第35話 明日
少し日が傾き始めた。
霊園を出た時はまだ明るかったのに。
「まーまー遠いよな、ここ」
「そうだね」
小春の口数が少ない。
行きはうるさかったのに。
「今日のご飯何かな?」
「さーなんだろうね」
会話が続かない。
さっきの墓参りで何か思うところはあったのだろうか。
「小春」
「何?」
「なんかあったか?」
「……別に」
小春は少し寂しそうに言った。
なんで小春は「お墓参り行かない?」なんて言ったんだろう。
川井湊美と小春には接点がない。
「なぁ」
「何?」
「どうして墓参りにいこうと思ったんだ?」
小春は足を止め少し考えた後、答えた。
「川井湊美さんに会ってみたかったから」
「……会ってみたかった」
「うん」
会えるわけない。
川井湊美は死んでいるのだから。
「今、死んでるんだから会えるわけないって思ったでしょ?」
ばれている。
「川井さん、すごく活発な人だったみたい。友達も多くて、部活はバレー部なんだって」
「そうか」
「将来は広告代理店に入って、シングルマザーのお母さんを楽させるって言ってたらしいよ」
「……」
言葉が出なかった。
「やりたいこといっぱいだったんだろうなーって」
夕日が小春の顔を赤く染める。
頬が鈍く輝き、少し濡れているように見えた。
「……泣いてるのか?」
「……」
小春は俯き、答えなかった。
「……僕が……僕が死ねばよかったな」
言ってはいけないと思っていた。
でも、川井湊美には思い描く未来があった。
友達もたくさんいた。
きっと楽しい人生だっただろう。
それに比べて僕は——
小春は何も言わなかった。
「そうだよね。僕なんて何もな」
突然、小春が僕の胸に飛び込んできた。
「馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿!」
小春は僕の服を掴み揺らす。
顔は見えない。
だが、声が震えている。
「死んじゃったらどうしよって、お兄ちゃんが死んじゃったらどうしよって思ってたんだよ」
小春……
僕は小春の頭にそっと手を添えた。
「悪かった」
「本気で思ってないよね」
小春はゆっくりと僕の胸から離れ、続けた。
「お兄ちゃん、今までどんなことを思って生きてたの?」
どんなことって……
「楽しいって思ったことそんなにないかな。同じ日を繰り返す。特にしたいこともないし、なりたい夢もない」
「……うん」
僕は続けた。
「死にたいと思ったことはない。でも、生きたいと思ったこともないよ」
「……そうか」
こんな兄じゃ小春も残念に思っているだろうな。
でも、これが僕だ。
過去は変えられない、そしてこれからも。
「でもさ!」
突然、小春が叫んだ。
「お兄ちゃんは、これから楽しく生きる義務があるんだよ! 生きなければならない!」
小春は僕に指を刺し、言った。
さっきまで泣いていたのが嘘のように、小春は自信満々の表情だ。
「生きなければならないって、なんでだ」
小春は僕の口元に人差し指を立て、僕の言葉を封じた。
「お兄ちゃんは生かされたんだよ!」
“生かされた”まさか……
「お兄ちゃんは、川井湊美さんの分も楽しまないと」
「僕と川井湊美はちが」
くっ!
左後頭部に痛みを感じた。
まるで、誰かに叩かれたような、鈍い痛みだった。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
そういえば、事故で怪我した部分も左後頭部だったな。
治ってないのか?
「……もしかして」
小春が何か思いついたかのような表情で言った。
「川井さんが、しっかりしろー! てお兄ちゃんの頭を叩いたんだよ。こうやって」
小春は僕の頭を軽く叩いた。
「イッテ、なにすんだ」
その時、風に混じって、ふわりと匂いがした。
甘い花のような、人工的な匂い——
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「お兄ちゃんが目覚めた時、言おうと思ってたことあったんだよね」
小春は地面を軽く蹴りながら、黙った。
夕日が沈みかけ、少し薄暗くなっていく。
しばらくして、小春は僕の顔を見上げ、少しだけ笑って言った。
「やっと、会えたね」
その言葉を聞いた瞬間、僕は少しだけ息を止めた。
何かを思い出しそうな、そんな気がした。
でも、何も思い出せない。
「……」
「……」
「……なによ」
「ふふ、別に。暗くなってきた、早く帰るぞ」
太陽は徐々に沈み、夜が来る。
そしてまた、明日が来る。
僕が生きる、新しい明日が。




