第18羽 新時代
『さあ、最終滑走マエストロ、今発進――ッ!!』
アタシがプラットフォーム近くの船着き場に着くと、ちょうどマエストロが飛び出そうとしているところだった。
スタッフに案内されて、実況席横のモニター前に立って画面をにらむ。マエストロの無線も聞こえてきていた。
『ナスカ先輩は旋回して戻って距離を減らしてる! なら、そこに私が距離で勝てるチャンスがあるのよ!』
『これはこれは! マエストロも! 琵琶湖大橋を! 目指しているぞー!』
マエストロがナスカと同じ方向に向けてまっすぐ飛び出したことで、再度の大フライトを期待して実況と会場のボルテージがあがっている。
勝ちへの執念。
無線から聞こえたマエストロの叫びは、さすがにこれ以上飛ぶことはもう無いだろうと、どこかタカを括っていたアタシに突き刺さった。
10キロ。
20キロ。
がむしゃらに、それでも安定したペースで突き進むマエストロ。
『今25キロを超えたー! なんという大会でしょう! ウイングノーツの対岸記録を超えて現在2位だー!』
「勘弁してよ……!」
実況席前のモニターに向けて、思わず本音が漏れる。
せっかく達成した対岸到達という目標が、天才たちによってアッという間に過去のものにされていく。
でもその感傷も、行雲トレーナーの悲鳴でかき消された。
『マエストロっ! 翼が……左の翼がっ!』
マエストロの左翼の先端が、不自然に少しずつ上に曲がっていく。限界を超えた負荷に耐えきれずに折れてしまったんだ。
アタシの背後の観客席も、悲鳴と驚愕に包まれている。
『わかっている……! わかってるけど、私は、三連覇を――ッ!!』
脂汗を流し、苦悶の表情で、片翼のバランスを無理やり体幹だけでカバーしながら突き進むマエストロ。
水面スレスレ、今にも墜落しそうな高度で、執念だけで前へ進む。
アタシはいつの間にか拳を握りしめて、彼女の姿を応援していた。
『さあ、30キロを突破! 勝つのはどっちだ! 女王か! 三連覇の意地か――ッ!?』
『あああぁぁぁーーーッ!!』
やがて、断末魔のような叫びとともに、マエストロが頭から激しく水面へと激突した。
――記録は!? アタシはモニター横の電光掲示板を見つめる。
アナウンスと共に表示されたのは、3万2177メートル99。ナスカ先輩の記録には、2キロ半届いていなかった。
『うああああぁぁぁっ』
マエストロの号泣がモニター越しに聞こえてくる。
『もっと飛べたのに……! もっと飛べたのにぃぃ!!』
大粒の涙を流すマエストロを、行雲トレーナーが優しく抱きしめた。
『あなたはよくやったわ。こんなすごい景色が見れるなんて。……ここまで連れてきてくれて、ありがとう』
その師弟の姿に、会場からは惜しみない万雷の拍手が、いつまでも、いつまでも送り続けられていた。
◆
夕日が琵琶湖の西岸に沈み、空を燃えるような茜色に染めていく。
表彰式のために再びプラットフォームへと戻ってきたアタシは、自分が着水した北西の空を静かに眺めていた。
「早いですわね、ウイングノーツ」
後ろからの声に振り返ると、そこにはナスカ先輩が立っていた。
「ナスカ先輩。優勝、そして大会新記録、本当におめでとうございます」
「ありがとう。貴女こそ、対岸到達、お見事でしたわ」
「ありがとうございます。でも……お二人には完全にやられました」
これは心の底からの正直な気持ちだ。
「悔しいのは私も同じですわ。どうやら、私は無様な姿もお見せしてしまったようですし」
フッと笑いながら先輩はこちらに並んで湖面を見つめた。その目線は、アタシとは違って南西を向いている。
「お互いに、ルール上仕方がないとはいえ余力を残したまま着水。もしあのまま飛び続けることが出来たのなら、と思うと、私はまだ悔しくてなりません。貴女もそうではないですか?」
「先輩ほど飛べたかどうかまでは……」
「それは誰にも分かりません。それに、私が対岸はおろか琵琶湖大橋まで飛べるなんて、今日プラットフォームに立つまでは想像すらしていなかったことなのです」
先輩はアタシの目を真っ直ぐ見つめてきた。
「貴女の『対岸』が無ければ。私は吹っ切れず、琵琶湖大橋に向かって飛ぶことも、今日の記録も存在しなかったでしょう。……ありがとう。そのことを伝えたかったのです」
「ナスカ先輩……」
「私の記録もね」
左翼に包帯を巻いたマエストロが、アタシとナスカ先輩の間に割り込んできた。
「マエストロ!……翼大丈夫?」
「折れているといっても翼の先だけだからどうってことはないわ。固定したからステージで歌うくらいは余裕でできるわよ」
「よかった」
「フン」
マエストロが前に進み出て、2人の前で立ちはだかるように向き合った。
「次回は優勝を取り返して、そこから今度こそディスタンス部門初の三連覇を達成するわ」
翼が折れた素振りも見せずハイテンションのマエストロを見て、ナスカ先輩と顔を見合わせて微笑む。こうでなくっちゃ。
「そうだね! アタシも目標だった対岸は達成できたけど、結局優勝はできてないから。次こそは初優勝してみせるよ!」
「あら、簡単に勝てるとお思い? ウイングノーツ」
「ノーツ、アンタには絶対負けないからね!」
「なんでそこでアタシに対してだけバチバチなの?!」
誰からとも無く笑いが起きる。
――この日、琵琶湖とルールの限界まで飛んで大会記録を塗り替えた、ナスカ先輩、マエストロと、アタシことウイングノーツ。
この大会を境に導入される、トリ娘コンテストの新ルール。この新ルールのもとで、実に10大会以上の間、この3人によって表彰台の頂点が激しく奪い合われることになる。
同じ空を目指してしのぎを削る、スカイスポーツ学園の3人のトリ娘。
人々はいつしか、アタシたちをこう呼んだ。
――『学生三強』。
トリ娘の新たな時代が、今、ここに幕を開ける。
第二部、『学生三強編』につづく




