第13話 出発
冷たい感触が肌の輪郭を沿うように通り過ぎていく。
心地のよい冷たさだ。
このままずっと、目を覚ましたくない。
ポッポー!
だが汽笛の音がそうさせてくれなかった。
「ふあ〜」
僕は大きなあくびをし、目を覚ました。
あたりは一面の大草原。
家もない、人もいない。
ここにいるのは僕と、この蒸気機関車だけ。
「風が気持ちいい」
僕は気分が良かった。
目的地の分からない旅が、僕の好奇心を掻き立てる。
つまり、ワクワクしているのだ。
——さて、出発だ相棒!新しい出会いを求めに!
不意に言葉がよぎった。
誰の言葉だろう。
ま〜そんなのはどうでもいい。
「新しい出会いね〜」
僕は陽気に言った。
ここ最近の記憶がない。
今向かっている場所が、初めての場所なのかわからない。
だったら新しい場所でいい。
新しい場所、新しい出会い。
なんか心が弾む。
「でも、もう少し寝かせて〜」
汽車のゆったりとした振動と、心地よい風が眠気を誘う。
新しい場所は楽しみだ。
でも、もう少しゆっくり——ゆっくりで……
汽車は止まる気配がない。
ゆっくりと、時間など存在しないかのように——
あたりは暗くなり、暗闇の中を汽車の音だけが響いている。
窓の外を見ると、相変わらず一面の大草原。
僕は窓に映る自分を見た。
「……僕……だよね?」
なぜか、不安がよぎった。
そうだ、僕だ。
知っている“僕の顔”だ。
間違いのない——そのはずなのに。
不意に、左後頭部に小さな痛みが走った。
ふわりと視界がぼやける。
僕は窓の淵に寄りかかり、外を見た。
窓に映る自分と、一瞬、目が合う。
誰かに、見られている——
僕は心の中で問いかけてみた。
だが、僕以外の気配はどこにもなかった。
その時、甘い香りが鼻先をかすめた。
花のような——いや、もっと人工的な匂い。
「……?」
あたりを見回しても、誰もいない。
なのに、その匂いは存在している。
最初からそこにあったかのように。
不思議と恐怖はなかった。
初めての匂いのはずなのに、嫌じゃない。
むしろ——落ち着く。
なのに、どうしてだろう。
少しだけ、居心地が悪い。
ポッポー!
汽笛の音がなった。
匂いはふわりと消え、あたりは平穏を取り戻した。
「あ! あかりが見える〜!!」
汽車の向かう先にあかりが見えた。
きっとあそこに向かっているのだろう。
キラキラと輝くあかりは、宝石のような品のある光だ。
まるで見られるために、輝いているようだ。
「僕の新しい出会い! 新しい場所!」
不安だったはずなのに、胸の奥が少しだけ浮き立っていた。




