↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/18

007:健康診断の前日

 9月9日、季雨は上海理工大学校内の偉人像のそばを歩いていた。


 まだ正式な新学期は始まっていないが、季雨はすでにネット上で自分の顔認証情報を登録していたため、学校の入退場ゲートを自由に通ることができる。


 上級生はすでに7日に始業し、新入生もほとんどが登校しているため、校内は夏休みのように閑散としてはいない。周囲の、のんびりした表情の通行人は始まったばかりの大学生活を迎えた新入生、憂いを帯びた表情の通行人は前期に単位を落として追試を受ける上級生、哀しげな表情の通行人は献花に来た人々だ。


 偉人像の前には花が溢れ、哀悼に訪れる人の波が次から次へと続いている。なかなか立ち去ろうとせず、道端に立ったまま像を見つめている者もいた。


「憑欄静聴瀟瀟雨,故国人民有所思(欄に凭りて静かに聴く、瀟瀟たる雨。故国の人民、思う所あり)」


 時折、誰かが詩句を吟じるのが聞こえる。人々はそれぞれの方法で自分の哀悼の意を託していた。


 今日は彼が逝去してから50年目らしい。


 季雨は自分の花束をそっと偉人の足元に置き、それから道端に立った。


 スマホが震えた。


「学校に着いた? 総合棟二階の事務室に来て。そこで待ってる」

「わかりました」


 季雨は返信した後、総合棟へと早足で向かった。


 家が学校のすぐそばにある「天竜人」である季雨は、校内宿舎を申請する必要がない。だが、宿舎は新入生全員にデフォルトで割り当てられるもので、その宿泊費を節約するため、彼はネット上の公開情報から自分の輔導員のSNSアカウントを見つけ、DMでその旨を伝えた。


 輔導員は快く季雨の申請を承諾したが、まだいくつか紙の書類に署名する必要があったため、季雨は学校に来たのだった。


 季雨は簡単に総合棟の事務室を見つけた。新学期が始まったばかりで、事務室内は静かではなく、中の教師や他の輔導員たちは皆忙しそうで、様々な人が行き来している。季雨が自分の輔導員の席へ歩いていくと、近づいてくる人影を感じたのか、資料を読んでいた男性が顔を上げた。


「ああ、君は季雨だね?」


 目の前の輔導員はとても若く見え、「学校の教師」というよりは「何学年か上の先輩」といった感じだ。


「僕は黄子泓(ホアン・ズーホン)。黄先輩でいいよ」

「わかりました、黄先輩」季雨は頷いた。「お若く見えますね」

「大四を卒業してすぐ輔導員になったから、今年でまだ勤務二年目。若くて当然だよ。実はうちの学校の輔導員はだいたいそうで、家庭持ちは少数。ベテランはみんな『正式講師』に上がって、小登(わかて)だけがここで輔導員をやってる。どう? 輔導員の中から彼女を探してみる気はある? 大学は高校と違って、恋愛も許可されてるんだよ~」

「そうですか? でも僕の相手選びの基準は結構高いんで……縁次第ですね」

「君、本当に輔導員の中から彼女を探す気かよ?」


 この単純なツッコミは周囲で忙しくしている人々にも聞こえたらしく、笑いを堪えるような連続した吐息が周囲から聞こえてきた。


 季雨は表情を変えず、簡単にボケてツッコミを提供し、場を和ませると同時に距離も縮めた。効果は上々だ。


 彼は肩をすくめた。「記入する書類は?」

「ああ、これだ」


 黄子泓は紙の山から二部の書類を引き出し、空白部分を指差して言った。「ここに記入して。君は自主的に宿舎を放棄したけど、後で必要になれば再申請できる。ただし、割り当てられる宿舎のルームメイトは同学年・同専攻ではないかもしれない」


 デスクのペンを借りて、季雨は書類を記入し、輔導員に戻した。


 黄子泓は確認し、問題がないことを確かめてから言った。


「よし、君は明日クラスに時間通りに来ればいいだけだ」

「えっと、少し聞きたいことがあるんですけど」

「何だい?」

「確か八月の初めに、新入生は19日始業で、しばらく軍事訓練は行わないという告知がありましたよね。でも二週間前に、学校はメールやSMSで10日始業、しかも軍事訓練を再調整すると通知してきました。なぜ以前の告知を覆したんですか?」

「僕も知らないな。大学の幹部が軍事訓練を重要だと考えたのかも? 始業時間の前倒しも、軍事訓練に合わせるためだろうね」


 黄子泓は頭を掻き、自信なさげにそう言った。


 望む情報が得られず、季雨は輔導員に別れを告げて事務室を出た。


 総合棟を出て、再び曇り空の下へ戻ると、ちょうど昼食を何にしようか考えていたところで、聞き覚えのある電波な声が彼を呼び止めた。


「ねえ! これって李風じゃん」


 季雨は視線を空から地面へ戻した。道の反対側で、オレンジ髪の少女が栗髪の少女を連れてこちらに手を振っている。


 なんだか最近出会う女の子はみんな変わった髪色ばかりだな? 今の上海の大学生は染髪が流行ってるのか?


