011:現実世界の八角籠
街灯の明かりもなく、今夜の海安路橋の上は一面の暗闇に包まれていた。
ボロボロのマントを羽織り、頭に角を生やした人影が一つ、西から東へ向かって道路橋の上を歩いている。
「予定通り、1130準備」
周廿は監視画面に映し出された高精細の熱画像を見つめていた。
「撃て」
その二文字が口から発せられた瞬間、復興島運河の夜空が引き裂かれた。
毎分一万発の30mm砲弾が肉眼で見える一本の橙赤色の光帯となって束ねられ、高エネルギー光線のごとく海安路の橋面へと叩きつけられた。高速回転する砲身が大気を切り裂く咆哮を上げる。橋面のアスファルトとコンクリートは着弾点で直接気化し、砕石と粉塵が弾幕の巻き起こした衝撃波によって十数メートルの高空へと打ち上げられ、橋の欄干は紙くずのように引きちぎられて吹き飛んだ。極太の橙赤色の光柱が天から垂直に橋面へと突き刺さり、周囲数百メートルの江面と建造物を昼間のように照らし出した。
砲声は二秒後に止んだ。海安路橋の中央部分はすでに片側の車線が崩落しており、切断された鉄筋がコンクリートの断面から剥き出しになって跳ね上がり、破片が黒い運河の水の中へと絶え間なく転がり落ちていた。橋全体が鈍い構造応力の音を上げ、肉眼でわかるほど崩落箇所に向かって十数センチ沈み込んだ。
指揮センターの技術員たちは、各自の目の前にある監視機器を注視していた。
「報告! 対フロッグマンソナーが非友軍単位を検知。水に落ちたレイラと推測されます」
「死体か?」
「いいえ! 当該単位は運河の西岸に向かって移動中。上海理工構内へ逃げ戻る気かもしれません」
技術員の報告を聞き、周廿は眉をひそめた。
「彼女を復興島へ追い込め。西岸の火炎放射班に河岸を封鎖させろ」
「了解! 火炎放射班、注意せよ! 河岸を封鎖せよ!」
指揮センターの命令に従い、西岸の建造物の影から十数本の火柱が噴き出し、先ほど近接防御砲の射撃によって引き裂かれたばかりの夜空を再び照らし出した。
それらの火柱はあまりの長さに川の水にまで達し、1000度の高温によって川の水が急激に気化、高温蒸気の壁を作り上げた。
高温の水蒸気による妨害を受けたため、目の前の熱画像はもはやあてにならなくなり、周廿は視線を隣のソナー画面へと移した。
「報告、レイラが進路を変更しました。運河の東岸に向かって移動中です」
「戦闘班、花火班を配置につけろ」
「了解! 戦闘班、花火班、注意せよ。レイラが間もなく上陸する!」
指揮センターの要員たちは、固唾をのんで目の前の各種画面を見つめ、いつでも命令を下せるよう身構えていた。
実のところ、特事組は当初、このように緻密に組み合わされた複雑な計画を考えていたわけではなかった。最初の砲撃で直接仕留めるつもりだったからこそ、過剰火力である1130近接防御砲を持ち出したのだ。
だが、数名の派生キャラに対する詳細な研究を経て、そのような「初見殺し」の計画は信頼性に欠けると判断された。
戦闘系作品の派生キャラの多くは、理不尽なまでのスパイダーセンス——あるいは戦闘本能と呼ぶべきもの——を備えており、自分に向けられた「殺気」を感じ取ることができる。
颯音という名の魔法少女によれば、拳銃などの武器で奇襲された場合ならまだ危険を感じ取れないかもしれないが、1130近接防御砲のようなひらけた場所に設置された大型兵器は、無視できないほどの脅威感を醸し出してしまうという。
重火力による奇襲が通用しない可能性に気づいた特事組は、だからこそ味方に損害が出るかもしれない火炎放射班や戦闘班を投入する戦闘計画を準備したのだった。
果たして彼らは成功するのだろうか?
