第14羽 私たちはもう舞台の上
「お、来た来た」
鉄骨のプラットフォームを上がっていくと、最上段でフーシェ先輩が待ち構えていた。
「先輩、お疲れ様です。マエストロも」
先輩に挨拶したあと、その傍らにいた金髪の友にも声をかける。
「遅かったじゃない」
「ごめんごめん。コレがあることをすっかり忘れてて」
「あー、ノーツな。あんたが来んからさっきまでこの娘えらい心配しててん」
「ちょっ、何言ってんですか先輩!」
今、プラットフォームに上がっているのは先ほど表彰台に上がった3人。
トリ娘コンテストでは、この上位3名が表彰式後にそのままステージパフォーマンスをするのが恒例行事なのだ。
何回目の大会からか、中央競バで開催されているウマ娘のウイニングライブを参考にして導入してみたところ、テレビ放映で大好評だったらしい。数字が取れると分かれば恒例化するのは、テレビ局主催の大会ならではだ。
トリ娘は一般的に肺活量が多く、声が美しいので、この手のパフォーマンスにはうってつけなのだろう。ちなみに、ウグイス嬢の語源もトリ娘から来ている。
「3位以上かぁ……。こんなことなら、もっと先輩たちのステージを見ておけばよかったかな」
正直、飛んだ後は疲れているし片付けもある。他人の表彰式やパフォーマンスまでわざわざ見に行く余裕がないのがトリ娘の本音だ。どうせ後日、テレビの空撮映像で観られるわけだし。
「ホイ、これがウイングノーツの分や。今回のステージはこの曲らしいで」
フーシェに渡された楽譜と資料に目を通す。大丈夫、アタシのよく知っている歌だ。
「お揃いですかー? 軽く音合わせとリハをしてから本番に入りますー!」
スタッフの声に応えて、フーシェがパチンと大きく手を叩いた。
「よっしゃ、2人とも! 気合い入れて盛り上げていこーやないか!」
「ちょっと先輩、優勝した私がセンターなんですけど」
「舞台に立ったら一緒や、一緒!」
やいのやいの言いながらステージの真ん中に進む経験者2人を、アタシはドキドキしながら追いかける。
日が傾きかけた中でのリハーサルは、さしたる問題もなく終わった。
何度も歌ったことのある歌に加えて、振り付けも学園のダンスの授業で習ったステップが意外なほどそのまま応用できたのだ。
やがて、ステージを照らすライトが鮮やかに点灯すると、ホバリング装置とカメラを付けたテレビ局所属のトリ娘たちが空中へと飛び出してきた。ステージを上空で囲むかたちで配置につく。
『皆様お待たせしました! 只今から、上位トリ娘のみなさんによるステージパフォーマンスです! トリ娘空撮隊が空から捉える迫力の映像も、大型モニターで併せてお楽しみください!』
会場アナウンスが流れ、ライトアップが一気に眩しくなる。
ステージ上で振り向いたマエストロの目線に頷いて、アタシは大きく深呼吸をした。
「「「本日は応援、ありがとうございました!」」」
マエストロの第一声に合わせて声を揃える。割れんばかりの歓声が湖岸から響いてきた。
「今日のフライトは本当に、琵琶湖の気まぐれな風との戦いでした。苦しくて、あっという間に体力が持っていかれて……思い通りのフライトができなかった人がほとんどでした。――それでも私たちには、どんな風の日も、強い雨の日もびくともしない翼があると、そんな翼が持てると信じています。これからも、常に明日に向かって飛び続けていきたいと思います!」
マエストロが綺麗に言い切り、スーッと息を吸う。
「それでは聴いてください――」
「「「LITTLE WING!」」」
イントロの激しいドラムが鳴り響く。
『LITTLE WING』は、諦めずに大空を飛ぶことに挑み続ける人の魂を歌った、少し前の世代の名曲だ。
アタシはセンターのマエストロの斜め後ろで、必死に声を張り上げ、翼を大きく広げてステップを踏む。
空中を舞うカメラの向こう。たくさんの観客の熱気が、歌を通じて自分の身体に流れ込んでくるようだった。
◆
ステージが終わり、プラットフォームから選手待機所に戻る途中のことだった。
「あの……ウイングノーツ選手!」
男性の声で呼びかけられて横を見る。道端には、一人の男性が小さな女の子の手を引いて立っていた。女の子は、緊張したように小さな手で男性の手をぎゅっと握りしめている。
「はい、なにか?」
「すみません、突然呼び止めてしまって。あの……私たち、宮城の岩沼から、あなたの応援にきたんです。『こんばんTV』で、地元から凄いトリ娘が出たって知って……」
岩沼――。アタシの生まれ故郷。
ばぁちゃんたちの懐かしい顔が思い浮かぶ。そういえばこっちに来てから一度も帰っていない。
「娘が、どうしてもあなたに一言お礼が言いたいって聞かなくて」
父親に背中を押され、小さな女の子が私の前に一歩踏み出す。その手には、トリ娘コンテストの公式うちわが握られていた。
