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016:浸透…

 最初こそ手間取ったものの、少年はすぐに少女の身体を使いこなすコツをつかんだ。


 ……もちろん、真面目な意味での話だ。


 季雨が意外に思ったのは、わずかな適応時間を経ただけで、二つの身体を同時に驚くほどスムーズに操作できたことだった。「処理能力の不足」や「両手の干渉」といった問題も起きていない。


 まるで自転車の乗り方を覚えた途端、すぐに乗りこなせるようになるかのようだ。これは生物が進化の過程で身につけた本能なのか、それとも超自然的な能力によってもたらされた異常なのだろうか?


 少女は視界を少し遮る赤いメッシュの入った前髪を払い、本体のほうをちらりと見た。


 死んだ魚のような目をした、端正な顔立ちの少年……


 綾小路緋羽の視点から自分自身を眺めながら、季雨は不思議に思った。自分はいったい、どうやってこの少女の身体を遠隔操作しているのだろう?


 電磁波なのだろうか? だとすれば、もし緋羽が密閉された鉄の箱の中や遠く離れた場所に閉じ込められたら、電源が切れたように操作できなくなるのだろうか?


 ……魔法ということにしておこう。


 季雨は、緋羽が政府と接触するための計画を手短に練った。


 まず、こちらから積極的に接触してはならない。意図的な行動は、疑り深い相手に警戒されかねないからだ。偶然接触したように見せかけるには、何かきっかけを用意する必要がある。


 まず彼は、家にあった冷凍牛肉とトマトジュースを使い、「犬」に見えるものを作り出した。


 目の前にある粘土細工めいた「怪物」を見て、季雨は少しばかり後ろめたさを感じた。内臓はなく、本質的にはただの筋肉の塊だ。材料には超自然的な性質がまったくないため、赤犬にできるのは走ったり跳ねたりすることくらいで、ほかには何の機能もない。しかも、二時間後には自然に崩れて消えてしまう。


 完全に見かけ倒しの代物だ。どうやら自分の怪物を作り出す能力は、レイラには遠く及ばないらしい。だが、使い道さえあればそれでいい。どうせこいつの出番は三十分もないのだから。


 続いて季雨は、餃子の餡を使って「ゴブリン」に見えるものを作り出した。


 ……うわ、気持ち悪すぎる。野菜ジュースを足して、欠点を隠そう。


 政府の前でより多くの陰陽術を披露できるよう、彼はさらに台所で風船に天然ガスを詰め、ライターと一緒にゴブリンの体内へ押し込んだ。


 OK。あとは漫画の設定にならって、三枚の符と巫女服を作れば、準備はほぼ完了だ。


 もちろん、この計画が成り立つためには、色欲の印で作った品々を空城に持ち込めることが前提となる。


「交換」


 色欲の印を使い、それらの品を携えた綾小路緋羽と意識体の位置を入れ替えた後、季雨は再び空城へと入った。


 目の前の少女は、かつて自分が空城へ転送されたときのように裸にはなっていなかった。どうやら、色欲の印で作った品々は空城に持ち込めるらしい。


 魂の外套が空城に入れるのは、それが「霊装」だからだ。そして、色欲の印で作った物が空城に入れるのは、それらが本質的に「超自然の産物」だからなのかもしれない。普通の物質は不可で、超自然の物質なら可……。もしかすると、空城への転送が可能かどうかを分ける基準は、「唯物」と「唯心」の違いにあるのだろうか?


「嫉妬の印の使用回数は残り5回……」季雨は空城への出入りに必要な回数を計算し、自分が中に閉じ込められないよう気を配った。


 よし、計画開始だ。


 ◆◇◆

 戦闘が終わると、剣気符と起爆符を使い、空から降ってきたあの少女は、あっという間に周囲を取り囲まれた。


「ちょっとちょっと、銃をこっちに向けないでよ。万が一暴発したらどうするの?」巫女服の少女が不満げに言った。


 陳剛と沈彰は一度視線を交わし、それから銃口を下ろして「警戒解除」の合図を送った。臨時指揮官の指示を見て、ほかの隊員たちも次々と緊張を解いた。


「あの、私は緋羽神社の巫女で、宮司代理を務めています。ここはどこですか? 高瀬警視正をご存じですか? 彼は警視庁公安部公安総務課長で、私の身元を証明してくれます」


