015:天から降る巫女
黎明の光が薄い霧を通り抜け、黄浦江の水面に暖かなオレンジ色の淡い光を広げていた。空気には熱せられたアスファルトの匂いが漂っている。薄霧とは言ったものの、実際には大気汚染のひどさを物語るスモッグだった。
復興島の岸辺では、数羽の水鳥が錆びついた係船柱にとまり、首を傾けながら羽繕いをしていた。遠くから渡し船の汽笛が川面を伝って聞こえ、川風に運ばれてくる湿った潮の香りと混じり合う。岸辺のプラタナスの葉は、川風が運んできた夜露に濡れ、時折、水滴が地面の焦げ跡のそばに落ちた。島に設けられた仮設テント区域には、まばらに明かりが灯り、発電機が何かに疲れ果てた者の呼吸のように低く唸っていた。運河の対岸には工事用のトタン塀が一列に立ち並び、中を直接覗こうとする視線を遮っていた。
焼け焦げた金属の残骸や瓦礫が片側に積み上げられている。紙コップのコーヒーを手にした者が道端にしゃがみ込み、指先では煙草の火が明滅していた。無線機から時折、途切れ途切れの通話音が聞こえるものの、すぐに足音や、機材を片づける際に生じる物音、低空を飛ぶドローンのローター音にかき消されていった。
空が次第に白み、夜の闇から街の輪郭が浮かび上がる。島全体がスローモーションに切り替わったかのように、あらゆる慌ただしさが疲労のフィルターに包まれていた。
島の街灯はまだ消えておらず、黄色みを帯びた光が地面を照らし、朝の冷たい白い光と溶け合っていた。警戒線が朝風にかすかに揺れ、数人の制服姿の人影が瓦礫の縁を歩き回っていた。砕石の山からは、黒焦げになった鉄筋が一本突き出ており、まるで墓標のようだった。
颯音は海安路橋の残骸の一部に腰を下ろし、朝の光の中に自分の存在を隠そうとするかのように身体を丸めていた。
「颯音さん、定期巡回です。異常がないか報告してください」
颯音は返事をせず、ただ身体をさらに小さく丸めた。
巡回員の同僚が彼に何かを耳打ちした。颯音が今は他人と意思疎通できない状態だと察した巡回隊は、記録用紙にチェックを入れ、ほどなくしてぼろぼろになった橋のそばを離れていった。
「璃見が復興島への立ち入り許可を申請している。もうすぐ来られるはずだ」
コーヒーカップを手に、手持ち無沙汰な様子で川岸をぶらついていた沈彰は、一人でいる少女を見つけると、近づいてそう伝えた。
彼は手に持っていたコーヒーカップを、身体を丸めた少女に差し出した。
「温かいぞ。まだ口をつけていない」
璃見真理の名前を聞くと、少女の強張った身体から、わずかに力が抜けたようだった。それでも、沈彰のコーヒーを受け取ろうとはしなかった。
沈彰はため息をついて手を引っ込め、コーヒーを一口すすった。それからスマホで音楽を再生し、夜明けの川辺の美しい景色を眺めながら、束の間の安らぎを味わった。
……
「ドドドド……」
ヘリコプターがローター音を響かせながら、島の北側にある広い芝生に着陸した。
ヘリコプターが停止すると、地上で待機していた数人がすぐさま歩み寄り、ヘリで慌ただしく駆けつけた特事組の組長を迎えた。
「状況はどうなっている?」復興島の地面に降り立ったばかりの文清は、簡単な挨拶さえ交わさず、いきなり現場の状況を尋ねた。
「レイラは依然として行方不明です……ですが、ここは会議をする場所ではありません。詳しくは会議室で報告させてください」
周廿が手で「こちらへ」と促すと、指揮を担当する数人は仮設テント区域へと移動し始めた。
軍用の緑色のテントの中で、文清は会議テーブルの上座に座った。「周副組長、報告を始めてくれ」
周廿は頷き、立ち上がって報告を始めた。「今回の作戦では、予定どおり9月10日に各班の配置を完了しました。翌11日午前1時20分、監視班がレイラを初めて確認し、その後、1130近接防御砲が射撃を開始しました。戦闘は計画どおりに進み、レイラを復興島へ追い込んで重傷を負わせることに成功しました。しかし午前1時38分、囮の建物の前まで追い詰められたレイラが突如として何の前触れもなく消失しました。現時点まで彼女の痕跡は一切確認できておらず、生存しているかどうかも判断できません」
「何か手がかりはあるか?」
「現時点で、いくつかの仮説を立てています。一つ目は、嫉妬の印による交換能力がゲーム内の設定を超えており、視界の外にある未知の場所へ移動できる可能性です。極端に遠く離れた誰かと位置を交換したのかもしれませんし、単純な転送能力なのかもしれません。二つ目は、レイラが何らかの隠蔽能力を持ち、視覚情報や熱、体積、匂いなど、通常の手段で検知できる情報を隠している可能性です。その場合、本人はまだ復興島にいることになります。三つ目は、レイラが死亡し、何らかの仕組みで遺体が『回収』された可能性です。一部のゲームではボスを倒すと死体が消える仕様がありますが、現実でも同じような仕組みが働いたのかもしれません」
