第11羽 遠くまで
「「テレビ取材ぃぃぃーーーっ!?」」
学園食堂の名物、S定食のおむすびハンバーグを囲むテーブルに、マエストロとバートライアの驚愕の声が重なった。
「ちょっと、何でなのよ! 私だって今回初優勝したのに、取材に来たのはトリコン公式と学内新聞だけよ!? なんで5位のノーツにテレビが来るのよ!」
マエストロが理不尽さを訴えるように、ハンバーグをナイフで鮮やかに両断する。
「優勝とか順位じゃないんだよ。宮城のテレビ局が地元のトリ娘として興味を持ってくれたみたいで……」
アタシは苦笑いしながら経緯を説明した。
先日のトリ娘コンテスト。優勝は圧倒的なフライトを見せたマエストロ。2位に一般参加の猛者・コロモさん、続いて常連のナスカ先輩、フーシェ先輩。アタシは最終5位という結果だった。
だが、順位以上に世間の注目を集めたのが、あの着水からのリカバリーだったらしい。
一瞬、完全に足が水に浸かりながら、そこから絶叫と共に空へ舞い戻ったあの数秒間。
テレビ放映では驚く観客や実況席のリアクションと共に、スローモーションでリピート再生されたのだ。
「あのスロー映像、すごかったもんねぇ。ノーツの顔、凄まじいことになってたし」
クラウドパルがポテトを頬張りながら笑う。
「……言わないで。青葉さんなんて、自分が大口開けて叫んでる姿がスローモーションで全国に流れたもんだから、マジでしばらくトレーナー室から出てこなかったんだから」
地元・岩沼では、バァちゃんを中心に商店街のみんなで「沢城」の店に集まって鑑賞会が開かれたらしい。一時着水の瞬間は全員が心臓が止まったかのように固まり、復活の瞬間には祭りさながらの拍手喝采だったという。
その熱狂がローカル局の目に留まり、「苦難を乗り越える姿が地元に希望を与える」ということで特集が組まれることになったのだ。
「ローカル局の情報番組ってことは、宮城県限定なのよね?」
マエストロが少し落ち着きを取り戻して尋ねる。
「うん。平日の夕方にやってる『こんばんTV』っていう番組。宮城じゃ知らない人はいないくらいの人気番組なんだよ。パーソナリティーは、あの宗里幸さんだし」
「ムネサト……? 誰よそれ」
「えっ!? 『青葉城ラプソディー』って昔の歌で有名な人だよ!? ♪青葉城~注ぐ木漏~れ日~♪ ……って、知らない?」
「「……全く」」
二人のあまりに素早い否定に、アタシはジェネレーションギャップ、あるいは深い地域格差という名の絶壁を思い知らされた。仙台駅の発車メロディにもなっている名曲なのに……。
「まあいいわ、ローカルなら。出るからには全国区よ。次は連覇して、CM契約のオファーでも来させなきゃ」
マエストロがカチャカチャと優雅にハンバーグを口に運ぶ。
「全国放送ねぇ。あたしはどちらかといえば、映画とかドラマとか、女優さんの仕事に興味あるかな」
バートライアが夢見がちに微笑む。
「そういえばパル、アンタさっきから妙に静かじゃない」
一番騒ぎそうなのに、とマエストロが指摘すると、クラウドパルはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「……フフフ。あたしはチームメイトとして既に知っていたからね~。ノーツの練習風景に紛れ込む練習も、インタビューの背景に映り込む練習もバッチリして準備万端~! あたしが世間に認知される日も近い!」
「……はぁ。アンタも大変ね」
マエストロが呆れ声とともにこちらをチラッと見る。
「大変かもしれないけど〜、1秒でも長く映るように頑張るよ!」
「だからパルのことじゃない!」
マエストロの怒号と共に、カフェテリアにいつもの平和な笑い声が響いた。
◆
『――続いてのコーナーは、特集です』
メインキャスターの女子アナに代わってテレビに映し出されたのはスーツの男性アナウンサー。
画面に『飛べ!もっと遠くへ』というタイトルが映し出された。
午後のハードなトレーニングを終えた後の青葉トレーナー室。バァちゃんが頼んで商店街の人が録画してくれた『こんばんTV』のDVDが昨日届いたので、早速みんなで一緒に観ることになったのだ。
『空を飛びたいという夢を叶えるために、宮城県出身のトリ娘が、トリ娘コンテストという全国の大舞台に挑戦しています』
アタシ、青葉さん、そして絶対に映り込むと豪語していたクラウドパルに、気になってついてきたマエストロとバートライアの5人でテレビを見つめている。
