002:嵐の中の裸男
夜空には暗雲の姿こそ見えないが、バチバチと車窓を叩きつける激しい雨粒がその存在感を主張していた。
沈彰は自分がとことん運が悪いと思っていた。
本来、休日の夜に勤務する必要などない彼だったが、台風のせいで24時間警察署で待機しなければならなくなった。しかも手元に処理すべき刑事事件もないため、本来ならデスクで気楽にサボっていた。
「沈彰、復興島共青路210号倉庫区から通報があった。巨大な音がしたらしい。すぐに見に行け」
「はあ?」沈彰はスマホを置いた。「それ、地域警察の仕事じゃないですか?消防は?」
「みんな都市冠水の対応と秩序維持に行ってる。今はお前しか暇してないんだ。文句を言うな、行け!」
——こうして、怨念を満載した車はこの復興島の倉庫に到着した。
「特に問題はなさそう?」
車を止めた後、彼は車内でカッパを着込み、降りて簡単に門を観察した。
この倉庫区はすでに収用・撤去の段階に入っているため、内部に危険物は置かれていない。臨時の責任者も封鎖作業を済ませているため、ここには誰も詰めていない。
たぶん風で木が倒れただけだろう……そう思いながら、沈彰は倉庫入口の遮断機を乗り越え、懐中電灯を点けて、巨大音の原因らしきものを探し始めた。
濡れて滑る地面のせいで、彼は注意力の大半を自分の安全に向け、時折顔の雨を拭った。
「ガン」
一つの音が嵐の黒夜を貫いた。金属が地面に叩きつけられたような音で、しかもどこか鈍い。
「轟音」ではないが、沈彰はそれでも迅速に音の源へ走った。
懐中電灯の光がその倉庫を照らす。黒夜の雨幕越しでも、音を立てた倉庫が開けられた缶詰のように屋根を失っているのが分かる。
「これはまずい」
倉庫のコンクリートの壁にも大きな亀裂が入っており、雨水が容赦なく暴風に巻き込まれて中へ入り込んでいく。
沈彰は懐中電灯をその欠けに向けた——
「誰だ!」
電子合成音のような怒声が突然、沈彰をびくっとさせた。我に返った彼は、光の先に一生忘れられない光景を見た——
一機のガンダム。
倉庫の瓦礫に埋もれた一機のガンダム。
巨大ロボットの頭部、目と思しき緑の光が、彼をじっと見据えている。目の前の人間が無反応に見えたのか、電子合成音が再び響いた。
「汚らわしい帝国の犬め!捕虜にできると思うな。貴様らとは死ぬまで戦う!」
巨大ロボットは怒ったようで、瓦礫の中からもがきながら立ち上がる。濃烈な殺意に、混乱していた沈彰はかえって冷静になった。
あなたは平凡な刑事。ある日、上司に倉庫区を巡回するよう命じられ、そこでガンダムを見つけてしまい、しかもそのガンダムが今にもあなたを攻撃しようとしている。どうする?
逃げるに決まってるだろ!
