第33話 本
「だーかーらー、寂しくならないように!」
小春は照れくさそうに言った。
小春が僕のために?
こんなこと今までなかったので、少しむず痒い。
「お兄ちゃん、ずっと目を覚さないから。ひとりぼっちだと思って」
当時のことを思い出しているのか、寂しそうな表情で小春は続けた。
「それにこの本を読めば、お兄ちゃんが帰ってきてくれると思って。この本好きでしょ?」
小春の目が、僕の答えを待っている。
僕は、ゆっくりと頷いた。
「春、夏、秋、冬。本当は季節ごとにゆっくり読もうと思ったんだけど、面白くて。何回も読んじゃった!」
小春の顔に笑顔が戻った。
「お兄ちゃん……眠っている時、私の声聞こえた?」
「……」
眠っていた時のことは、あまり覚えていない。
でもなぜだろう。
小春みたいな……生意気で、無邪気で、陽気なやつを僕は知っている……ような気がする。
“会えて嬉しいな”
え?
微かに声が聞こえた……ような気がした。
「……聞こえた」
「え?」
「かも」
「もー!」
小春は頬を膨らませた。
「毎日読んでたのか? その本」
「え? 読んでたけど。前も言ったよね」
「そうか……」
わからない。
わからないが、僕が生きていれるのは——
「小春、ありがとな」
僕は小春に感謝した。
全力の笑顔で、心を込めた。
「気持ち悪い」
小春はボソッと言いながら立ち上がった。
「さて! 休憩終わりだよ」
小春は僕の肩を叩く。
言わなきゃよかった。
やっぱり僕の妹は生意気だ。
「お兄ちゃん、誰のためにやってると思ってるの?」
「わかったよ」
小春は僕の腕を引っ張り、無理やり立たせようとする。
「ほら、立って!」
「わかったから」
「ぐずぐずしなーい!」
「はいはい……」
「はいは一回!」
いつからこんな口うるさくなったんだ。
昔からか。
「小春、あんまり急がすなよ」
「別に急いでないし……」
小春は少しむっとしたような顔をした。
だが、すぐに表情を変えた。
何かを考えるように俯いてから、僕の顔を見た。
「ねえ、お兄ちゃん」
「どうした?」
小春はまっすぐと僕を見た。
「お兄ちゃん、お墓参り行かない?」
「誰の?」
「川井湊美さんの」
“川井湊美”
一年前に亡くなった女子生徒だ。
僕は知らない生徒だった。
「……行こう、お兄ちゃん」
僕は妹の願いに、ただ頭を縦に振ることしかできなかった。