◆◇◆
三つの原罪の印を持つあの忌々しい冒険者によって、自分が苦心して作り上げた怪物の大軍を全滅させられた後、たとえ自分が嫉妬の印持者を喰らったとしても、あの冒険者の圧倒的な実力の前には敗北するしかなかった。
彼がその剣を振り下ろした時、レイラは自分が死ぬものだと思っていた。
だが、再び目を開けた時、彼女は思いもよらない新たな国へとやってきていた。
きらびやかな衣装を纏った人々、立ち並ぶ高層ビル、そして信じられないほど発達した「魔導科技」。
冒険者はいない。警備兵らしき者もいない。ここの平民たちの警戒心はまるで幼子並みだった。夜になれば胸元を晒すだけで、一部の男性の平民を路地裏へと誘い込み、自分の「素材」に変えることができた。その後、己の傷を癒すためにそれらの素材を消費してしまったが。
まだ足りない……自分は元の世界のように、この新しい国の支配者になるのだ。
さらなる素材を求めていたレイラは、大学の採血会場を目にした。
ここの支配者もまた、大量の「素材」を求めているようだった。生贄のためか、それとも呪いのためか? だがどちらでも構わない。これほど膨大な量の素材を「色欲の印持者」である自分が使えば、怪物の大軍の規模など容易に復活させることができる。
そう考えたレイラは、万人分の血液検体に誘い込まれ、夜の闇に紛れて、この国の支配者がそれらの血液検体を保管している島へと通じる橋に足を踏み入れた。
「パタパタ」
足音が静かな夜空に響き渡る。
対岸の島から漂ってくる微かな血の匂いを察知しながらも、レイラは凄まじい脅威感を感じ取っていた。
伏兵がいるのか?
彼女が足を止めた瞬間——
猛烈な脅威感が突如として爆発し、直後、対岸の島にある建物の屋上から橙赤色の光線が放たれ、その軌道上にある全てを撃ち抜いた。
強烈な危険を感じ取った瞬間、レイラは即座に橋の上から水中への跳躍を選択していた。本来彼女がいた場所は半秒後、その強大な攻撃によって巨大な大穴に変えられていた。
直接命中したわけではないというのに、想像を絶する衝撃波がレイラの体を粉々に引き裂かんばかりに吹き荒れた。橋から飛び降りた彼女の姿は巨大な衝撃波によって弾き飛ばされ、激しく河面に叩きつけられた。
落水の衝撃でレイラの肺は破裂せんばかりになり、急速に失われていく血液が周囲の川の水を赤く染めた。
なんなの、これは!?
島にある建物の屋上では、巨大な回転砲身が未だにゆらゆらと熱気を上げていた。
レイラにはこのような攻撃が何によって放たれたのか理解できなかった。傲慢の印持者が放つ大規模殺傷用の光線だとでもいうのだろうか?
だが、自分が感じ取った「殺気」からすれば、むしろ生命を持たない物体から発せられたもののようだった。彼女の見たこともない魔導兵器とでもいうのだろうか?
冷たい川の水がレイラの口と鼻に流れ込み、彼女は本能的に抗って水面へと浮上し、荒い息を吐いた。右腕から走る激痛に、彼女は左手で探り寄せる……右腕の肘関節から下の部分はすでに消失しており、断口に残った骨の感触がかすかに伝わってきた。
「くそっ!」
彼女は奥歯を噛み締め、左手で断腕の傷口を押さえつけると、色欲の印の能力を発動させた。傷口から溢れ出る鮮血はそれ以上失われることなく、断口で凝固し、膨張し、再構築され、最終的に半透明のゼリーのような暗赤色の物質の塊を形成した。この物質の塊は徐々に伸びていき、不恰好な仮の腕を作り上げた。表面は今も絶え間なく蠢いている。
レイラは水中でこの仮の腕を動かしてみた。鈍く力が入らないものの、少なくとも使うことはできた。
胸、腹部、太もも……体には少なくとも五箇所、衝撃波によって引き裂かれた傷口があった。彼女は無理やり冷静さを保ち、色欲の印の力を働かせ続けた。傷口から鮮血が湧き出し、体表に暗赤色のゼリー状の層を形成して、引き裂かれた傷口を塞いでいった。
これはあくまで応急処置に過ぎない。己の血液を使って作り出したこれらの「臨時修復」が長くは持たないことを、レイラは重々承知していた。せいぜい二時間、それ以上経てば活性を失い、再び普通の血液に戻って流れ出てしまう。それまでに十分な素材を見つけて本当の修復を行わなければ、彼女は失血死することになる。
せっかくあの冒険者に斬られた傷を治したばかりだというのに、今の状況は再びこの国にやってきたばかりの時と同じになってしまった。
「ここの支配者はすでに私に気づいている……しかも、私を抹殺すると決めたのだわ」
彼女は本来、この新しい世界で以前のように少しずつ力を蓄えていけると考えていたが、どうやら敵の反応速度は彼女の予想を遥かに超えているようだった。
逃げなければ。
レイラは水中で向きを変え、西岸に向かって泳ぎ始めた。あの高層ビルが立ち並ぶエリアに戻りさえすれば、群衆の遮蔽を利用して、まだチャンスはある——
十数本の火柱が、突如として西岸の建造物の影から吹き出した。
1000度の高温が一瞬にして河面の水を気化させ、渡ることなど不可能な高温の蒸気の壁を作り上げた。レイラは反射的に水中に潜り、水面越しにそれらの恐ろしい火柱を見つめた。
火系魔法使い? それも何人も!?