「ウイングノーツお姉ちゃん……っ。お姉ちゃんが飛んでるところ、テレビで見て、わたし、すっごく元気が出たの! 今日のフライトも……最後、すっごい風だったのに、諦めないで翼をバタバタさせてるの見て、涙が出ちゃった……!」
女の子の大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「わたし、お姉ちゃんみたいになりたい! トリ娘じゃないけど、どんなに苦しくても、絶対に諦めないで頑張れるようになりたいの! だから……だから、次も絶対に、もっと遠くまで飛んでね!」
胸の奥が、ドクンと激しく脈打った。
これまでアタシは、自分とすぐ周りの人たちのために飛んでいた。ばぁちゃんのために、青葉さんのために、そしてマエストロに追いつくために、ただ必死に翼を動かしていた。
だけど、違ったんだ。
アタシのあの泥臭い、決して綺麗とは言えないフライトが、見知らぬ誰かの希望に、未来への光になっている。
アタシは女の子の前に屈んで目線を合わせると、そっとその小さな手を両手で包み込んだ。
「……うん。約束するよ。お姉ちゃん、次はもっともっと、あのお空のずーっと先まで飛んでみせるから。だから、見ててね」
「うん……っ!」
女の子は、今度は最高の笑顔を見せてくれた。
「ありがとうございました、ウイングノーツ選手。これからもずっと、家族みんなで応援しています!」
何度も頭を下げて去っていく親子の後ろ姿を見送って、アタシは胸に灯った熱い火を抱きしめるようにして、しばらく見つめていた。
「あ、いたいた! ノーツ〜!」
親子の去った方から駆けてきたのは、クラウドパルとバートライアの2人だった。
「どうしたの? こんなところで突っ立ってて。ステージ終わって、てっきりマエストロと一緒にホテルに戻ったと思ってたのに」
バートライアが心配そうな顔で覗き込んでくる。
「ああ、ごめんごめん。ちょっとね。緊張して疲れちゃったから、ちょっとゆっくり戻ろうかなって」
アタシが笑うと、2人は顔を見合わせてホッとした表情を浮かべた。
「初舞台だもんね〜。すっごく良かったよ~、LITTLE WING」
「私、あの歌小さい頃から大好きだったから、いつか自分も表彰台に登ったら歌ってみたいな。ノーツ、本当にカッコよかった」
バートライアが手を組んで羨ましそうにアタシを見る。
「ありがとう。でも、表彰式といい、ライブといい、さっきファンの方に声をかけてもらったことといい……なんだか自分がそんな上の立場にいるっていう実感が湧かなくて。手応えはあったし、また1キロを超えて飛べたのは最高に嬉しいんだけど、どこかで『アタシは本当にここにいていいのかな』って、もやもやしちゃって」
「う〜ん」
アタシが率直な戸惑いを吐露すると、クラウドパルが腕を組んで唸り声を上げた。
「それってさ~、単純に~、ノーツが今回の結果と自分自身に満足してないだけなんじゃないの?」
「というと?」
「ノーツの目標って、ステージに立つことだっけ?」
「え? いや、対岸まで飛ぶことだけど……」
「今回、優勝は?」
「してない」
「マエストロに勝てた?」
「勝ててない……。今のフォームのままじゃ、あの娘の6キロには届かないって思い知らされたよ」
「ほら、それだよ!」
パルちゃんがビシッとアタシを指差した。
「ノーツの目標はもっと先にあるから、3位なんかで満足できなくて、もやもやしてるんだよ。次にやらないといけない課題――飛行フォームを根本的に変えなきゃいけないってことにも、もう気付いちゃってるし!」
ハッとして、自分の手のひらを見つめる。
そうだ。アタシは、あの女の子にもっと遠くへ行くと約束した。マエストロの背中を捕まえると誓った。そのためには、今のままじゃ絶対に駄目なんだ。
「なーんか。ノーツって志が高すぎるっていうか、苦労性っていうか」
バートライアが呆れたように笑う。
「でも、それがノーツだよね~! よし、もやもやが晴れたならホテルへ行くよ~! 主役の一人がいないと打ち上げが始まらないんだから~!」
「えっ、アタシまた何か喋らなきゃいけないの!?」
「有名税、有名税! ほら、走るよ〜!」
「それなんか意味違くないー?」
走り出した二人を追いかける。アタシは苦笑しつつも、胸の奥の火がどんどん大きく、確かな覚悟へと変わっていくのを感じていた。
その夜。
学園が手配したホテルの打ち上げは、大いに盛り上がった。
前回までの打ち上げと違って、祝われる側。仲間たちと笑い合い、お祝いの料理を食べ、アタシは心からのエネルギーを充填することができた。
「あれ? そういえばナスカ先輩見かけないわね」
「確かに。生徒会長挨拶も代理だったよね」
――この夜。この打ち上げの裏でナスカ先輩が悲壮な決断を下していたことを、このときのアタシはまだ知らなかったんだ。