「久しぶり~。いつも来てって言ってるのに、paradoxに来る頻度が低すぎだよ」璃見真理が小走りで挨拶に来る。

「まず、僕はほぼ十日に一度はparadoxに行ってるし、毎回100元以上は使ってる。学生にとっては十分高額消費だ。次に、僕は酒飲みじゃない。自分の健康のために、飲酒頻度は上げられない。第三に、何を頼んでも、君のところのロボットは水割りウイスキーしか出してこない。これじゃただ混ぜてるだけじゃないか? カクテルを作れないならバーテンダーにしなきゃいいのに……」季雨は腕を組んだ。

「でも……月曜日にカクテルを作らせないと、彼、機嫌が悪くなっちゃうんだよ」


 季雨を呆れさせるその発言の後、璃見真理は横に回り、後ろの栗髪の少女を季雨に紹介した。


「こちら、颯音(さおん)。私のルームメイト」

「你好、私は颯音です」


 元気いっぱいの声。栗髪の少女は季雨に向かって気をつけの姿勢で敬礼した。どうやらこれも元気系キャラらしい。


 彼は栗髪の少女に頷いた。


「你好、僕は季雨」

「え——李風じゃないの?」璃見真理が声を伸ばし、不思議そうに聞く。

「……あの日のナンパが怪しすぎたから、偽名を名乗ったんだ」


 彼は素早く話題を変えた。


「この颯音さんも日本人ですか? 名前が少し変わってるみたいだけど」

「うん……ああ、まあ日本人かな。彼女はちょっと特別だから、学校がわざわざ二人部屋を割り当ててくれたんだ」


 まあ? 特別?


 季雨は栗髪の少女を観察した。美しい背中まである長い髪が肩から流れ落ち、どこかお嬢様の気配を感じさせる。だが、眉間にかかる前髪がその純粋な端正さを崩し、自信に満ちたお茶目で少し間の抜けた笑顔と、目尻に貼られた星のシールが相まって、清純系ギャルといった風情だ。


 さらにアイメイクやピアスなどの装飾が加われば、正真正銘の「令和ギャル」になるだろう。だが颯音は特定のスタイルを執拗に追い求めるでもなく、今の装いは中間状態にあり、季雨としては彼女にレッテルを貼りにくい。


 だが人にレッテルを貼るのは良くない習慣だ……


 季雨にじっと見られて居心地が悪かったのか、颯音が口を開いた。


「あの……ずっと私を見てるけど、まさか私、魔法少女に見えるとか?」

「は? なんで急に魔法少女の話になるんだ?」

「あはは、多分颯音が最近魔法少女アニメを見てるからかな。それは置いといて、ずっとここにいるのも良くないし、校内のマクドナルドでも行かない? 私が奢るよ」


 璃見真理は季雨の疑問を遮り、季雨と颯音の手を掴んで、ずるずるとマクドナルドの方へ引っ張っていく。


「そんなに引っ張らないでよ、真理(まり)ちゃん。ちゃんとついて行くから~」


 ……

 今日の昼の気温はまだ少し暑く、マクドナルド内の冷房の冷気はフライドチキンとポテトの油の香りと混ざり合い、夏がまだ完全には終わっていないことを客に告げている。ちょうど昼時で、店内は非常に混んでおり、若い学生たちが窓際の席でスマホをいじり、レジには四五人が並び、校内の教授も人混みに混じって注文している。BGMは歌詞の聞き取れない流行歌で、店内に空席はほとんどない。


 三人は少し待つと、ちょうど空いた席を確保できた。座った後、店員がすぐに来てテーブルの上のゴミを片付けてくれた。


 璃見真理はスマホでテーブルに貼られたQRコードを読み取り、ネットで注文する。


「何が食べたい? ついでに注文するよ」


 颯音がすぐに手を挙げた。


「マン——」

「はいはい、マンゴーはないよ」

「タマ——」

「たまごもないよ」


 ??


 なんで急に下ネタになったんだ? 季雨は「僕にもあるけど」と言いたかったが、秤にかけた結果、初対面の人の前では紳士でいることにした。


「僕にはエッグタルトを追加でお願いします」

「OK~」


 颯音の意見を無視して、璃見真理は三人セットを購入した後、季雨にエッグタルトを追加で注文した。


「そういえば、今日はなんで学校に来たの? 校内に住んでないって言ってたから、宿舎の受付には行く必要ないはずだけど」

「退寮の書類に署名しに来たんだ。君こそ、楊浦区の地元なのに、なんで宿舎を申請したんだ?」

「paradoxは五角場の方にあって、学校から少なくとも20分はかかるんだよ。面倒くさいじゃん? それに、本格的な大学生活を味わいたいし、宿舎なしじゃ始まらないでしょ?」