沈彰は過去に犯人を追いかけた時よりも速い速度で、振り返って逃走した。アドレナリンが彼に暴風雨中で驚異的な安定性を発揮させ、先ほど懐中電灯で照らした枝や石ころを次々と記憶から呼び出し、まるで悪い視界など彼の逃走に全く影響しないかのようだった。
敏捷な姿で倉庫区を駆け抜け、そのまま標準的なハードル動作で門口のゲートバーを飛び越えた。
音から判断して、あの巨大ロボットが追ってきた可能性は低いが、沈彰はそれでも安全な場所まで走ってから報告しようと決めた。
息を切らして車のドアを閉めた後、沈彰は警察署に電話をかけた。
「もしもし?沈彰か、どうした?」
「局長、これから言うことを絶対に信じてください」沈彰はできるだけ内心の興奮を抑え、比較的落ち着いた口調で言った。
「安心しろ、俺は専門的な訓練を受けている。どんなに笑えることでも笑ったりはしない」
「笑い事じゃないんです……私はすでに210号倉庫区を捜索しました。すると、一つの倉庫の屋根が消え、壁が崩壊していました。損傷した倉庫の内部を確認したところ、中に喋って動く……大型ロボットがいました!」
「ぷっ……咳、うん、分かった。すぐに人員を手配し、上に報告する。お前は安全な場所にいて、身の安全を確保しろ」
さっき笑ったよな?でもどうしてそんなに即座に信じるんだ?さまざまな疑念を抱えながら、沈彰は答えた。
「はい」
◆◇◆
リズは自分がとことん運が悪いと思っていた。
エースパイロットである自分は敵の罠にかかり、大部隊から引き離された上に追われ続け、なんと帝国の奥地まで走り込んでしまった。しかも先ほど、レーザーを発射できる超能力者に不意打ちされ、飛行装置を破壊されて帝国の都市の中に落ちた。
衝撃による短い昏睡から目覚めた後、リズは機体の状態を確認した。
「くそ……」
落下の衝撃で機体の多くの部品が壊れ、残りエネルギーも十分間の活動分しかない。幸いパイロットスーツの保護機能が効いたおかげで、精神は少し揺さぶられたが肉体には何の損傷も受けていなかった。リズはこの少し色っぽいボディスーツに初めて感謝した。
「さっきの落下の轟音はきっと敵軍を引き寄せる。早く逃げなければ」
そう思い、彼女は機体を操作して移動しようとした——
「ガン」
機体の腕がもがきながら持ち上がり、すぐにまた落ちた。
「駄目だ、エネルギー回路が切断されている。まさか機体を捨てるしかないのか?」リズは焦りながら悩んだ。「でも機体がなければ、自分の足だけで敵境から歩いて帰るなんて、なおさら天方夜譚だ」
その時、壁の裂け目から一筋の光が差し込み、まっすぐに損傷した機体を照らした。
「まさか、もう見つかったの!?」
リズは歯を食いしばり、公共チャンネルを開いた。
「誰だ!」
光に逆らい、機体の撮像装置を通して、リズは目の前に制服を着た男性がいるのを見た。彼女はこのデザインの制服を見たことがなかったが、疑いなく、これはある種の軍服だった!
後方の何らかの未知の保安部隊か?
目の前の男は驚いて固まっているようだ。無理もない。超能力者でなければ、蜂起軍の機体を見て恐れないはずがない。ならば……
「汚らわしい帝国の犬め!捕虜にできると思うな。貴様らとは死ぬまで戦う!」
リズは最も凶暴な口調で公共チャンネルに二言目を放ち、再び腕を持ち上げて立ち上がる素振りをした。
懐中電灯を持つ男性は振り返りもせず即座に逃走した。威嚇作戦大成功~
「ふ~、彼が仲間を呼ぶまで、少なくともまだ五分はあるはず。早く逃げよう」
リズは機体のコックピットを開けて飛び出し、外界の暴風雨がすぐに彼女を包んだ。
「いい天気ね。情報系の超能力者さえいなければ、まだ逃げ出せるチャンスはある」
天井の遮蔽もなく、リズは黒い空を見て、心に突然少しの寂しさが湧いた。
「戦う、戦う、戦う。私はずっと生きるために戦ってきた。生き残るのって、本当に難しい」
「逃亡中に敵軍に直接射殺されるならまだしも、捕虜にされるなんて……」
帝国貴族のあの残虐な行いを思うだけで、リズは吐き気を抑えられなかった。
「誰か……助けて……」リズは両手で自分の上腕を握りしめ、体を少し丸めた。
気温のせいなのか恐怖のせいなのか、彼女は自分の体が震えているのを感じた。
「駄目だ、しっかりしなきゃ……私はまだ生きられる!」
彼女は歯を食いしばり、腕を下ろして倉庫を出ようとした。
その時、暗い倉庫の中に唐突に一筋の光が灯った。
リズはすぐに警戒して光の粒に向き合った。
続いて二つ目の光の粒、三つ目の光の粒……無数の光の粒がおぼろげに人型を形作り、輝度が急に増した後、光の粒は消え、その後に隠れていた存在が現れた——
一人の人間。整った顔立ちにやや長めの黒髪が合わさって、漫画のような雰囲気がある。ただ……
「裸男!?」
「裸男!?」裸男は最初の一言を聞いて、同じように驚愕の言葉を発した。「どこに裸男がいるんだ?うわ、僕が裸男だ」
とにかく、この登場の仕方は間違いなく超能力者、そして超能力者——つまり敵!