 ああ、間違いなく派生キャラだ。


 少女の言動はまるで別の国から来たかのようだったが、陳剛はもう驚かなかった。彼は肘で沈彰をつつき、交渉を担当するよう促した。


「なんで俺なんだよ?」沈彰は小声で不満を漏らした。

「お前、アニメのテストで高得点を取っただろ」陳剛は真顔で答えた。


「チッ」頬を赤らめた刑事は一歩前に出て、人々の輪から抜け出した。「ここは中国の上海です。君は何か理解できない状況に遭遇したのかもしれませんが、慌てないでください。調査に協力し、現地の法律を守ってくれれば、こちらで責任を持って適切に保護します」

「上海……上海!?」少女は目を見開いた。「じゃあ、どうして私には言葉が通じるの……いや、どうして私はずっと中国語を話しているの? いったいどういうこと? 神隠し? 幻覚?」


 次第に取り乱していく少女を見て、沈彰は少し頭が痛くなった。


「落ち着いてください。我々は、あなたが今の状況を理解できるよう手助けしますし、可能であれば家に帰れるようにも協力します。ですが、調査に協力してもらえなければ、何も分からないままになってしまいます」沈彰は額に手を当てた。「まず、お名前を伺ってもいいですか?」


 心細さからか、少女は少しためらい、警戒するような口調で答えた。「……綾小路緋羽」


 綾小路緋羽? どの作品のキャラクターだ? 沈彰はその名前にあまり聞き覚えがなかった。振り返り、まだ人々の輪の中にいる璃見真理にちらりと目を向けた。


 璃見真理は首を横に振った。


「……そうですか。では、綾小路さんとお呼びします。私についてきてください。上の者のところへご案内します」


 その声からは、もはや「面倒なことに巻き込まれた」という諦めの色は消え、代わりにわずかな慎重さが感じられた。


 警戒解除を告げる放送が流れると、人々は散り散りになり、それぞれの持ち場へ戻っていった。陳剛はトランシーバーで報告を行い、沈彰は巫女服の少女を連れて指揮センターへ向かった。


 璃見真理は辺りを見回し、颯音の手を引いて、沈彰たち二人の後を追った。


「Hello、巫女服さん」

「私は綾小路緋羽です……」


 巫女服の少女は、璃見真理のあまりに人懐っこい態度に戸惑ったのか、わずかに距離を取った。


「おお、じゃあ巫女服さんのことは緋羽って呼ぶね~」璃見真理はぐいっと距離を詰めた。「さっきの戦闘、見てたよ~。本当に格好よかった! 同じ女の子として、緋羽に憧れちゃうな」


「えーっ、私だって格好いいでしょ? どうして真理ちゃんは、私に『憧れる』なんて言ってくれたことがないの?」颯音が割り込んで、不満を口にした。


「うん~、緋羽っていい匂いがするね」璃見真理はさらに距離を詰めた。巫女服の少女が逃げられないほど近づいたかと思うと、いきなり少女の胸へ魔の手を伸ばした!


「ひゃっ!」胸をつかまれた緋羽は、体をびくりと震わせて小さく声を漏らし、オレンジ髪の悪魔のような少女の手を慌てて振り払った。


「すごくいい手触りだね。サイズは……だいたいCカップかな。それに、作り物じゃないってことも確認できたよ」璃見真理はにやにやしながら感想を述べた。


「あ、あ、あんた!」綾小路緋羽は顔を真っ赤にした。「恥知らず! 下品! な、なんで私の胸を揉むのよ!」


 璃見真理はきょとんとした顔で答えた。「え? 女の子同士で胸を揉むのって普通でしょ?」


「は?」

「普通だよ。颯音もそう思うでしょ?」

「普通です!」

「ふ、普通なの? まさか女の子同士で互いの胸を揉み合うのが、男同士で互いの股間を触り合うのと同じくらい普通なの? でも、それって小学生くらいしかしないことじゃないの?」


 沈彰は、三人の少女が繰り広げる無茶苦茶な騒ぎを冷ややかに眺めていた。璃見真理の行動原理はまるで読めないが、刑事としての勘が告げている。おそらく、これは何らかの探りを入れているのだ。


 璃見は先ほど首を横に振った……彼女は綾小路緋羽というキャラクターの出典を知らないのだろうか? それとも、「綾小路緋羽」という存在そのものが違うのだろうか?


