第2羽 はじまりのSignal
「宮城県から来ました、ウイングノーツです! 気軽にノーツって呼んでください。よろしくお願いします!」
教室に響く自分の声が、少しだけ上ずった。
注がれるのは、数十人分の『翼を持つ少女たち』の視線。地元ではトリ娘そのものが珍しがられる存在だったけれど、この視線はそれとは違う。ここではアタシも普通で、だからこそライバルとして品定めされる対象なんだ。
「みんな聞きたいことはいろいろあるだろうけど、今日はここまでね。クラスメイトとして過ごしていく中でお互いを知っていきましょう。ウイングノーツさんの席は、あそこの窓際よ」
担任の乾先生に促されて席に着く。正直、よくある質問タイムみたいなのは苦手だったので、そのお礼も込めて軽く頭を下げた。
席に着くと、前の席には見上げるような体躯の少女。幸い、黒板は斜めに見ることになるので視界は問題なさそうだ。そして窓と反対側の右隣には、小柄な少女が座っている。
「はい、それじゃあ授業を始めるわよ。今日はトリ娘の身体構造について」
乾先生が、黒板にトリ娘の体の図解を描き出した。
「皆さんトリ娘は、鳥類とは異なり哺乳類から進化したものと言われています。一方で、前肢つまり腕から指先にかけて翼となっている構造は爬虫類から進化した鳥類と同じです」
乾先生が翼の骨の真ん中にある5本に分岐した部分を丸で囲んだ。
「ここが人間と同じく手と呼ばれる部分で、翼の中程に位置しています。そこから伸びる5本の指にはそれぞれ関節があるのが分かりますね?内側の短い3本はヒトの親指から中指に相当して、その関節で物の保持や細かな作業をすることができます。一方で、他の2本は長く太く進化して外翼を形成しています。その関節は翼を折り畳んだり、捻って揚力を調節したりするために使われます」
「ねぇねぇ〜、ねぇねぇ〜」
先生の説明はまだ続いているけど、右の方からこちらを呼びかけるような小さな声が聞こえてくる。見ると、隣の少女と目があった。ニカッと笑っている。
「ウイングノーツさん、トリコン出る派でしょ〜?」
まだ授業中で先生の説明が続いているのに、横に身を乗り出してアタシに質問をしてくる。
「ねぇねぇ〜どうなの?」
「そうです。ということはあなたも?」
なんかキリが無さそうなので、質問に応じることにした。
この学校は単位制を採用しているため、ホームルームと一般科目を同じクラスで受けていても、専門科目は人によって異なる。トリ娘コンテストを目指している人だけではなく、工学系や他の競技を志している人もいるというわけだ。
「やっぱり!予想当ったり〜」
椅子から乗り出した顔が満面の笑みになる。
「あたしクラウドパル。出身は山形だから地元がご近所さんだよね〜。よろしくね」
◆
午前中の授業が終わると、クラウドパルはアタシを連れて食堂へとやってきた。
同じくクラスメイトでトリコン組だという、前の席に座っていた大柄な少女・バートライアと、そして鋭い目つきの美少女・マエストロも一緒に来ている。
実は、マエストロの名前は前から知っていた。前々回大会、デビュー二戦目で滑空部門を準優勝した新星。同学年とはいえいきなり机を並べるとは思っていなかった。
「え、なにこの豪華なハンバーグは……」
アタシ以外の三人の前に並べられたのは、アツアツの鉄板とその上で肉汁を弾かせるハンバーグ。自分の目の前のカツ丼を差し置いて漂う香りに生唾がわいてくる。
「用事があるからって、ササッと食べられるQ定食を選んじゃったのはノーツじゃん」
「いや、S定食がこんなに美味しそうなものなんて思ってなかったから」
「初めてだからイメージできないのは仕方ないよね」
フォローしてくれたバートライアが言うには、静岡ローカルの有名レストランがときどき期間限定で提供してくれるスペシャルハンバーグとのこと。お店だと数時間待ちらしいから、確かにスペシャルな機会だ。
「それで、その用事ってなんなの?」
そう聞いてきたのはマエストロ。赤いハンバーグの断面を鉄板に当てて焼き直している。
「アタシをここに誘ってくれた人に挨拶したくって。青葉トレーナーって知ってますか?」
「「え……?」」
そう言って視線が集まったのは、なぜかアタシではなくクラウドパル。
「青葉トレーナーって、青葉萌夢さんのこと?」
「そうですけど」
「……それ、私のトレーナーだよ!」
「ホント!?」
「青葉さんも仙台出身だからノーツが入ってくれたら完全に『チーム東北』だね!」
ナイフを放り出して、クラウドパルが手を握ってきた。
「いや、まだ青葉さんが私のトレーナーになると決まったわけでは」
「これは善は急げだね!急いでハンバーグ食べちゃわないと!」
再びナイフを掴んでハンバーグを思いっきり頬張りながら話を進めていくクラウドパル。忙しい子だ。
「パル。どうせ今日の午後に会うんだろうからそこまで急がなくてもいいでしょ」
呆れた顔でマエストロが突っ込む。
「んなこといってもワクワクしちゃって」
「ノーツさん本人じゃなくてアンタが興奮してどうすんのよ」
