第25羽 いま 風の中で
『優勝は、文句なし! 琵琶湖を往復して大会新記録の36キロメートルを飛んだ、ウイングノーツだあぁぁぁ!』
最終滑走者マエストロが乱流に揉まれて2キロ手前で着水したのを受け、実況が高らかにアタシの優勝を宣言した。
「やった~~!」
「おめでとう!」
「おめでとうございます!」
周りからの祝福を受けて、胴上げで宙に舞う。
自分の力で飛んでいるのとはまた違う、なんとも心地よい浮揚。
その後には、表彰式。
優勝インタビュー。
そして、恒例のライブパフォーマンス。
全てが、「完全優勝」の余韻の中であっという間に過ぎていった。
学園の皆もお祭り騒ぎ。きっとテレビ中継を観た岩沼の人たちも同じだろう。
「2人とも、お疲れ様でしたー!」
ライブパフォーマンスを終えたところで、ステージに一緒に立った他の2人に改めて挨拶した。
「お疲れ様ー! ノーツ、改めて琵琶湖往復おめでとう!」
2位は、バートライア。
「お疲れ様。ほんでおめでとうさん。まさかここまで成長するとは、うちの部屋に来たばっかりの頃はほんまに想像できへんかったわ」
3位は、シャイニングスタァ先輩。
クラスメイトとルームメイト。大会の外でよく知るこの2人と一緒に表彰台とライブに立てたことも、とても新鮮で嬉しかった。
……それでも、なんとなく寂しさを感じてしまうのはなぜだろうか。
ふと自分の中の違和感を探っているうちに、ある2人の影が浮かび上がってきた。
マエストロと、ナスカ先輩。
ここしばらくはずっと、この2人のどちらかは必ず表彰台に立っていた。でも、今回はどちらもここにはいないのだ。
テレビ中継では『学生三強』などと呼ばれるアタシたち。単なる呼び名だけじゃなく、しのぎを削る相手として2人の存在がアタシの中で大きくなっているのかもしれないと思えてきた。
「どないしはったん、ノーツ? ちょい気になることでもあったん?」
顔に出てたのだろうか。スタァ先輩が声をかけてくれた。
「あ、いや、なんでもないです。大したことじゃないので」
「そないやったらええけどな。てっきりあんさんも次の心配をしとるんか思てたわ」
「次?」
思わぬ話の展開に聞き返す。
「せや、次や。ほら、あんさんが琵琶湖を往復して完全優勝しはったやろ? それを受けて、運営は次回大会をどない回しはるんやろなって思てたんよ」
しばらくして、シャイニングスタァ先輩の心配は現実のものになるのだった。
◆
「――大会の開催見送り……ですか?」
トレーナー室に呼ばれて、アタシは青葉さんの顔を呆然と見つめた。青葉さんたち学園が受けた通達によれば、運営費の高騰と新ルール検討のため、次の大会は見送りになったという。次々回は開催予定とのことだけど、それもスポンサー次第らしい。
「ノーツ、まさか自分のせいで……とか思ってないわよね?」
青葉さんは淡々と、けれど鋭い目でアタシを見た。
「いや、それはないです。アタシがやらなくても、いつかマエストロやナスカ先輩がやったでしょうから」
「よろしい」
青葉さんは言葉とは裏腹に少しホッとしたように頷いた。
とはいえ、往復36キロを達成して頂点に立ったところで大会がなくなるという非常事態になったことはショックだった。次もマエストロたちと競い合って絶対に優勝すると意気込んでいたアタシの心は、不意に行き場を失ってぽっかりと宙に浮いてしまったのだ。
「とりあえず、どうしたらいいんですかね」
「そこよ。落ち込んだり不安になっているヒマは無いわ」
青葉さんはおもむろにホワイトボードに日程表を書き始めた。
「ノーツ、ガル先輩とやったことを思い出して。大会がないなら、自分たちの実力を試す場所を自分たちで作ればいい。あの時と同じように記録飛行をするのよ」
そうだ。確かにあの時、アタシは青葉さんやガル先輩と話したんだ。トリ娘が飛べる空はトリ娘コンテストだけでは無いってことを。
いつになるか分からない再開を待つよりは、自分たちで飛べる場所を作って飛ぶ。
それが、不意に戦場を奪われたアタシたちに遺された戦いなのだ。