目の前の超能力者が単独で機体を処理しに来たのなら、きっと後ろ盾があるに違いない。そして服を着ていないことは、この男の変態度を証明している。
この男は絶対に帝国貴族だ!
そう思い至り、リズは決然と携帯レーザー銃を取り出した——
自分の頭の上に向けた。
笑わせる。自決するしかない。こんな変態に弄ばれて死ぬ結末より、他に良い選択があるものか。
裸男はまだ状況が飲み込めていないようだった。リズが決然とした目で、奇妙な形のピストルのような物を取り出したのを見て、すぐに緊張して——
両手を挙げた。
「……」
色っぽいボディスーツを着て、レーザー銃を自分の頭の上に向ける女と、一糸まとわぬ姿で、困惑と緊張の浮かぶ裸の男が気まずく見つめ合った。
……いや、あんた、どうして予想通りに動かないの?
あんたは本来、その強大な能力で私のレーザー銃を撃ち落とし、それから私を捕虜にしてあの嫌なことをするはずでしょう?
この変態があまり強くなさそうだと見て取ると、リズは銃口を自分の頭の上から裸男の頭の上へ移した。
「えっと、君はリズ?」裸男は慎重に口を開いて尋ね、フランス式敬礼をより標準的にしようと努力した。
「私の名前を知っているの?」
「知ってる知ってる。あなたはエースパイロットで、全学年首席の成績で機甲操縦学校を卒業し、『青空の凶鳥』と呼ばれている。性格は、わざと演じている非人情で冷淡なところで、それはクールだと思っているから。さらに、あなたの趣味がパイロットスーツか競泳水着を着て鏡の前で自分の体を鑑賞することだってことも知ってる」
こんなことまで知っているの?帝国貴族はそんなに暇なの?情報系能力でこんなことまで計算するなんて。
リズはさらに気持ち悪そうな表情を浮かべた。
「おい、クズ、何か遺言はある?私は逃げるのに忙しいの。あんたみたいな変態に辱められる時間なんてない」
「おいおい、明らかに君が僕を呼んで助けてくれって言ったんだろ?」
「は?」
「君がすごく怯えた様子で『誰か助けて』って言ったんだ。それを聞いて、僕は『手伝いに行けるかな』と思ったら、なぜか分からないけど来たんだ」
「は?」
私、そんなこと言った?さっき言ったような……
「ありえない!この青空の凶鳥が、そんな弱音を吐くわけがない!」
「……」
目の前の裸男は少し呆れたようだった。
雨は次第に細くなり、暴風の唸りも徐々に静まった。遠くからエンジン音と、車輪が水たまりを踏みつけて水しぶきを上げる音がかすかに聞こえる。
「とにかく、助けるのか助けないのか。君は逃げるのに忙しいんだろ?早く行こうよ」
裸男は周囲を見回し、廃棄された機体に興味ありげに一瞥をくれてから、壁の裂け目へ歩いていった。
リズは冷静になり、この変態が本当に悪意を持っていないのを見ると、銃を下ろし、裂け目から一緒に倉庫の廃墟を出た。
「君は本当に帝国貴族じゃないの?」
「本当に違う。超能力者ですらない」
「超能力者じゃない?じゃあ、どうやって私を助けて逃がすの?転移能力は?」
前に歩いていた裸男が急に立ち止まり、自分の両手を見つめ、それから拳を握った。
リズは彼が能力を発動するのかと思い、体を緊張させ、来るべき転移に備えた。
しかし何も起こらなかった。
「あんたの能力は?」
「知らないよ?僕、超能力者じゃないし」
「じゃあ、なんで拳を握ったの?」
「ちょっと試してみただけ」
くそ、このクズ、変態なだけじゃなく、バカでもある。
だんだん近づいていたエンジン音が止まり、リズは車のドアが開く音を聞いた。
本物の捜索隊がもうこの倉庫区の外に来ている!
