017:…と反浸透
「Yahoo~、やっと撤収できるね」
夕方の連絡会が終わると、璃見真理は歓声を上げて気持ちよさそうに伸びをした。
復興島の管制措置は明後日には解除される予定で、それまで現場に残るのは主に工事関係者と管理担当者だ。沈彰や陳剛のような行動班のメンバーは、今夜にも現場を離れることができる。
「明日は土曜日なんだから、一日くらい休みをもらいたいな……」沈彰は力なくぼやいた。
「期待しないほうがいいよ。今は捜索範囲を広げるために人手が足りないんだから……でも、今夜中に結果が出れば、もう捜索する必要もなくなるかもしれないね。何しろ、本命はもう目の前にいるんだから」
璃見真理は水を差したかと思えば、すぐに意味不明なことを言い足した。
「どういう意味だ?」沈彰は首をかしげた。
少女はぺろりと舌を出した。「ただの推測だよ。証拠もないし、今ここで口にしたら無責任だから、秘密~」
「えー! 真理ちゃん、ずるいよ。私も知りたい!」颯音も璃見真理の謎めいた言い方に好奇心をそそられ、頬を膨らませて不満を漏らした。
だが、オレンジ髪の少女は跳ねるように歩き続け、すぐに別の話題へと切り替えた。
「そうだ、刑事のおじさん。業務用WeChatで林璐博士と緋羽さんを呼んでよ。せっかく新しく加わった派生キャラなんだから、親睦会を開いてお祝いしないとね。それに、緋羽さんは見た目が普通の人間とまったく変わらないし、誰かが監督役としてついていれば、外で食事をするくらい問題ないよね?」
「本当に大丈夫なのか? 何か問題が起きたらどうする?」
「大丈夫、大丈夫。緋羽さんの元いた世界は現代社会なんだから、きっとこっちにも適応できるよ。それに、私たちだって彼女がこっちの生活に慣れて、社会に溶け込めるよう手助けしているんだし……そうでしょ?」
「場所はいつものところでいいのか?」
「もちろん、私のおごりだよ。ついでにシールズのおじさんと、刑事のおじさんのか・わ・い・い後輩ちゃんも呼んでね。人数が多いほうが賑やかでしょ~」璃見真理は軽やかに先を歩きながら、振り返って沈彰に言った。
沈彰は少しためらった後、スマートフォンを取り出して操作し始めた。ほどなく届いたメッセージに目を落とし、彼は言った。
「林璐は検査結果を待たなきゃならないから、来たくないそうだ」
「だーめ。周副組長の指示だって伝えてよ。林璐も緋羽さんも、二人とも必ず来るようにって」
「おい、上からの命令をでっち上げるなんて——」
前を行く少女の影が止まった。
璃見真理は街灯の下に立っていた。
九月の夕暮れはあっという間に訪れる。街灯の光が頭上から降り注ぎ、少女の影を沈彰の足元に縫い止めていた。彼女はもう跳ねるように歩いてはいなかった。ただ街灯の下に立ち、首を傾げてにこにこと彼を見つめている——まるで、すでに答えを知っている問いへの返事を待っているかのように。
「……おいおい」
沈彰は警察学院を卒業して以来、数え切れないほどの人間を見てきた。血まみれの手をしていながら目は虚ろな凶悪殺人犯、深謀遠慮を巡らせながらも表舞台には出てこない陰謀家、口先では立派なことを並べながら私利私欲に走る腐敗官僚、義理人情を語りながら平然と人命を踏みにじるマフィアの幹部。
だが、どんな類いの人間であっても、取調室で最も強固な心理的防御線を張る犯罪者でさえ、今この瞬間のような寒気を彼に感じさせたことはなかった。それは初秋の夜風の中で、言葉にできない不気味な何かが静かに背筋を這い上がってくるような感覚だった。目の前のオレンジ髪の少女は、あんなにも軽やかな笑みを浮かべている。そのオレンジ色の瞳には、少女らしいいたずらっぽささえきらめいているのに、沈彰には彼女が果てしなく続く時間軸の上に立っているように思えてならなかった。彼がこれまで大きな波乱だと思ってきた出来事も、彼女の目にはその時間軸に刻まれた取るに足らない皺にすぎないのだろう。
彼女が嘘をつく理由はない。
ならば、なぜ最初から直接そう言わなかった?