組長の問いに対し、周廿は三つの仮説を述べた。しばらく考え込んだ後、組長は首を横に振った。
「第二の仮説は筋が通らない。仮にレイラの隠蔽能力によって、こちらのあらゆる検出手段が通用しないのなら、彼女が今も復興島に留まっているとは考えにくい。封鎖を続ける意味も薄い……現時点では世論からの圧力も大きい。二日後には封鎖を解除する方向で考えている。それまでに、すべての機材を撤去しろ。ただし、封鎖解除は監視の解除を意味しない。上海市内で発生する人的被害や失踪事件を、漏れなく把握する必要がある。まず楊浦区から始め、網格員を派遣して一軒ずつ訪問調査を行わせる。公安には毎晩、途切れることなく巡回させる。レイラがまだ生きているのなら、必ず見つけ出せ」
「了解しました」周廿が答えた。
「そうだ、血液検体の状況はどうなっている?」
「誘引と現場の設営に使った千件を除き、血液検体は二万件余り残っています」
「よし。誘い出し作戦が終わった以上、残りの血液検体はスクリーニング計画に回そう。ただし、厳重に保護するように——」
「ジリリリリ! ジリリリリ!」
テント内の一同が戦闘終了後の確認事項を話し合っていた時、けたたましい警報音が突然鳴り響き、会議を遮った。
「どうした!」
その場にいた全員が緊張した面持ちで立ち上がった。
「報告! 報告です! 監視班が異常を発見しました!」
テントの外から焦った声が聞こえた。駆け込んできた隊員は、入口の衛兵に止められているようだった。
「入れろ」
周廿の命令を受け、テントの入り口を覆う幕が勢いよく開かれた。駆け込んできた隊員は敬礼すらせず、すぐさま報告した。
「復興島に未知の生物が出現したことを確認しました! 幹部の皆さん、ただちに指揮センターに入って指揮を執ってください!」
……
コーヒーを飲みながら、沈彰はその場で特事組から支給された朝食を食べ終えた。
「はあ、いつになったらここを離れられるんだろうな」
現在、復興島は出入りの両方が封鎖されており、島に入るにも出るにも、煩雑な許可手続きを経なければならなかった。
沈彰は朝食を颯音のために持ってきていたが、少女は相変わらず他人を寄せつけようとしなかったため、彼は仕方なく食事を少女のそばに置いた。
心の壁が厚すぎるだろ……璃見真理はどうやって彼女の信頼を得たんだ?
「ピピッ」
一台のジープが川岸にいる二人のそばまで走ってきた。オレンジ髪の少女が車から飛び降りた。
「あら、ごめんね、遅くなっちゃった。許可の手続きが面倒でさ」
璃見真理が沈彰と颯音に手を振ると、瓦礫の上で丸まっていた栗髪の少女は、巣に帰る雛鳥のように彼女の胸へ飛び込んだ。
「ごめんね、颯音。何度も一緒に任務に出られるよう申請したんだけど、非戦闘系の感応人員だから、昨夜は結局、復興島への立ち入りを許可してもらえなかったの」
オレンジ髪の少女は栗髪の少女を慰めながらも、そばに立っている沈彰の存在を忘れてはいなかった。
「おじさん、颯音のことを気にかけてくれてありがとう」
「いや、構わないさ。ただ、組織の規則は時に融通が利かなすぎると思っただけだ。君がいなければ、颯音も十分な戦力になれない。二人を一緒に任務に出すか、二人とも待機させるか、どちらかにすべきなのに、融通の利かない規則のせいで、二番目に愚かな選択肢が選ばれたわけだ」
「あはは、でも私も颯音も命は大事ですからね。規則を無視して何かあったら、誰も責任を取れませんし」璃見真理は軽い調子でそう言って、自分のために憤ってくれた沈彰をやんわりとなだめた。
沈彰もそれ以上この話題にこだわらず、話を変えた。「そっちは何か情報をつかんでいるか? 俺たち現場の人間は、いつになったら撤収できるんだ?」
「今日中には出られると思うよ。外の状況はすでに大混乱で、今は監視範囲を広げるための人手が足りないんだ。そうでなければ、君たち現場要員はもう一日、審査を受けることになっていたはずだよ」璃見真理は、すっかり落ち着きを取り戻した栗髪の少女をそっと腕から離した。「そういえば、レイラが突然消えたって聞いたよ」
「俺も、レイラが消えるところを現場で見たわけじゃない。戦闘班の連中の話では、レイラは狙撃銃で撃たれて血だまりの中に倒れ、それから囮の建物の屋上を見上げた。右目が一瞬光り、その後、跡形もなく消えたらしい」沈彰が答えた。