この「脳の発育が不完全で、小脳は完全に未発育」なボケを見て、リズは彼をここに置いていけば、捜索隊に一発で撃ち殺されると感じた。彼女は歯を食いしばり、内心の善意が彼女に彼の腕を掴ませ、音のする方とは逆方向へ彼を連れて素早く走らせた。
「あんた……能力がないって言ったのに、じゃあ最初はどうやって来たの?」
「知らないよ。あんたが助けてって言うから来たんだ。それに、僕にも何か登場シーンが必要だろ?」
走る音は黒夜の中でやけに耳につき、二人の会話はさらに位置を暴露した。慎重に進んで捜索していた捜索隊の方から新しい会話が聞こえてくる。
「報告!誰かいます!」
「急速に接近しろ、警戒を怠るな!」
捜索隊の足音がさらに急になり、リズの足も同じく速く走った。
「あんた、これも駄目、あれも駄目。何が助けに来たよ、あんたはただ私の逃げる足を引っ張るだけよ!」
「じゃあどうしろって言うんだ。こんなことになるなら、僕も来なかったよ」
「じゃあ、どこへ逃げるの?あんた帝国の地元民でしょ?周囲に詳しい?」
「……詳しくない。でもルートの参考ならある。あんたはもう機体もない。東へ逃げればルートは短いが、そこは戦線だ。確実に死ぬし、敵もそこを重点的に捜索する。逆に考えて西へ逃げろ。より深く帝国の奥地へ入るんだ」
西……裸男が初めて役に立ったのを聞き、リズはパイロットスーツに付属するサバイバルウォッチの方位磁針を見て、彼を掴んだまま方向を変えて全力で走った。
倉庫区はすぐに終わり、目の前に約三メートルの壁が現れた。
逃走方向を変えたため、捜索隊と二人の直線距離は再び縮まった。壁を見た時には、リズはすでに一番速い追手が背後にいるように感じていた!
「もう逃げ場はない。すぐに両手を頭の後ろに組め!」
「ちっ」
もともと裸男の腕を掴んでいた手が急に力を込め、彼を胸の中へ引き寄せ、両腕で腰を抱きしめてから馬歩を踏んだ。
腰をひねり、力を溜め——投げ!
リズは円盤投げの姿勢で、最初は恐怖の表情を浮かべ、その後なぜか微妙な幸福感を帯びた裸男を、壁の向こうへ一気に投げ飛ばした。
そしてしゃがみ、力を溜め——跳躍!
色っぽいボディスーツ姿が格好よく壁を飛び越えた。
「うわ!班長、奴ら直接跳び越えました!」
「呆けてないで早く登れ!」
背後から聞こえる驚愕の突っ込みを聞きながら、リズは得意げに前方を見た。
先ほど懐中電灯を持ち、奇妙な制服を着ていた男性が、地面に伏せている裸男を見下ろしていた。自分も壁を飛び越えた着地音を聞くと、彼はぎこちなく視線を地面からこちらへ移した。
彼はちょうど車のそばに寄りかかって煙草を吸っていたようで、手に挟んだ火のついた煙草の先が黒夜の中でやけに目立っている。
あ、今、地面に落ちた。
躊躇なく、リズは左ジャブを一発見舞った。
奇妙な制服の男の反応は速く、素早く腕を上げて防御した。しかし——
左ジャブの力は彼の腕に当たっても少しも減らず、巨大な力が慣性に従って彼の腕を払いのけた。奇妙な制服の男の恐怖の視線を迎え、続いて放たれた右ジャブが彼に安らかな眠りを与えた。
「どさっ」背後から着地音が聞こえる。
こんなに早く?帝国の二線保安部隊はみんな意志が弱く、訓練の少ない兵士のはずじゃないの?この三メートルの高い壁を飛び越える速度は、完全に精鋭部隊じゃない?