「聞いてるかもだけど。午後は専攻の時間で、競技チームに所属してる人はそのトレーニングに使うの。青葉トレーナーって技術畑だけど熱い人だって聞いてるよ。頑張ってね」
「ありがとう、バートライアさん」
「ほのほおり! ほあほあ、はへはらほふへひはよ!」
「 パルはもうちょっと落ち着いて食べなさい!」
マエストロの怒号が食堂に響いた。
◆
「――失礼します!」
クラウドパルに引きずられるようにして辿り着いたトレーナー室。ノックも無しにいきなり飛び込むパルから一呼吸おいて、挨拶しながらドアをくぐる。
顔を上げると、そこには琵琶湖で出会ったときと変わらず涼しい目をした青葉トレーナーが立っていた。
「あら。来たわね、ノーツ。編入おめでとう」
「はい!無事入れました。キッカケをくださってありがとうございました」
「どういたしまして。でも、ここまで来たのはあなたの決断と実力よ」
すると、青葉さんはおもむろに机の上の書類を一枚取り上げて、アタシの方へ見せた。
「ホントは再会を喜びたいところだけど、そうも言ってられなくなっててね」
そこには、アタシの名前と『トリ娘コンテスト滑空部門』の文字が躍っていた。
「え? これって……」
「あなたは初めて見るかしら。『登録番号通知書』、つまり出場許可通知よ」
「本当に出れるんですか!?」
頭が真っ白になった。
何度申請してもダメだった。むしろあの日諦めようとさえしていたものが、今、ここにある。
「そうよ。ちなみに、これはあなたが編入前に申し込んでいたもの。だから、学園は関係ないわ。おそらくは初出場者枠で選ばれたんだろうけど、このタイミングで引いてくるとは。持ってるわね」
青葉さんはアタシの顔を覗き込んで、ニヤッと笑った。
「さて、どうする?」
答えは決まっている。
「出ます。ご指導、よろしくお願いします!」
「オーケー。じゃ、早速特訓に入るから、水着あれば持ってきて着替えて」
「はい!」
段ボールに入れたままだった水着を着てきた後、連れてこられたのは学園の屋外プール。そして、なぜか高飛び込み用の飛び込み台の上に立たされた。
「青葉さーん、ここめちゃくちゃ高いんですけどー!」
『何言ってるのよー!』
拡声器から青葉さんの声が響く。
『そこは高さ10メートル!トリコンのプラットホームと同じ高さよ!まずはその高さに慣れるためにそこから飛び降りなさい!』
「ええええええぇぇっ!」
恐る恐る下を覗けば、水面が鏡のように光っていた。足がすくみ、翼が恐怖で勝手に折りたたまれる。
『ノーツ!滑空部門の勝負は、飛び出した直後の1秒半で決まるの!』
青葉さんの声がなおも響く。
『翼を広げて風を掴む前に、まずあなたはその高さと落ちる感覚に心を慣らしなさい!』
アタシは大きく深呼吸をした。
駿河湾から吹く風が、アタシの翼を叩く。
地元のみんな。バァちゃん。
ここから、アタシは飛ぶんだ。
「――っ、いっけぇぇぇ!」
足を蹴り出して空に舞う。視界が急激に加速して、青い空が上に突き抜けた。
内臓が浮き上がるような感覚。
一瞬、意識が飛びそうになるほどの衝撃と共に、アタシは水の中へ叩きつけられた。
◆
「ただいま……」
寮の部屋に戻った時には、アタシはボロ雑巾のようにフラフラでそのままベッドに倒れ込んでいた。
向かいの机で本を読んでいたシャイニングスタァ先輩が、顔を上げて呆れたように笑う。
「……あちゃあ。初日から青葉はんの洗礼を受けたみたいやな。髪、塩素の匂いが凄いわ」
「……死ぬかと、思いました……」
「10メートルからの飛び込みやろ?あれな、飛んだことない子が一番最初にぶち当たる壁を壊すためのもんや。飛び出す瞬間のビビりが1センチの狂いやコンマ数秒の判断遅れを生んで、それが数十メートルもの差になる」
スタァ先輩は椅子を回し、真剣な表情でアタシを見た。
「ノーツはん、いきなり初出場なんやて?」
「はい。初出場だからこそ結果を残さないといけないからって、青葉さんは言ってました」
「トリコンはな、テレビの番組から始まった競技会や。結果でもキャラでもパフォーマンスでも、何か爪痕を残せへんかった人は次回映す価値なし、つまり選考されへん可能性が高くなるってことなんや。これはみんな同じ。みんな必死になって全てをそこに注ぎ込んでくる。そないな人たちと競うんやで?」
夕食を食べて、シャワーを浴びて。ベッドに入った後も、青葉さんやスタァ先輩の言葉が頭から離れることはなかった。
手に入れた、夢にまで見た舞台。
これまではそこに立って飛ぶことが夢だった。
一度切りの記念飛行ならそれでもいいかもしれない。でも、そこに立ち続けたいなら、夢見ていただけの自分ではダメということなんだ。
「やるしかない! 楽しみにしているバァちゃんたちに応えるためにも!」
飛び込みから滑空時の姿勢、翼形の維持、尾翼を使った姿勢制御など。いきなり本番になったアタシには、毎日練習すべきことが多すぎた。
それでも――
「いい顔になったわね、ノーツ。さあ、琵琶湖に行くわよ!」
初舞台の日は、あっという間にやってきたのだった。




