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花咲く頃に、僕は消えて  作者: 月嶋歩夢
【第三章】秋、キミと笑う
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第17話 香り

「さ、行きましょう」

 

 僕は男性に誘われるように会場に入った。

華やかなドレスを纏った人々が、白く磨かれた床いっぱいにひしめき合っている。

自分では、どこを進んでいいかわからない。

男性は、人々の間を優雅に通り、通り道を作ってくれる。


「すみませーん」

「ごめんなさーい」

「通りまーす」


 僕は腰を低くして、人々の間を通った。


「ちょっと、あなた」


 振り向くと、そこには赤いドレスに、赤い仮面を身に纏った貴婦人が立っていた。

貴婦人は背筋をぴんと伸ばし、じっと僕を見つめている。


ぼ……僕、何かしたかな?


 仮面に隠れて表情はわからない。

だが、張りつめた雰囲気に、僕は身構えてしまった。


「あなた、どこの香水を使っているの?」


 貴婦人は僕の髪をくるりと触りながら言った。


へ?……匂い?


 一瞬、思考が止まった。

臭い……汗の匂いとか?

僕は恥ずかしくなり、顔を手で覆った。


「あ、あのすみません。僕、臭いですよね」

「臭い? いいえ、とても素敵な香りよ。甘い花のような、柔らかい匂い」


 花のような甘い匂い?

そういえば——さっきまで漂っていた、あの匂いがしない。

僕をここまで導いてきた、あの甘い香りが——


「本当、とてもいい匂いだわ」

「あら、素敵なお嬢さま」

「どこのお嬢さまかしら」


——お嬢さま?


 誰のことを言っているのだろう。

貴婦人に“お嬢さま”なんて……呼ばれるような、立場でもないし。


 辺りを見回すと、周囲の視線はすべて僕に向けられていた。


「す、すみません……!」


 どうしていいかわからず、恥ずかしさから、僕はただ頭を下げることしかできなかった。


どうしよう……すごく怖い。


「失礼」


 その時だった。

聞き覚えのある穏やかな声が響く。

人垣の向こうから、男性がゆっくりと歩いてきた。


「この方はワタクシのお相手ですので」


 その一言で、人々がわずかに道を開く。


「まあ」

「あなたのお相手だったの」

「それなら先に言ってくだされば」


 先ほどまでの勢いが嘘のようだった。

男性は僕の隣に立つと、そっと肩を抱き寄せた。


「驚かせてしまいましたね」


 柔らかな声に、張り詰めていた緊張が少しだけほどける。


「あ、ありがとう……」

「申し訳ございません、一人にさせてしまいましたね」


 男性は申し訳なさそうに言った。


「いや、僕こそ、のろまで……ごめんなさい」


 深々とお辞儀をし頭を上げると、男性が困った表情で僕の顔を見つめていた。


「ふふ……」

「ははは……」


 何だかおかしな気分だ。

さっきまでとても寂しく、不安だった。

でも、今は暖かい。

そして、とても懐かしく、安心する。


「ヤ・ク・ソ・ク、覚えていますか?」

「約束?」


 覚えはない。

いや、したのかもしれない。

ここへ来てから、驚くことばかり。

脳がぐちゃぐちゃで覚えていられない。


「その表情だと、覚えていませんね」


 男性はクスリと微笑むと、すっと手を差し出した。


「あ!」


 胸の奥が、きゅっと締め付けられた。

この光景、知ってる。


「思い出していただきましたか?」


 そうだった——


「ワタクシと踊っていただけますね」


 僕は小さく頷いた。

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