簡単な思考がリズの脳裏をよぎり、彼女は眠っている奇妙な制服の男を掴み、振り返って背後の追兵へ投げた。追兵は着地したばかりでまだ体勢を整えていなかったため、頭から飛んできた奇妙な制服の男に叩きつけられて地面に倒れた。
「早く!車に乗れ!」裸男はすでに、さっき奇妙な制服の男が寄りかかっていた車の運転席に座っており、ドアも開いていた。
リズは素早く助手席に乗り、車はアクセル全開で走り出した。
「ふ~、マジで死ぬかと思ったわ」リズはドアを閉め、高い壁から次々と飛び降りる追兵を振り返って見ながら、突っ込んだ。「こいつら普通じゃない。これが二線部隊なわけない、精鋭部隊よ」
「えっと、あれはたぶん帝国軍じゃない……」
「帝国軍じゃないってどういう意味?」
「たとえば、さっきあなたが寝かせたあの人は、警察だ」
「警察?じゃあ他の人も?」
「……いや、あれは武装警察だ」
「それも警察なの?」
「……いや、僕もよく分からない。たぶん夢ってこういう無茶苦茶なものなんだろう」
裸男はぎこちなくハンドルを操作し、車はひどく揺れた。
「運転できるの?」
「できる、かな。でも記憶にある限り、ハンドルを握るのはこれで二回目だ」
「じゃあ、どうやって発進させたの?」
「知らないよ。座って左足で踏んで、右足で踏んだら、車が動いたからそのまま走らせた。どうせ夢なんだから、流れを簡略化するのは普通だろ?」
「?」
リズはよく理解できなかったが、とにかく追兵から逃げられたのは喜ばしいことだった。
……
「これが、あんたの言う西へ逃げるってやつ?」
目の前に少なくとも五十メートル幅の、さっきの豪雨で荒れ狂う川を見て、リズの心は半分凍りついた。
「西に川が行く手を塞いでるなんて知らなかったんだよ?楽観的になれ。もしかしたら東には江が行く手を塞いでるかもしれないし」
裸男は車を止めて降りると、川辺の「水深危険、遊泳禁止」の看板からライフジャケット、浮き輪、そして付属のロープを一節取り外した。
「さあ、泳いで渡ろう?」彼はロープでライフジャケットと浮き輪を繋ぎ、それから浮き輪をリズに渡した。「僕の記憶だと、君は結構泳げるはずだよね。悪いけど、僕を連れて行ってくれ」
「泳げないの?」
「知らない。水に入るのはこれが初めてだ」
リズも百戦錬磨で見聞きしている。彼女は黙って浮き輪を身につけた。裸男がライフジャケットを着て、「やっと服を着られた」と感嘆するのを見てから、水に入り対岸へ泳ぎ出した。
水流は豪雨の後でかなり増水し、リズは水中で泳ぐ方向をほとんど制御できなかった。
もともとの小雨は再び次第に豪雨へと変わり始め、一筋の雷が空を裂き、リズの方向感覚を打ち破った。
三十メートル……四十メートル……
五十メートル……六十メートル……
川の中央にもまだ泳ぎ着いていない……
八十メートル……九十メートル……
方向感覚を失った曖昧な方向と水流のずれで、実際の遊泳距離は大幅に増えた。
百メートル……百十メートル……
逆流を泳ぎながらさらに一人を連れているため、リズの豪雨の中での体力消耗は予想をはるかに超えていた。
百二十メートル……百三十メートル……
リズはすでに力尽きていた。彼女は体力の大半を方向維持に使い、激しい水流に時折完全に水中へ巻き込まれたが、浮き輪のおかげで沈まずに済んでいた。
顔が水中に引き込まれるたび、目の前にあるのは完全で、絶対的な黒——
雨上がりの水中とは、これほどまでに暗いものだったのか。
リズは自分がどれだけ泳いだのか、対岸までどれだけあるのか分からなかった。息継ぎのために顔を上げるたびに見えるのは、豪雨が水面を打つ白い水しぶきと、遠くのぼやけた灯りだけだった。
「私は絶対に生き延びる!私は絶対に生き延びる!」
生存への執念が彼女に浮き輪を強く握りしめさせた。その時、背後にあってずっと後ろへの引っ張りを伝えていたロープが、ゆっくりと前方へ移り、次第にかすかな、彼女を安心させる牽引力を伝えてきた。
百四十メートル……百五十メートル……
「なるほど、リレー水泳だったのか……」
リズの意識は暗闇へ沈んだ。
……