「うーん……何か『透明人間』と入れ替わったように聞こえるね。でも、交換した二人はその後どちらも現れなかった……まあ、私たちが考えることじゃないか」
レイラの消失に関する疑問はいったん脇に置き、璃見真理は地面に置かれたままの朝食に気づいた。それは先ほどから颯音がまったく手をつけていなかったものだった。「これ、颯音の朝ごはん? だめだよ、朝ごはんはちゃんと食べなきゃ」
「真理ちゃんがいないから、食べ物に、〇〇しないと解除できない薬が入ってるんじゃないかって怖くて……」
颯音の衝撃的な発言に、話を聞いていた沈彰の口元が引きつった。しかし、璃見真理はまったく驚かなかった。「うん、あなたの世界にはそういう薬が本当にあるのかもしれないね。でも、現実の上海にはそんなものは存在しないよ。というか、仮にそんな薬が本当にあったとして、〇〇を強制するためだけに使うなんて、もったいなさすぎるでしょ」
栗髪の少女は、璃見真理の言葉で不安が解消されたらしい。支給された朝食を拾い上げ、包装を開いて食べ始めた。
目の前の美少女二人組を見ながら、沈彰は、彼女たちのような感応人員や、そこから派生したキャラたちが他人を信用できないのも理解できる気がした。何しろ、いくつかの幻想作品の世界観と比べれば、現実世界はまさに天国と言ってもいい。あの作者たちがどんなクソみたいな話を書いてくるか、分かったものじゃないのだから。
あれこれ考えながら、午前中はずっと暇だろうと思った沈彰は、低電力モードに入り、川面を眺めながらぼんやりし始めた。
「パンッ!」
銃声が一発鳴り、疲れてぼんやりしていた男の意識を引き戻した。
「ザーッ……全員に告ぐ! 未知の存在が復興島に侵入したことを確認! 全員、警戒態勢に入れ!」
胸元に掛けた無線機から警報が流れてきた。
「どういうことだ? レイラは死んでいなかったのか!?」
特事組の人員は全員この情報を耳にしたらしい。一瞬驚いた後、川岸や周辺の道路にいた人員はすぐに集まり、警戒陣形を組んだ。
沈彰が声をかけるまでもなく、璃見真理はすでに颯音の手を引き、警戒陣形の中心へと入っていた。
戦闘要員が外周を警戒し、非戦闘要員を中央に入れて保護するという原則に従い、沈彰は陣形にできた隙間を埋めるように立ち、拳銃を取り出して、現れるかもしれない脅威に備えた。
「おい、兄貴。ここではあんたが一番偉いんだから、現場指揮を頼むぞ」
隣にいるのが、昨夜ゲームに苦戦していたあの戦闘班長だと気づいた沈彰は、肘で彼をつついて注意を促した。
「よし、全員、警戒を維持しろ」「兄貴」は頷くと、すぐに無線機を取り出して問い合わせを始めた。「指揮センター、指揮センター、こちら戦闘班長の陳剛。12名で警戒陣形を組み、復興島運河の北側の河岸に展開中。未確認目標の位置と指示を求む!」
「ザーッ……陳剛、応答する。未確認目標は復興島北部の建物群にいる。そちらに接近中で、目的は渡河と推定される。迎撃せよ! 目標は二体、一体は緑色の小型人型怪物、もう一体は赤色の犬型怪物だ」
「陳剛、了解」
彼はすぐさま部署を開始し、ライフルを携えた戦闘員たちを陣形の東側へ集めた。彼が多くを指揮するまでもなく、訓練されたメンバーたちはすでに、ビル群の隙間に生まれる影へと銃口を向けている。
ぼんやりとした二つの輪郭が建物の陰から飛び出した。緑色の人型怪物が棍棒を振り回し、赤い犬型の怪物が四つ足で猛然と駆けてくる。後者のほうが明らかに速かった。
二体の怪物は、まるで粘土で作られたかのような姿をしており、関節のつなぎ目さえ判別できなかった。
「一時方向に注意! 構え——」
陳剛が手を上げた瞬間、まだ言葉を言い終わらないうちに、陣形の上空の空間が突然歪んだ。
高さ二メートルほどの空中に人影が突如として現れ、無様な姿勢で警戒陣形の中心へ落下してきた。
「何だ——」
不測の事態に、外周の隊員たちは本能的に銃口を向け直した。だが、正面の脅威への警戒も解けず、完全に銃口を向けることはできなかった。
どういう状況だ? 先にどちらを撃つ? 沈彰の銃口は少女と怪物の間でほんの一瞬揺れ、彼は一瞬だけ振り返った。
そこには、赤と白の巫女服を着た少女がいた。黒い長髪には赤いメッシュが一筋入り、大の字になって地面に倒れている。
人間だ。少なくとも見た目は人間で、今の姿勢ではすぐに攻撃してくることもできない……とにかく、先に怪物を攻撃してから銃口を向け直そう!