会話の流れを操り、わざと誤解を生み、冗談めかして他人の反応を探り、何気ないやり取りを心理ゲームへと変えてしまう。
いつものように布石を打つ……いや、このオレンジ髪の女は、物語の展開そのものを誘導しようとしている。
陰謀家ではない。陰謀家は盤上で駒を動かす者だが、彼女は盤そのものを描く側の人間だ。
沈彰の語彙では、こういうタイプの人間は一般に……「作者」と呼ばれる。
「……分かった」周廿の指示なら断る理由はない。「メッセージは送った。林璐が何時に来ればいいか聞いている」
「そうこなくっちゃ」璃見真理は再び陽気な口調に戻った。まるで先ほどの一瞬の圧迫感など、沈彰の脳が生み出した酸欠による幻覚にすぎなかったかのように。「じゃあ決まりね。Paradoxで今夜八時」
夜が更け、上海のネオンが遠くで瞬き、街全体を幻のような繁華で包み込んでいった。
……
五角場の賑わいの隙間に夜の帳が降り、空気には焼き肉の脂の香ばしさと金木犀の香りが混ざり合って漂っていた。上海の盛夏特有の、まとわりつくようでどこか曖昧な湿度を帯びている。人々の話し声も、遠くで軽軌道が駅に滑り込む低い走行音も、ひとまとめに背景ノイズへと沈んでいった。
沈彰は人混みに紛れ、外で買い込んだ大量の食材を手に提げていた。
Paradoxはあくまでバーなので、親睦会で飲む酒は十分に揃っているものの、食材は外で買ってくる必要があった。
璃見真理はおごると言ったくせに、食材の買い出しは沈彰に任されていた……沈彰も、女子大生に食材費を請求するほど厚かましくはなかった。
Paradoxの銅製の看板は相変わらず目立たない。彼がバーの扉を押し開けると、さまざまなカクテルの香りが外の焼き肉の匂いをたちまちかき消した。
……もっとも、店内にもこれから焼き肉の匂いが立ち込めることになるのだが。
「ギシッ」
木製の階段がきしむ音を立て、ビーチサンダルを履いた璃見真理と颯音が二階から下りてきた。璃見真理はバーベキューグリルを抱え、颯音は大量の食器を運んでいた。
店内には、林璐と緋羽がすでに来ていた。
綾小路緋羽は巫女服を脱ぎ、今は長袖のテーラードシャツを着ていた。まるでオフィスで働く女性のように見える。一方の林璐は、相変わらず理性を象徴する白衣をまとい、細長い指でウイスキーグラスの琥珀色の液体を何気なく揺らしていた。
「沈彰さん、水割りウイスキーはいかがですか?」カウンターの奥にいるロボットが声をかけた。
「ああ、一杯もらおう」沈彰は食材をカウンターに置き、バーベキューグリルを組み立てるために忙しく動き回る璃見真理を眺めた。
璃見真理がバーを開く前、ここは韓国焼肉の店だった。特事組が発足したばかりの頃、組織内の感応人員と一般職員は互いに面識がなく、警戒し合うことさえあった。寄せ集めのような状態の新設組織を前に、彼女はいつも「うちで親睦会をして焼肉を食べよう」という口実で何度も集まりを開き、組織内の人間関係を円滑にしていった。
その社交能力は、大半の社会人よりも優れていると言っていい。
「カチャッ」バーの扉が再び開き、男女が一人ずつ入ってきた。
男性は精悍な短髪で、襟のないエージェントスーツががっしりとした体格を完全に押し広げている。見るからに手強そうだ——言うまでもなく陳剛だった。
女性はセンター分けのミディアムヘアで、フード付きパーカーをアレンジしたスーツジャケットを着ており、どこか都会的でボーイッシュな雰囲気を漂わせていた——沈彰と同じ学校の後輩、許初だ。かつて沈彰はある作戦で功績を挙げて表彰され、母校に招かれて何度か講演を行ったことがある。許初と知り合ったのはその時だった。その後、許初は彼と同じ警察署に配属され、二人は同僚になった。さらにその後、沈彰が復興島の機甲墜落事件に深く関わったことを理由に特事組へ異動になると、許初もなぜか後を追ってきた。特事組の職員であることは機密扱いのはずなのに……おそらく、彼女の父親が警察局長だからだろう。