「パシッ!」
響く平手打ちの音でリズはぼんやりと目を覚ました。頬にひりひりする感覚が走る。
「死ぬなよ、おえっ——」
裸の男が自分の上にまたがり、言い終わらないうちに、川の水が男の口から吐き出された。
裸男のせいなのか、顔に水を浴びせられたせいなのか分からないが、リズは一瞬で目が覚めた。
彼女は身を翻して裸男を振り払った。
「くそ、僕がいなかったら、お前は溺れてたんだぞ」裸男は抗議し、両手を地面について、さらに水を吐き続けた。
「あなたを連れて行かなければ、私一人で泳いで渡れた!」リズは言い返した。
しばらくして、体勢を整えた二人は川岸に座り、逆巻く川を見つめた。
豪雨はまだ降り続き、リズは裸男の表情をあまり見分けられなかった。
「あなたの名前は?」
「人に聞いた話だと、僕の名前は季雨らしい」
「みんなの名前は、人に聞いた話で知るものなのね……」
「僕が助けたってことになるのか?」
「なる」
「もう一回言って」
「だから、あなたが私を助けた」
「はは」
豪雨はまだ降り続いていたが、リズは裸男の表情をはっきりと見た。それは晴れやかな笑顔だった。
見慣れた光の粒が再び輝き、急速に裸男の体を包んだ。
リズは素早く手を伸ばして掴もうとした。
「おい!あなた、行かないで——」
来た時と同じ突然さで、一陣の光の後、裸男は姿を消した。リズは彼のライフジャケットだけを掴んでいた。
「なによ……超能力があるんじゃない……」
彼女は立ち上がり、手の中のライフジャケットを見て、心にぽっかりと穴が空いたような気がした。
雨水が彼女の目尻を伝った。
「落ち込んではいられない。今もまだ帝国領内にいる。なんとかして進まなければ」
リズは振り返った。川岸のそばには広い住宅地があるようで、漆黒の深い路地は隠れるのに便利そうだった。
深い路地?
雨に煙る街灯が、目の前の暗い路地をうっすらと照らし出していた。そこにはずっと人影が一つあり、しかも自分を見ているようだった。
リズは躊躇なくレーザー銃を掴み、手を上げてその人影へレーザーを一発放った。しかし化学エネルギー弾より殺傷力の高いレーザーは何の損傷も与えず、深い路地の暗闇に飲み込まれた。
「外した?」
リズが連射しようとしたその時、人影は街灯へ近づき、より多くの光を自分に当てた。
それは頭に紙袋を被り、スーツケースを引く怪人だった。紙袋には滑稽な商標が印刷されている。リズは見たことがなかったが、食品の紙袋のように見えた。
「おっと、驚いてシャーって威嚇してるね」
紙袋の下から、男女の区別がつきにくい奇妙な声が聞こえた。
「実に感動的な筋書きだ。もともと互いに嫌っていた男女が一度の危機の後で吊り橋効果を生み、やっと恋の火花が散ったばかりなのに離れ離れになる~チッチッ」
「子猫ちゃん、もしもう一度あの男に会いたいなら、このスーツケースを受け取りな」
彼はスーツケースの取っ手をポンと叩いた。
「スーツケースの中には、この世界で生き延びるために必要な物資、そしてこの世界のチュートリアルが入っている。チュートリアルに従って物語を進め、上海理工大学に入学すればあの男に会える」
怪人はスーツケースの取っ手から手を離し、ゆっくりと後退し、再び暗闇へ消えていった。
「待ちなさい! あなた何者!」リズは怪人を呼び止めようとしたが、慎重さから、深い路地へ無闇に追いかけなかった。
スーツケースは街灯の下にぽつんと残された。彼が唯一残したものだった。
黒夜の中で見えない雨雲は、依然として空に渦巻いている。まるで、すべての人を巻き込みながらも、ほとんどの人が気づいていない運命の渦のように。
上海の異常な側面が徐々に広がりを見せていますね。今章は前章から大きく飛んでいますが、実際には同じ日に起きた出来事で、異なる視点の人物が同じ出来事を経験しただけです。次章では季雨の視点をお届けします。何か言いたいことがあれば、遠慮なくコメントしてください。最後に、皆さんの応援に感謝します。私のX(@YuuCosmos)では、小説を書いているときの考えなどを時々更新しています。ぜひフォローしてください。




