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花咲く頃に、僕は消えて  作者: 月嶋歩夢
【第三章】秋、キミと笑う
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第18話 安心

 男性は僕の手を取ると、会場中央にある、広い円形の空間に僕を誘った。


「き、緊張する」


 周りの視線が、一斉に僕たちへ向けられる。

鼓動が早くなっているのがわかる。

手が震え、息が荒くなってきた。


「大丈夫ですよ。ワタクシに任せてください」


 男性は優しく微笑んだ。

不思議と、この笑顔には安心感がある。

少しだけ、大丈夫な気がした。


 その時——

艶やかな音色が、会場いっぱいに響き渡った。


「始まりましたね」


 美しいバイオリンの旋律に合わせ、男性は僕の腰へそっと手を添えた。


「えっ、ちょ、近い!」

「ふふ、大丈夫ですよ」


 全然大丈夫じゃない。

僕はぎこちなく足を動かした。


「とても上手ですよ」


 男性は僕の耳元で優しく囁いた。


 その時、足元にふわりと何かが触れ、足がもつれた。


……?


 布が床を滑り、シャンデリアの光を受けてきらめいている。

一瞬、心臓が止まった気がした。


い、いや……ありえない。


僕は恐る恐る視線を落とす。


 白いレース。

幾重にも重なったスカート。

細い腰を包むリボン。


ドレス!?

僕はドレスを、着ているの?


「どうしました?」

「え!? いや! 何でもないです!」


 声が裏返ってしまった。


 なんで今まで気づかなかった?

少し、体が重いなと思ってた。

でも、それは緊張のせいで……

それに、仮面のせいで視界が悪かったし……

それにしたって——


 そこで、ようやく思い出した。


“あら、素敵なお嬢さま”

“どこのお嬢さまかしら”


——お嬢さま。


 みんながそう呼んでいたのは、

僕がドレスを着ていたから?

どこかの貴族の娘に見えたから?


 急に恥ずかしくなった。 

こんなふりふりなドレスを着てるなんて……

絶対に似合ってないし。


 僕は周りを見渡した。

周囲は僕たちを笑いながら見ている。

僕にはそれが冷やかしに見えてしまった。


 もうここから離れたい。


ぐりっ


その時、足元から鈍い音が聞こえた。


「いたーーーーーーーい!」

「え?」


男性は床に転げ、のたうち回っていた。

すごく、痛そう。


「ひどいじゃないか! ワタシが何かした?」

「い……いや……何も……」 


 ど、どういうこと?

男性の優しく、凛とした態度が一変、子供のような態度に変わった。


「もー、ワタシの美しい足が……」


 男性は半べそかいている。


もしや!


 僕はこの口調を知っている。

この軽い口調。


「あなた……」

「あ!」


 男性は急いで口を塞ぎ、毅然とした態度で僕の目の前に立った。


「恥ずかしいとこを見せてしまいました……」


 まだ、この設定続けるの?


「もう、遅いよ」

 

 男性の正体はいつものあの子だ。

王子様……なんていなかった。

僕は少し寂しい気持ちになった。


「え、い、いや……さー続きを……ダンスの続きを——」

「もう、いいって」


 僕は相手の言葉を遮った。


「そ、そんなー! せっかく美しい貴族なったのに! もう少し楽しませてよ!」


 相手は頬を膨らませ、子供のように拗ねている。

さっきまでの優雅な振る舞いはどこへいったのやら。


「ふふっ」

 

 僕は思わず吹き出してしまった。


「今、笑ったでしょ?」

「笑ってないけど……ふふっ」

「あーやっぱり笑った!!!」


 相手はさらに頬を膨らませる。


面白い子だな……


 急に肩の力が抜け、口角が上がっていくのがわかった。


 安心感の正体はこれか。

どんな姿になっても、この子はこの子だ。

だから僕は、肩の力を抜いていられるのかもしれない。


「楽しかった?」

 

 僕は相手の反応を伺った。

相手は腕を組み、深く考えてから——


「楽しかった!」


 と無邪気に笑って答えた。

子供のようなキラキラした瞳は会場のどんな光よりも美しく、引き込まれそうだった。

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