「おお、みんな揃ったね」璃見真理は手を叩き、その場にいる全員の注目を集めた。「ここに初めて来たのは緋羽ちゃんだけだから、一人ずつ紹介するね」
オレンジ髪の少女は綾小路緋羽のそばへ行き、ボックス席から彼女を立ち上がらせた。
「ここの大半の人は昼間に緋羽ちゃんと顔を合わせているけど、まだ詳しくは知らないよね」璃見真理は大真面目な顔で紹介を始めた。「こちらは綾小路緋羽さん。私の運命の顧客だよ。今日の午前中、復興島に二体の怪物が現れたんだけど、彼女が神鬼も測りがたい符術を駆使して、あっという間に怪物を斬り伏せたんだ。それ以来、私たちの運命は固く結ばれているんだよ」
その場にいた全員が顔を覆った。璃見真理が他人を紹介するときのいつもの決まり文句には、もはや誰も突っ込む気力がなかった。
「He…Hello、綾小路緋羽です」赤いメッシュの少女は、おずおずと挨拶した。
「新たな派生キャラです。昼間、復興島に具現化した際、何らかの術法を使って、あそこに現れた二体の怪物を倒しました」沈彰は見かねて、その場にいなかった唯一の人物である許初に補足した。
「璃見、普通に紹介しなさい」林璐が一言付け加えた。
「あはは、じゃあいつもの決まり文句はやめておこうかな」オレンジ髪の少女は頭をかいた。「それじゃあ、緋羽ちゃんにこれから同僚になるみんなを一人ずつ紹介するね」
「まずは私、璃見真理。このParadoxの主人で、上海理工大学の一年生。特事組所属の感応人員だよ」
「えっと……感応人員って何ですか? それと、あなたも日本人なんですか?」緋羽が手を挙げて尋ねた。
「うーん、感応人員というのは、超自然的な力に関係する人のことだよ。緋羽ちゃんの陰陽術も超自然的な力に含まれるんだ。国籍については、血筋から言えば確かに日本人だけど、日本にいるより上海で暮らしている時間のほうがずっと長いよ」
「それでは、派生キャラというのは何ですか?」
「緋羽ちゃんみたいに、まったく別の世界からやってきた人のことだよ。派生キャラであることは感応人員であるための十分条件だけど、必要条件ではないんだ!」
電波系少女の抽象的な説明に圧倒されたのか、赤いメッシュの少女は呆然とうなずき、璃見真理に続きを促した。
「こちらは颯音。彼女は魔法少女なんだよ~。特事組所属の派生キャラで、上海理工大学の学生でもある、私のルームメイトだよ」
「颯音です!」栗色の髪の少女は緋羽に敬礼した。
「こちらは林璐博士。理学と医学の両方で博士号を持っていて、現在は楊浦区の特事組で科学研究責任者を務めているよ」
「科学研究責任者ではありますが、実際にはこういう問題児たちの面倒を見ている時間のほうが長いですね」白衣姿のてきぱきした女性は、友好的にうなずいた。
「こちらは陳剛。ネイビーシールズの精鋭で、戦闘班の隊長だよ」
「海軍陸戦隊だ。中国にネイビーシールズなんてないぞ……」がっしりした男性エージェントは、困ったように訂正した。
「こちらは沈彰。元刑事で、特事組の外勤行動担当。アニメ試験の成績もかなりいいんだよ。何度も彼のパソコンをこっそり覗いたけど、オタクだという証拠は見つからなかったんだ。反偵察能力が本当にすごいよね。ねえ、その二次元知識って、まさか本当に勉強して身につけたんじゃないよね?」