 赤と白の巫女装束をまとった綾小路緋羽は、管制区域内でひどく目立っていた。通りかかる職員たちも、次々とちらちら彼女に視線を向けている。


 緑色のテントがすぐに目に入り、沈彰は警備員に作業証を差し出した。


「陳剛から事前に報告が入っているはずです。新たな派生キャラと思われる人物を連れてきました。確認と面談のためです」警備員にそう告げてから、彼は緋羽に振り返った。「ここで少し待っていてください。先に中で報告してきます」


「待って。私から報告するよ」璃見真理が沈彰を遮った。「私も一部始終を見ていたからね」


「……分かった」老練な刑事は断らなかった。


 報告は五分もかからなかった。いつもの人懐っこい笑みを浮かべたオレンジ髪の軽薄な少女がテントの幕をめくり、声をかけてきた。「OK、入っていいよ」


 テントの中は簡素な造りで、書類棚とホワイトボードのほか、中央には長方形の会議テーブルが置かれていた。上座には、いかにも有能そうな中年男性が座っている。その脇には白衣を着た短髪の女性がおり、さらに若い男性が中年男性の後ろに立っていた。記録係のようだ。


「綾小路緋羽さん」中年男性はうなずき、会議テーブルの端の席を指した。「座ってください」


 緋羽は素直に席についた。


「綾小路さん、私は周廿です。現在、ここの実務上の責任者を務めています。あなたは今の状況にひどく戸惑っていることでしょう。まずは我々の誠意を示す意味で、現状について説明させてください」


 周廿の口調は穏やかでありながら、人に信頼感を抱かせる威厳を備えていた。彼はテーブルの上のファイルから一枚の書類を取り出し、緋羽の前に差し出した。


 中国語と日本語の二か国語で印刷された『仮居留告知書』だった。


「『特殊事件上海駐在合同工作組による特殊由来者管理暫定規則』第一条第三項に基づき、あなたの身分は現在、『非通常入境者』として暫定的に認定されています。身元確認とリスク評価が完了するまで、あなたには我々の保護的管理下に入っていただきます。これは逮捕ではなく、あなたとほかの住民の安全を守るための措置です」


 緋羽はためらいながら、法律の条文で埋め尽くされた書類に目を落とした。


「あの……私が知りたいのは、どうして自分が上海にいるのかということです。私は東京の神社で掃除をしていたら、とても明るい光が見えて……それから、ここに落ちてきました」


 緋羽の説明を聞き終えると、周廿はうなずき、話の内容を理解したことを示した。その様子には動揺もなく、まるで最初から予想していたかのようだった。


「光、ですか。なるほど、重要な情報です」彼は隣に座る白衣の女性に向き直った。「林博士、まずは基本的な説明をお願いします」


 脇に座っていた白衣姿の短髪の女性は眼鏡を押し上げ、冷静で専門的な口調で尋ねた。「綾小路さん、あなたの世界には、並行世界や転移、神隠しといった概念がありますか? そうした言葉を聞いたことはありますか?」


「え?」緋羽は一瞬きょとんとした。「もちろんあります。長距離転移の術式も知っています。でも、東京から上海ほどの距離を瞬間移動するには、とても複雑な結界の儀式が必要です。それなのに、私が転移したときには何の前触れもありませんでした。あなたが言っているのが、ライトノベルに出てくるような『転移』なら……信じられません」


「しかし、現実に起きていることです」白衣の女性の表情は真剣そのもので、冗談めいたところは微塵もなかった。「荒唐無稽に聞こえるかもしれませんが、あなたは並行世界の上海に転移したのだと理解してください。これはあなたのせいでも、何者かによる攻撃や呪いでもありません。我々にも、まだ説明できない現象なのです」


