実だ。
自身のフライトに集中するために、アタシも改めて気合を入れ直した。
◆
『只今の、富士川スカイスポーツ学園、マエストロさんの記録は、1万8566メートル82でした』
『これは素晴らしいフライト! 他の選手が数キロ以内に留まる中、さすが『空の匠』マエストロ選手! 惜しくも折り返しはできませんでしたが、『女王』ナスカ選手を抜いて現在1位です!』
スピーカーから流れるマエストロの記録を聞きながら、プラットフォームへと向かう。
有言実行。他を寄せ付けない王者の背中を見せるところがマエストロの凄いところだと思う。
でも、その距離だったら今のアタシなら届かない距離ではないはず。
『現在プラットフォーム上は、富士川トリ娘スカイスポーツ学園、ウイングノーツさんです』
『さあ、最後の選手がプラットフォームに上がってきました。前回のチャンピオン。そしてこのトリ娘のためにルールが追加されたと言っても過言ではありません。『風使い』ウイングノーツ!』
実況を聞きながら呼吸を整える。いつの間にかアタシにもマエストロにも二つ名がついているのには気付いていたけど、気恥ずかしさを翼を広げることで誤魔化した。
「ゲート、――オープン!」
「行きます!」
審判員の合図に叫んで応えて、雑念を吹き飛ばす。
「3、2、1、ゴーッ!」
プラットフォームを思いっきり踏み込んで飛び出すと、弱い向かい風を味方にして前へ前へと進む。
目指すは、多景島。まずは琵琶湖の中央に出て、その時の風をみて北に行くか南に行くか決める作戦だ。
バサッ、バサッ、バサッ!
改良した羽ばたき方は快調で、力強く風を捉えて飛ぶ力に変えている。その一方で、アタシは飛びながら少し違和感を覚えていた。
『ノーツ、ちょっと上下に揺れてる気がするけど大丈夫?』
青葉さんから無線が入る。
やはり、アタシの違和感と同じ――高度が少し上下しているのが気になったようだ。
「大丈夫だと思うんですけど、なんか少しでも気を緩めると高度が落ちやすいんですよね」
『風か、身体のバランスかしら……飛んでる今言っても仕方ないから、ここまでのように高度調整しながら様子見て』
「了解!」
遠目で見たら分からないようなレベルで、高度を調整しつづける。そうしているうちに、アタシ自身は5キロ地点を通過して飛び続けていた。
『ノーツ、そろそろ予定した分岐点だけど、風どんな感じ?』
「風……ですか?」
湖面を見るけど、ほぼ凪でどちら向きの風とは読み切れない。
その時。
「……? 風が、変わった?」
左頬をかすめる空気の感触が変わる。それは、西からの風の予感のように思えた。
(西風……! だったら、このまま真っ直ぐ進むと横風を受けて流される。少し南に進路を変えて、向かい風として受け止めて進むのが飛びやすい!)
これまでの経験から弾き出した直感的な判断。
「左からわずかに風を感じるので、左――南に行きます!」
『了解、マエストロと同じ沖島・琵琶湖大橋コースね』
青葉さんの確認を得て左に旋回し、琵琶湖大橋方面を正面に見据えた。これで向かい風を受けて楽にマエストロの着水地点まで行ける。
――はずだった。
ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ。
8キロを飛んだところで、想定以上に身体が重くなっている。
そもそも頼みにしていたはずの向かい風も、気付けば斜め後ろからの追い風になっていた。
あの時に左から来ると感じた風が、実は左斜め前から来る風だったから、飛ぶ向きを変えた今では斜め後ろから吹くことになったんだと今になって分かる。でも、もう進んでしまった以上やり直しはできない。
『完全に追い風よ! 高度保って!』
青葉さんからの指示が飛んでるけど、追い風に押さえつけられて上手く上がれない。
「それでも! せめてマエストロの記録までは……っ!」
懸命に翼を羽ばたかせる。
何が『風使い』だ……っ! 今までは上手くいっていた風読みを、最悪のタイミングでミスってしまった。
飛び始めてからの高度維持の不安定さが、追い風に乗ることもさせてくれない。
全てが悪い方に向いているように思えた。
ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ。
水面ギリギリで顔を上げて羽ばたきを続ける。それでも、細かい上下飛行で疲れた翼と体力は長くは持たなかった。
「くそおおぉぉぉっ!」
バシャァァァァァンッッ!!
叫びながら湖面に頭から突っ込む。
湖に受け止められて身体が止まった後も、アタシは悔しさで顔を上げることが出来なかった。
『只今の、富士川トリ娘スカイスポーツ学園、ウイングノーツさんの記録は、1万1456メートル97でした』
結果を告げるウグイス嬢の声が響く。
マエストロの記録は抜けず、順位は2位。そして、3位にナスカ先輩が入った。
久しぶりにこの3人で立つ表彰台。
それでも、アタシには順位以上に不完全燃焼感が残ってしまっていた。
ノリノリで踊るマエストロ。
美しい歌声を響かせるナスカ先輩。
せっかく3人が揃ったライブも、すごく盛り上がったし笑顔でやり切ったものの、どこか心から楽しめない自分がいる。
「そうね、ちょっと宮城で合宿して改善点を探ってみましょうか。リフレッシュも兼ねて」
青葉さんの提案に、それもいいかもしれないと頷く。
久しぶりの地元、岩沼。
この時は、これから起こる出来事を想像する事なんて出来なかったんだ。




