第12話 影
呼吸が苦しい。
一瞬の出来事だった。
僕の影が頭から落ちていった。
「ど、どうしたの?」
相手が駆け寄ってきた。
「あっ、あっ……ぼ、ぼ……僕が……! 僕が!」
「へ?」
僕は窓を指差した。
「窓の外?」
相手は窓を開け、下を向いた。
「何もないけど……」
「え? そんなはずは……」
僕も窓の外を見た。
上半身を窓の外に出し、下を覗き込む。
そこには木のベンチと綺麗に整列されたひまわりの花壇のみがあった。
な……何もない。
確かに見たんだ。
僕が……僕の影が落ちていくのを。
間違いない。
脳内が真っ白だ。
呼吸が荒く、意識が遠のいていく。
「ちょっと、危ないから! 落ちちゃうよ!」
相手は僕の身体を図書室に引っ張り戻した。
「どうしたんだよ急に! 落ち着いて、深呼吸だよ」
僕は相手に促されるように深呼吸をした。
「ぼ……僕の影が、落ちたんだ。まるで、飛び降りたようだった」
「え? ワタシは見えなかったけど」
「いや、確実にいたんだ」
「君が?」
僕は頷いた。
「そうか……」
相手は沈んだ面持ちで言った。
「でも、何もなかったよ? ほら、今だって、ん?」
「どうした!?」
「影がいるよ。でも女の子だね」
窓の外を見た。
先ほどいなかった女性の影があった。
「あの影だ……」
「あの影?」
僕が探していた女性の影。
長く伸びた髪をなびかせながら、
ベンチに腰をかけるように影を伸ばしている。
「彼女に間違いない。」
僕は確信した。
「ふーん、ああいう子が好みなんだね」
相手は茶目っ気のある表情で言った。
そんな相手を僕は睨んだ。
「中庭だな。行こう!」
「えっ! いくの?」
相手は少し困惑した表情をした。
目的は彼女を探すことだったのに、忘れたのか?
僕はため息をついた。
再度中庭を見ると、女性の影が、こちらを向いた。
目はない。
それでも、目が合っている気がした。
「……ふん、大胆だね」
相手は静かに、小声で言った。
女性の影は僕たちを、まっすぐ見ている。
何か言いたげで、微動だにしなかった。
だが、僕はその光景が懐かしく感じていた。
彼女とこのように会うのは初めてではない……のかもしれない。
記憶のないはずの、記憶。
木目調のベンチ、太陽光を受けて輝く木々、そしてひまわり。
一つ一つのピースの形が合いそうで、合わない。
何かが違うのか。
それとも——
「くっ!」
急に、左後頭部に、鈍い痛みが走った。
「あーあー!!」
痛みはどんどん増していく。
「次はどうしたの!? 今日は忙しいね」
相手は冗談を言いながらも、慌てている。
意識がどんどん遠のいていく。
だ……だめだ……視界が掠れる。
「君は——」
相手は僕に話しかけている。
「くそっ……邪魔ばかり——」
相手の言葉が途切れた。
聞きたくない言葉を残して。