『ウイングノーツさんは宮城県岩沼市生まれ。航空神社の宮司であるお祖母さん。そして、地元の商店街に愛され育った彼女が、空への夢を追って静岡の富士川トリ娘スカイスポーツ学園へと旅立ってから1年……』
ナレーションと共に流れる、見慣れた岩沼の風景。そして学園の校舎。
映像は、前回大会のテイクオフの瞬間に切り替わった。
「あれ、これ大会の公式映像じゃないね」
後ろから観ていたバートライアが呟く。
「ええ。技術専攻の子に頼んで、プラットフォーム後ろ側の特等席からハンディカメラで撮ってもらった記録映像よ」
画面の中、アタシは必死に翼を羽ばたかせている。公式の中継よりもずっと距離が近く、荒い息遣いまで拾っているその映像は、観ているだけで胸が苦しくなるほどの臨場感だ。
『3、2、1、ゴー!』
『キャー!! ノーツ、頑張ってぇー!!』
飛び出したところで撮影者の女子学生の絶叫がハウリング気味に入り込み、思わず全員で笑ってしまう。
単なる記録用のつもりだったんだけど、まさかそのままテレビで使われるとはね……と青葉さんは肩をすくめた。
『順位は堂々の5位入賞。しかし、彼女は満足していません。次なる大会に向け、過酷なトレーニングが続いています』
画面は、学校横にある航空機用滑走路でのテストフライトに変わった。
テストフライトの映像には、飛んでいるアタシの横をなぜか並走するクラウドパルが映っている。その映像に本人が腕を組んで満足気に何度も頷いているのが気配で分かった。
「……絞ったわね、ノーツ」
一方でマエストロは真剣な目つきで画面を見つめている。確かに、こう新旧フライトを連続で見ると、違いがあることがわかりやすい。
「うん。筋力は落とさないように、ウェイトだけをさらに2キロ削ったんだ」
「ふーん」
『今回、彼女はフォームの根本的な改造に挑んでいます』
青葉さんのインタビュー音声が流れる。
『これまでのパワー任せの羽ばたきから、翼のしなりを最大限に活かした流体効率重視のフォームへ。その実現に向けて、毎日千回以上の型練習を繰り返しています』
派手なフライトの裏側にある、地味で、痛くて、孤独な反復練習。
『最後に、ウイングノーツさんに意気込みを聞きました』
トレーニング室のベンチ。カメラを向けられ、緊張で顔を真っ赤にしながらも、アタシは真っ直ぐに答えていた。
『羽ばたいている時は、本当に苦しいんです。……でも、アタシの背中には、応援してくれる地元のみんなや、一緒に戦ってくれる仲間の想いが乗っているんです。だから、1秒でも、1ミリでも長く。誰よりも遠くの景色を見に行きたいんです』
『――飛べ! もっと長く遠くまで――ウイングノーツさんの挑戦はこれからも続きます』
ナレーションでVTRが終わると、スタジオのキャスターたちが映し出された。
『いやー、熱いね! 宗さん、どうでしたか?』
パーソナリティーの宗里幸――宗さんが、深く頷きながらコメントする。
『いやぁ、僕このトリ娘コンテスト大好きでね、昔から観てるのよ。最近のトリ娘コンテストはレベルが上がってるけど、彼女のような泥臭い努力を続けられる子が、最後には歴史を変えるんだよね。またワクワクするようなフライトを見せてほしいね!』
憧れの有名人からの言葉に、アタシは鼻の奥がツンとするのを感じた。
きっと、ばぁちゃんたちもテレビの前で同じように感激してくれているはずだ。
……けれど。
感動に浸っていられる時間は、もう残されていない。
『さて、このウイングノーツさんが出場する次回のトリ娘コンテストは、今月末に開催されます。大会の模様はご覧のチャンネルで放送します。また、この番組でもその模様を追いかけます! お楽しみに!』
番組が終わると同時に、青葉さんがDVDを止めてテレビを消した。
部屋を支配していた和やかな空気が、一瞬でピンと張り詰める。
「ありがとうございました。いい刺激になりました。……一番長く飛ぶのは、私だからね!」
青葉さんにお礼を言いつつ、最後はアタシに向けて一言放つマエストロ。同じく礼をして出て行くバートライアを見送ってから、アタシは青葉さんと向き合った。
「聞いたわね、ノーツ。宮城中がアナタを注視しているわ」
「……はい」
「フォーム改造はまだまだ途上。残りの時間をフルに使って叩き込むわよ。いいわね?」
アタシは立ち上がり、まだ少し筋肉痛の残る腕を力強く回した。
「いきましょう、青葉さん。もっと長く遠く飛ぶために!」
宗さん、そしてこの番組を観てくれた宮城の人たちの期待。また、アタシの中に新たな燃料が投下されたのだった。