「まず、俺の警察番号はまだ生きている。元刑事じゃない。それから、お前は俺のプライバシーを盗み見したことの言い訳を探しているだけだろ」ベテラン刑事はロボットからグラスを受け取り、ついでに突っ込んだ。
「こちらは許初。元……いや、兼職刑事で、刑事のおじさんのかわいい後輩だよ」
「兼職刑事って何だよ。二か所から給料をもらってたら兼職なのか? それに、私につける形容詞は『かっこいい』のほうがいいんだけど」ロンドンのストリート系クールガールも負けじと突っ込んだ。
「こちらは月曜日。Paradoxのバーテンダーだよ。ただ、カクテルを作るプログラムが入っていないから、水割りウイスキーしか作れないんだけどね」
「こんにちは、綾小路緋羽さん。私の作る水割りウイスキーには自信があります」ロボットが自信満々に勧めた。
「紹介を聞いて、私たちのことをどう思った?」璃見真理は緋羽に尋ねた。
「まるで20世紀のアメリカ西海岸にいるFBIみたい……」
綾小路緋羽は、個性的すぎる面々の複雑な肩書きや立場をすっかり把握しきれなくなっていた。組織に所属する人間が、ここまで個性豊かだとは珍しい。
「あはは、そんなふうに言われたのは初めてだね」璃見真理はカウンターから未開封の酒瓶を一本手に取った。そのオレンジ色の瞳に、沈彰には読み取れない光が一瞬よぎった。「緋羽さんも来たことだし、今夜は思う存分……」
彼女はわざと語尾を引き延ばし、その場にいる一人ひとりの顔を見渡してから、最後に意味ありげな視線を緋羽の少し戸惑った瞳へと向けた。
「……私たちの世界の温度に、ゆっくり慣れていってね」
「親睦会、開始! おーっ!」
颯音の歓声とともに、璃見真理はバーベキューコンロに火をつけた。
沈彰が買ってきた食材は炭火の熱で脂をにじませ、じゅうじゅうと音を立てている。おいしそうな料理ができあがりつつある証拠だった。
オレンジ髪のバーのオーナーは自ら腕を振るい、全員にそれぞれ飲み物を作っていった。
林璐はアルコールを摂取すると思考が鈍るという理由でカクテルを断り、璃見真理は彼女にノンアルコールの飲み物を作った。緋羽も元の世界ではまだ高校生だったため、同じく酒を断った。
「ふふん、ノンアルコールの飲み物だって得意なんだから」
さまざまな材料をシェーカーに注ぎ、何度も振って混ぜ合わせた後、璃見真理は深い宝青色の液体をマティーニグラスに注ぎ、仕上げにミントの葉を一枚飾った。
「とても爽やかな見た目ですね」緋羽が褒めた。
「見た目だけじゃないよ。ベースには蝶豆花のお茶を使っているんだけど、どんな特徴があるか知ってる?」
「どんな特徴ですか?」
「蝶豆花のお茶は、深みのある鮮やかな青色になるんだよ。でも、酸性の物質に触れると色が変わるの。青色から紫色、さらにはピンク色にまで変わるんだよ」璃見真理はレモンのスライスを一枚取り出し、グラスの中に入れた。
青い液体は、グラスの中で徐々に紫紅色へと変化していった……
璃見真理は液体の色が変わっていく様子を見つめながら言った。「これが何を意味するか分かる? 物事の本質は、試してみて初めて明らかになるということだよ」
ほかの面々はバーベキューコンロの肉を奪い合うのに夢中で、赤いメッシュの少女の身体がますます強張っていくことには誰も気づかなかった。
璃見真理はカウンターの後ろから出てくると、紫紅色の飲み物を手に、身体を硬直させた少女へとゆっくり近づいていった。すぐそばまで近づいても、ぼんやりしているように見える少女にグラスを差し出そうとはしなかった。
やがて、璃見真理は少女の身体にぴったりと寄り添い、その耳元へ唇を近づけた。
「このカクテルの名前は——」
「ヒドラ万歳」