「痛たた……何が起きたの?」
少女は困惑した声を上げながら、どうにか上半身を起こした。その姿勢のまま隊員たちの隙間越しに目を向けると、河岸の道路へ突進してくる二体の怪物が見えた。
赤い犬型怪物が先頭を走っており、陣形までの距離は二十メートルもなかった。緑色の人型怪物はその十メートルほど後方にいた。
「えっ? これ、スライム? それともゴブリン?」
巫女服の少女は、先ほど落下してきたばかりとは思えないほど滑らかな動きで立ち上がった。
彼女は巫女服の袖に手を差し入れ、黄ばんだ紙の札を二枚取り出した。
「パンッ! パンッ! パンッ!」
数人の隊員が続けざまに発砲したが、「赤犬」はすぐさま跳び上がり、数発の弾丸をかわした。何発かはその身体を貫通したものの、動きを止めるには至らなかった。
赤犬は驚異的な跳躍力で弾丸をかわし、その勢いのまま空中から最も近くにいた隊員へ襲いかかった。鋭い牙が、最も近くにいた隊員へと向けられる。
まずい、近すぎる! 誤射の危険がある!
近くにいた数人はすでに銃床を使った近接戦闘に切り替え、応戦の構えを取っていた——
「ビリッ」
符紙を引き裂くと、少女は右手の人差し指と中指をそろえて剣指を作り、左手に符紙の切れ端を握ったまま腕を前方へ一振りした。その動きは、まるで空中に見えない刃を描くかのようだった。
赤犬の身体は空中で頭から尾まで一瞬にして切り裂かれ、左右に分かれて地面へ叩きつけられた。体内の血液が弾けるように噴き出し、地面に飛び散った。
これは! 超自然能力か? 感応人員? 味方なのか?
考える暇もなく、他の隊員たちは身につけた戦闘勘に従い、素早く銃口を「ゴブリン」へ向けた。
だが、隊員たちが銃口を向け直すよりも早く、少女は二人の隊員の隙間をすり抜けて陣形の前方へ飛び出していた。
「誤射するぞ、出るな!」
陳剛は慌てて制止したが、少女はすでに弦を離れた矢のようにゴブリンの前まで駆け抜けていた。
緑色の人型怪物が棍棒を振り上げて叩きつける。少女は身をひねってそれをかわし、二枚目の札を怪物の胸に叩きつけた!
棍棒が少女の肩をかすめて通り過ぎると、彼女はその勢いを利用して後退し、両足で地面を蹴りながら二本の浅い跡を刻み、陣形から五メートルほど離れた位置まで下がった。
ゴブリンは胸に貼りついた札を見下ろし、困惑したような唸り声を上げた。
「Boom!」
まるで手榴弾を飲み込んだかのように、ゴブリンの身体が突如として爆発した。
外から吹き飛ばされたのではない。風船が破裂するように、身体の内側から爆発したのだ。一瞬の閃光とともにゴブリンの外皮は限界まで膨れ上がり、「パン」という音を立てて無数の破片となって砕けた。肉片と緑色の正体不明の液体が四方へ飛び散り、灰色の煙が細く立ち上った。
「ふぅ〜、終わり」
巫女服の少女は、地面に残された二つの残骸を見下ろした。
「……」
その場にいた全員が、互いの顔を見合わせた。
少女が現れてから怪物が爆発するまで、すべてが五秒足らずで終わった。
沈彰はまだ銃を構えていたが、引き金は引いていなかった。周囲の隊員たちも同様に銃を構え、銃口を前方へ向けたまま、指をトリガーガードにかけていたが、誰も発砲しなかった。
反応が遅かったわけではない。そもそも、撃つ機会がなかったのだ。
巫女服の少女は得意げな顔で振り返り、周囲の隊員たちを見回した。
……そして、全員の銃口が自分に向けられていることに気づいた。
「あの……銃を下ろしてもらえませんか?」少女は両手を上げ、降伏するような姿勢を取った。「私、敵じゃありません」
朝の光に照らされた少女は、両手を頭上に掲げたまま、まるで捕まった泥棒のように、少し困った苦笑を浮かべていた。
正午が近づくにつれ、川面を覆っていた霧が徐々に晴れ、陽光が水面に降り注いで、きらきらと波打つ光を生み出していた。
川風が吹き抜け、最後に残っていた灰色の煙をさらっていった。