「そうか」


 しばらく気まずい雑談の後、食事の準備ができたことを知らせるスマホの震えで璃見真理がカウンターへ食事を取りに行き、テーブルには季雨と颯音だけが残った。


 栗髪の少女は少し不安そうで、視線が店内をあちこち漂っている。


 人見知りしているのだと感じ、季雨も心得てそれ以上話しかけなかった。璃見真理が嬉しそうにトレイを運んできた後、三人はそれぞれ好きな食べ物を選び始めた。


「あ、季雨、注射は怖い?」口にハンバーガーを詰め込んだ璃見真理が、曖昧な口調で言う。

「普通の注射や採血は怖くないよ。どうして急にそんなこと聞くんだ?」

「明日の午後、健康診断があるんだ。採血の項目もあるって聞いたよ」

「健康診断? 軍事訓練の準備? でも、軍事訓練に影響する病気があるなら、学生本人がもっと早く申告してるはずだ。新入生全員の健康診断なら、精度は高くないだろうし、何が分かるんだ?」

「ふふん、新入生だけじゃなくて、全教職員と学生が対象なんだよ」

「そんな大規模な?」季雨は少し驚いた。「理由は?」

「うん……軍事訓練の機会に大規模な体質調査を行うって。うちの学校だけじゃなくて、他の学校にも同様の噂があるよ」

「どこでそんな情報を?」

「公告は出てないけど、今回の行動は動員された人が多くて、関係するスタッフの多くが知ってるんだ。私は学生自治会のメンバーから聞いた」


 颯音も璃見真理の情報を聞いていたが、その顔に「初めて聞いた」という驚きや思索はなく、どうやら彼女も以前から知っていたようだ。


「それにそれに、今回の健康診断についての都市伝説を知ってる?」


 璃見真理は神秘的な顔で、季雨は茫然と首を振った。


 季雨が知らないのを見て、璃見真理はさらに得意げに言った。「最近、上海に『人外』が現れたって噂があるんだ! 上層部がこんな大掛かりなことをするのは、私たちの中に隠れている異常存在を洗い出すためだって。季雨君~、君は人外?」

「君こそ人外だろ……五百年前の噂は私たちの中に魔女が隠れているって言い、五十年前の噂は私たちの中に宇宙人が隠れているって言い、今の噂は私たちの中に人外が隠れているって言う。どうやらこれらの『異常存在』は社会の発展とともに進化するらしい」


 璃見真理は季雨に説得されたようで、舌を出して、これらの「根拠のない噂」について話すのをやめた。


 約二十分後、三人はマクドナルドの三人セットをきれいに平らげた。


 璃見真理は満足そうにティッシュで口を拭いた。


「私と颯音はまだ用事があるから、先に帰るね~」

「うん、またね」季雨は立ち去ろうとする二人に手を振った。


 颯音も同様に彼に手を振った。別れの後、璃見真理は颯音を連れてマクドナルドを出て行った。


 季雨は一人席に残り、璃見真理と颯音の背中がマクドナルドのガラス扉の外に消えるのを見つめていた。


「人外……」


 自分のような、「眠っている間に裏世界に入れる」などの能力を持つ異常人類のことか?


 一ヶ月の現実への適応と理解を経て、季雨はすでに自分の異常性を明確に知っていた。


 それにリズ、あの夜はおそらく実際に起きたことだ。ならばリズは今、上海のどこかにいるはずで、もしかしたらすでに公式に発見されているかもしれない。


 わけのわからない超能力、そして現実に乱入してきた二次元キャラ……


 当局の態度が分からない状況で、季雨は引き続き隠し通すことにした。ただ、今回の「健康診断」で何か見破られるかどうかは分からない。


 建てたばかりの「現実」の壁にはすでに小さくない亀裂が入り、少年はその隙間から異常な世界を覗き見る。不安と興奮が同時に脳裏で交錯していた。

ここで中国の大学の構造について説明しておきます。中国の大学は、日本の大学と比べると、その教育構造はむしろ日本の高校に近いかもしれません。専門科目の授業では「走班制」を採用していて固定教室はありませんが、それでも同じ専攻の学生を二つか三つのクラスに編成します。例えば「機械製造一班」「法学二班」のような形です。毎月、クラス会を開いて最近の連絡事項を説明する必要があります。

第七章に出てくる「輔導員」は、こうしたクラスの担任のような存在です。具体的な授業は担当しませんが、学生の日常生活に目を配り、大学生の書類記入やサークル活動などの仕事は彼らのところへ行く必要があります。輔導員は通常、若い職員が担当し、たまに30代の輔導員も見かけますが、少なくとも作者である私は40代以上の輔導員を見たことがありません。中国の大学は「非升即走(アップ・オア・アウト)」制度を採用しているため、昇進しなければ解雇されます。

「軍事訓練」については、大学生が在学中に一定の規律訓練を受けることを指します。ただし現在、軍事訓練の厳しさはどんどん下がっており、普通は気をつけの姿勢で立つことや行進の練習をする程度で、大学生が銃に触れることはほとんどありません。ただ、私が当時は確かに軍事訓練で95式の遊底(ボルト)を引いたことがあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。