彼女は火柱を噴き出している暗がりへと視線を向けた。嫉妬の印が彼女の右目の瞳孔でかすかに光を放つ。術者さえ視界に捉えられれば、「交換」を使って相手の位置を奪い、一瞬で包囲網を脱出できる。
火柱が夜の闇を照らし出しているものの、蒸気の遮蔽と影の覆いによって、それらの「火系魔法使い」の姿を見ることはできなかった。
くそっ! まさか嫉妬の印に対処するために特別に設計された策だというの? だが、奴らはどうやって私が嫉妬の印を持っていると知ったのだ……
レイラは水中に潜伏し、素早く選択肢を考えた。
西岸へ突破する——全身が濡れた状態であれば、あの蒸気と火柱の層を強引に突き抜けることはできる。火柱の反対側に入り込み、視界さえ回復すれば、嫉妬の印を使って誰か火系魔法使いと位置を交換し、街へと逃げ込める。だがそうすれば、間違いなく体表の臨時修復が高温によって破壊され、傷口はさらに悪化し、その後も終わりなき追撃に晒されることになる。臨時修復が失効する前に、本当の治療を行うための安全な場所を見つける時間はないかもしれない。
東岸へ突破する——あの攻撃を放った島には明らかに伏兵がいる。だが、人間の血の匂いも間違いなくそこから漂ってきている。
万人分の血液検体があの島にあるのだ。
伏兵を突破し、それらの素材に触れさえすれば、彼女は怪物の大軍を再建できる。そうなれば逃げるにしても反撃するにしても、遥かに容易になる。
東西どちらにも伏兵がいる、どちらの計画にもリスクがある。レイラはより見返りの大きい方を選択した。
彼女はすぐさま反転し、東岸の島に向かって泳ぎ出した。
冷たい川の水が彼女の体温を急速に奪い、息をするたびに胸の傷が痛んだ。
東岸まであと三十メートル……二十メートル……
十メートル……
「シュッ——」
風を切る音が頭上から聞こえた。
レイラは猛然と深く潜った。一発の「火炎爆弾」が水面をかすめて飛び去り、彼女の後方の河面で炸裂した。衝撃波が水中で伝播し、彼女の五臓六腑を激しく揺さぶった。
「なんでこんなに火系魔法使いがいるのよ!」
「火炎爆弾」の威力の衝撃から立ち直ったばかりのレイラは、再び別の風を切る音を耳にした。
「シュッ——パン!」
「パチパチパチ、パチパチパチ……」
連続した、乾いた爆発音。衝撃波はない。少し離れたところで、きらびやかな花火が夜空に花開いた。
「花火? 何かの情報伝達手段かしら?」
現状に影響のない異常を無視し、レイラはすぐさま目の前の河岸へと意識を集中し直した。
岸辺の灌木から人影が飛び出し、数本の「魔導兵器」が同時に彼女へと向けられた。
「ダダダダ——」
奇妙な魔導兵器の先端から火を吐き、強烈な脅威感を伴う弾丸が撃ち出された。
弾丸が水面を貫き、彼女の周囲に白い気泡の軌跡を描き出した。レイラは素早く水中深くへと潜り、息を殺して死に物狂いで岸に向かって泳いだ。
五メートル……三メートル!