「羽ばたくときの翼への力の伝え方は、技術を身につければまだまだ改良の余地がある。前回のように、その実践の場として記録飛行を設定するわよ」
「はいっ!」
そうと決まれば、後は動くだけ。
以前の記録飛行を手伝ってくれた技術専攻の人たちを中心に声をかけて、瞬く間にアタシの記録飛行チームが結成されたのだった。
◆
「結局ここに戻ってくるのかぁ」
3カ月後。
アタシは琵琶湖畔にいた。
今の実力を考えて、北海道や学園近くの駿河湾などの長距離飛行が可能ないろいろな場所を検討したけど、何だかんだいって琵琶湖が今回の条件に適しているという結論に至ったのだ。
他の人たちが砂浜に鉄板で滑走路を敷いたり2メートルゲートの準備をしたりしているのを見ながら、準備運動をする。
「嘘でしょ」
聞き覚えのある声がして振り向くと、そこには見慣れた戦友――マエストロが立っていた。
「え? なんでマエストロがここにいるの?」
「こっちのセリフよ。アンタ今からここで飛ぶの?」
「そうだけど……。まさかフライト日がかぶった?!」
「私は来週で、今日はあくまで下見だから。だいたい、ここでやるからには周辺の関係者と日付含めて調整してるんでしょ?」
確かにそうだった。余程の手違いがなければ、同日に他の人のフライト予定がかぶることは無いはず。
関係各所との調整は、今回青葉さんとアタシ中心に手続きを進めたんだけど、とにかくしんどかった。『これも社会勉強』と青葉さんは言ってたけど、いつもの特訓の方が何倍も楽だと思うくらい。改めて、以前の記録飛行の段取りをしてくれたアクティブガル先輩に頭が下がる。
「お互い単独飛行するとは言ってたけど、アンタも琵琶湖を選ぶとはね」
具体的な日時や場所については普段一緒のランチでも話してなかったから、彼女の驚きっぷりを見る限り本当に偶然に居合わせたみたいだ。
「考えることはみんな一緒、か」
「次の大会がいつになるかは分かんないし、アンタの記録のおかげでどんなルールになるかも分かんないけど……次は必ず私が勝つわよ」
「うん。望むところだよ!」
言葉は鋭いけれど、アタシを真っ直ぐ見るその瞳には温かいものが宿っていた。
強力なライバルであり、同じ空を目指す戦友。競う場がない今だからこそ、偶然でも学外でこうして繋がれていることが嬉しい。
そして、ライバルといえば。
「ナスカ先輩も実はこの辺にいたりして」
「アハッ、まさか」
「――呼びましたか?」
軽い冗談で笑っていたら、背後から冷ややかな声がする。
振り返ると、ナスカ先輩本人が立っていた。その後ろには日比トレーナーもついているので間違いなく本物だ。
「え? ナスカ先輩も琵琶湖で飛ぶんですか?」
「いいえ。私は飛びません。次回こそはディスタンス部門で参加できるように準備に集中しているのですわ。」
やはり、意地でもディスタンス部門にこだわるつもりのようだ。
「今日はあなたが記録飛行をすると、ある筋から聞いたので見学に来たのです。――マエストロ、貴女もいつぞやのように彼女の様子を見に来たのですか?」
「ちっ、違います! 私は今日は下見でたまたま……」
「……いつぞや?」
「アンタはいいから! ほら、向こうで手が振られてる」
「あ、やばっ。今行くー!」
慌てて振り向いて手を振り返す。
「それじゃ、アタシは行きます」
「折角だから、アンタがどう飛ぶか見させてもらうからね」
「ここまで来させておいて無様なフライトを見せたら承知しませんわ」
背後から自分勝手な2つの圧を受けながらも、何か熱いモノが胸の奥から込み上げきて思わず笑みがこぼれる。
その圧に押されるように、アタシは朝靄の琵琶湖へ向けて大きく翼を広げた。
◆
――結果は、2万720メートル。ナスカ先輩が作った公式日本記録には及ばなかったものの、前回は出来なかった2メートルゲートを超えて、公式記録に自分の名前を刻むことは出来た。
マエストロもその翌週に同じく記録飛行を終えたらしい。
改めてトリ娘コンテスト本戦での再戦を誓っていたところに、コンテスト再開とエントリー募集の通知が届いたのだった。




