第28話 生きたい
やめて——私は私。
誰でもない、私。
なのに、胸の奥に誰かがいる。
「湊美! 湊美! 誰か助けて! 湊美!」
やめて、私はここにいる。
胸が痛い。
誰かが内側から叩いている。
まるで、「出して」と言っているかのようだった。
「辛そうだね?」
それは諭すように言った。
辛い……苦しい。
知らない何かの悲しみが脳に流れてくる。
「無理しなくていいんだよ。気づいているんでしょ?」
「はぁ? 何が?」
「無理だって」
それは表情を変えなかった。
穏やかな口調。
覚悟を持った、寂しい目をしていた。
「……君の魂が、彼の身体を嫌がっている」
「……」
「分かってるんじゃない? 苦しみが誰なのか?」
「……」
「……」
「私は死んでない」
「……無理しなくて」
「私はここにいる!」
分かってる。
でも、諦められない。
「私は——生きたい」
「……」
それは何も言わなかった。
私も何も言えなかった。
冷たく、重い沈黙が二人を包んだ。
「君は死んでるんだ。一年前に。君の身体はもうない。魂だけが彷徨っている」
先に口を開いたのはそれだった。
「……」
私は言葉が出なかった。
「……ごめん」
なんで謝るの?
なんで私が同情されないといけないの?
悔しい。
我慢の限界だった。
胸の痛みを無視して、私は立ち上がった。
「私は! 私は生きたい! やりたいこといっぱいある! みんなとカラオケ行って、彼氏作って、制服デートして、大学行って、おしゃれなカフェでバイトして!」
「……」
「あとは、あと広告代理店でバリバリ働いて! 結婚して、子供は2人で、パパとママに親孝行して……」
「……」
「あとは、あとは……あーあー」
涙が溢れ出た。
今まで我慢をしていた。
泣いたら、自分の“死”を認めたことになる。
そう思ったからだ。
「あーあー会いたい。パパ、ママ、佳奈、楓、麻美——会いたい、みんなに会いたいよ……」
私は子供のように泣いた。
声を出して、大粒の涙を流した。
もうダメなんだ。
私は死んだんだ。
薄々気づいていた。
胸の内側から叩いてるのが誰か。
認めたくなかった。
認めたら本当に自分が消えてしまうから。
だから、足掻いた。
絶対に生きたかったから。
みんなに、会いたかったから。
でも……ダメだ——疲れた。
「私は……一人だ」
悲しい。
だが、不思議と胸の痛みが引いていった。
顔を上げると、それがこちらに近づいてきている。
短い足を動かしながら、楽しそうに歩いている。
「一人じゃないよ!」
子供のような元気な声が響いた。
宇宙を閉じ込めたようなキラキラした瞳が、私を見つめている。
その瞬間、胸の奥にあった不安が、ふと消えた。