レイラは水面を突き破って飛び出し、岸辺へと転がり出ると、右目の瞳孔にある嫉妬の印を突如として輝かせ、後方に位置する一人の「魔法使い」に狙いを定めた。
「交換!」
空間が歪む。
レイラの姿が岸辺から消え去り、次の瞬間、その戦闘班の隊員がいた建造物の脇に出現した。一方、その隊員は突如として河岸に出現し、全身ずぶ濡れになりながら、自分が突然水辺に現れたことに驚愕の表情を浮かべていた。
「なっ!?」
「報告! 位置交換能力を確認!」
他の戦闘班の隊員たちは即座に反応し、指揮センターへ報告すると同時に、すぐさま銃口をレイラへと向け直した。
彼女は躊躇することなく、右目の嫉妬の印を再び輝かせた。
「交換!」
一人の戦闘班の隊員が手にしていた小銃が突如として消え去り、次の瞬間、レイラの左手に現れた。
彼女は敵が使用していた動作に倣い、銃口を一番近くの敵に向けて引き金を引いた——
「カチ」
引き金が空しく鳴った。
レイラは一瞬あっけにとられ、さらに連続して二度引き金を引いたが、引き金が引っかかっているかのようで、弾丸は撃ち出されなかった。
使うのはこれが初めてだったため、彼女には自分の力が足りないのか、それとも引き金が本当に引っかかっているのかすら判断できなかった。
「くそっ! なんなのよこの兵器は!」
彼女はすぐさま使えない兵器を投げ捨て、建造物の内部へと転がり込んだ。弾丸が彼女の影を追って掃射され、壁の端を叩いて破片を飛び散らせた。数発の弾丸が彼女の体を貫いたが、傷口はすぐさま色欲の印によって止血された。
「報告! 彼女には兵器を奪う能力もあります!」
「ターゲットが建造物内へ侵入! 火力による制圧が必要!」
「クソが、弾丸じゃ死なねえのか!?」
レイラは壁に背を預けて荒い息を吐いた。臨時修復した右腕はすでに弛み始めており、暗赤色のゼリー状の物質が絶え間なく滴り落ちていた。胸の傷口も激しい運動によって少し開き、鮮血がマントを濡らしていた。
血液検体が保管されている建造物は、すぐ前方、二百メートルもない場所にある。そこから漂う濃厚な血の匂いを嗅ぎ取れる。万人分の血液があの建造物の中にあるのだ。
あそこに行きさえすれば——
「シュッ——ドカン!」
一発のロケット弾が、彼女が先ほど身を隠していた壁に命中し、爆発の衝撃波が彼女を吹き飛ばした。
レイラは這い上がるように立ち上がり、右目で戦場を走査した。
銃を手にした三人の「魔法使い」が左側から包囲し、ロケット砲を担いだ別の二人の「魔法使い」が右側から狙いを定めており、さらに遠くでは少なくとも十数人の影が彼女の方向へと集結しつつあった。
「なんでこんなに魔法使いがいるのよ……」
「交換はあと五回しか使えない……」
彼女は奥歯を噛み締め、右目の視線を右側でロケット弾を装填している一人の「魔法使い」に狙いを定めた。
「交換!」
空間が再び歪む。
装填手を追い出し、レイラは一瞬にしてロケット砲の射手の脇に出現した。彼女はその射手を蹴り飛ばし、装填し終えたばかりのロケット砲を奪い取った。
彼女はこのような兵器を見たことがなかったが、先ほど「魔法使い」が操作するのを目の当たりにしていたため、真似をして肩に担ぎ、狙いを定め、ある部分を引き絞った。
使えるかどうかはわからないが、真似をする!