「並行世界!? ここは私のいた世界じゃないの?」緋羽は驚愕し、机を叩いて立ち上がった。


「落ち着いてください、綾小路さん」周廿はなだめるように言った。「そうです。ここはあなたの元いた世界ではありません。我々は、あなたが『高瀬警視正』という人物に言及したことに注目しました。こちらで簡単に調べたところ、現在の日本の警視庁公安部公安総務課長に、『高瀬』という姓の人物はいませんでした。

 これまでの経験から判断すると、現在、上海では我々が暫定的に『虚境』と名づけた異常現象が起きています。簡単に言えば、何らかの未知の力が、ほかの世界の人物や物品を我々の世界に具現化させているのです。

 そして、あなた――綾小路緋羽さんも、おそらくこの現象によって、元の世界から……あるいは元いた『状態』から、この上海へやって来たのでしょう。

 あなたは、このような状況に遭遇した最初の人間ではありません。この一か月の間に、我々はすでに数名の同じような来訪者と接触し、保護してきました。そのうちの何人かは我々の調査に協力することを選び、今は問題なく生活しています。あなたが調査に協力してくれるのであれば、後日、彼らと会う機会を設けることもできます。一方で、我々に抵抗することを選んだ者もいましたが、その結果は芳しくありませんでした」


 少女はうつむいてテーブルを見つめたまま、なかなか顔を上げなかった。あまりの情報量に考えを整理しているのか、それとも受け入れがたい恐怖に身動きが取れなくなっているのか。


「綾小路さん、ほかに何か質問はありますか?」

「……多すぎて、どこから聞けばいいのか分かりません」


「上海の状況を受け入れるには、少し時間が必要でしょう」周廿の声は依然として穏やかだった。「我々はあなたに基本的な情報をお伝えしました。そのうえで、こちらからもいくつか質問をさせてもらって構いませんか?」

 緋羽は少しためらってから答えた。「構いません」


「あなたが元いた場所の住所は?」

「……東京都文京区の緋羽神社です。小さな神社ですが、ネットの地図で検索すれば出てくると思います……この世界にもあれば、ですが」

「あなたの世界について教えていただけますか?」

「え? 普通の……現代社会の日本、という感じです」

「一般には知られていない超能力は存在しますか?」

「超能力? スーパーヒーローのことなら、いません。でも、術法のことなら、陰陽術と魔法が存在します。『人知れず』という点については、私は陰陽術をわざわざ隠したことはありません。神社に除霊を依頼しに来る人たちは、皆、陰陽術の存在を知っているようでした。でも、確かにネット上で陰陽術が宣伝されているのを見たことはありません」

「あなたがあの二体の怪物を倒した際、二枚の符を使ったことは確認しています。あれは陰陽術ですか? 今ここで再現できますか?」

「はい。それぞれ剣気符と起爆符です。でも、今は再現できません。符は使い切ってしまいましたから」

「では、今のあなたには、ほかに普通の人間にはない能力がありますか?」

「……追跡符が一枚あります。効果は……GPSに似ています」


 綾小路緋羽は巫女服の袖口から一枚の符を取り出し、その場にいる者たちに見せた。


「なるほど。あなたがここへ来たのは何月何日ですか?」

「10月25日です」

「ご両親について教えていただけますか?」

「すみません。今は少しつらいので……だから……」


 周廿はうなずいた。「分かりました。では、最初の面談はこれで終わりにしましょう。話は順調に進みました。心配する必要はありません。我々に悪意はありません。ただし、綾小路さんには、引き続き我々の『保護的管理』を受けていただく必要があります。その代わり、食料と住居を提供し、その他の合理的な要望にも対応します」


 緋羽はそこで深く息を吸い込み、少し緊張しながらも、きっぱりとした口調で答えた。


「受け入れます。もし私が本当に何らかの力によってここへ連れてこられたのなら……私は真相を知りたいです。それに、私の能力が役に立つのなら、協力します」


 周廿の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。


「よろしい。では、これから林博士にあなたの滞在先と今後の検査の手配をしてもらいます。こちらでの確認が済めば、あなたには一定の自由を認めることができます」


 彼は立ち上がり、手を差し出した。


「上海へようこそ、綾小路緋羽」

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