「シュッ——」
ロケット弾が尾焔を引いて撃ち出されたが、方向は完全に逸れ、遠くの空き倉庫に命中した。爆発の火光が、島全体で打ち上げられている花火とともに、夜空の半分を照らし出した。
「ロケット弾の誘導は我々には命中しない! 制圧を継続せよ!」
再び銃声が響き渡った。
レイラは低い建造物群の中へと飛び込んだ。足元のコンクリートの地面は亀裂と雑草だらけだった。ここは一種の廃工場エリアのようで、至る所に錆びついた配管と打ち捨てられた設備が転がっていた。
血の匂いがますます濃くなっていく……二度の位置交換によって、彼女は血液検体が保管されているあの建造物に確実に近づいていた。
「彼女を食い止めろ!」
前方から再び数人の戦闘班の隊員が飛び出し、手にしていた銃口から火を噴いた。
レイラは太い廃配管の背後に身を隠した。弾丸が配管に当たり、キンキンと金属の打撃音を響かせた。彼女は荒い息を吐き、臨時修復した右腕はすでに感覚を失い始めていた。今や色欲の印をもってしても、激しい運動の中で傷口から血が滲み出るのを止めることはできなかった。
五人の戦闘班の隊員が彼女の位置へと迫ってきており、互いに戦術隊形を保ちながら、銃口を常に彼女が現れる可能性のある方向に向けていた。
残る交換はあと四回。
レイラは深呼吸をし、右目の瞳孔にある嫉妬の印を四度目として輝かせた。
「交換」
目の前の景色が急速に変化するのに伴い、彼女は一番後方にいた戦闘班の隊員と位置を入れ替えた。
突如として部隊の一番後方に出現したレイラは猛然と前方へ躍り出ると、隣で反応できずにいる隊員の腰元から一振りの短剣を抜き取り、一目散に脇の廃設備の影へと逃げ込んだ。他の戦闘班の隊員は即座に銃口を向け直したが、レイラはすでに影の中へと姿を消していた。
「刃物を奪われた! 近接戦闘に注意せよ!」
レイラは壁にへばりついて素早く移動し、短剣を左手で握りしめた。
これなら使える。
前方から重々しい足音が聞こえ、体格のいい戦闘班の隊員が一人、散弾銃を構えて角から飛び出してきた。
レイラは躊躇しなかった。
「交換!」
彼女はその隊員と即座に位置を入れ替え、本来向かい合っていた立ち位置が一瞬にして背中合わせとなった。
その隊員が猛然と振り返り、散弾銃の向きを変える間もなく、レイラはすでに彼の目の前へと肉薄し、短剣で彼の喉元を突いた!
「グサッ!」
刃先が防護具の頸部に突き刺さったものの、中の防護層によって阻まれ、一センチにも満たない深さしか刺さらなかった。その隊員は怒号を上げ、銃床を振り回してレイラを殴りつけた。
レイラは短剣を手放し、身を屈めて銃床をかわすと、相手の戦術ベストを掴んでその背後へと跳び回り、右足を相手の膝裏へと力任せに叩き込んだ。
「ぐあっ!」
隊員が痛みに耐えかねて片膝をついた隙を突き、レイラは素早く彼の攻撃範囲を脱出し、目標の建造物に向かって狂奔を続けた。
「バン!」
重苦しい銃声とともに、レイラの左肩で血煙が弾け飛び、彼女はバランスを崩して地面へと倒れ伏した。
周囲に配置された探照灯が突如として点灯し、強烈な光束が血だまりの中で抗うこの派生キャラへと、現場の全人員の注意を集中させた。
群がってきた「魔法使い」たちは一時的に引き金を引こうとしなかった。生け捕りにすべきかどうか考えているのだろうか……
目の前には、血液検体が保管されているあの建造物がある。濃厚な血の匂いこそが、レイラの今この瞬間における唯一の突破口だった。
嫉妬の印を使えるチャンスは、あと二回しか残されていない。
誰か……誰か建造物の内部にいさえすれば!
自分は再び建造物の内部へと瞬間移動し、「素材」を手に入れられるのだ!
一階……
建造物の窓越しに、人影は見当たらない。
二階……
同じく人影はない。
三階……
彼女が位置を交換できるような生物は存在しなかった。
そうだ、このような要所に人が配置されていないはずがない。誰もいないとすれば、あの魔法使いどもの指揮官が、彼女の位置交換を警戒してあらかじめ仕組んだことに違いないのだ。
ただほとんど無意識に、レイラは屋上へと視線を向けた。
「!」
夜の闇の下、一つの黒いぼやけた人影が屋上の縁に立ち、自分を見下ろしていた。
「嫉妬の印! 交換!」
口の中の鮮血を吐き出し、その人影に向けて、レイラは今夜六度目となる交換能力を発動した。
それとともに訪れたのは、目の前で突如として弾けた白い光だった……
◆◇◆
晴れ渡った空の下、季雨は屋上の縁に立ち、高みの見物を決め込んでいた。
周囲一面に広がる血の匂いには少し吐き気がしたものの、眼下で繰り広げられる素晴らしい戦闘がそれを補って余りあるものだった。
レイラが対峙している敵の姿は見えないものの、耳から届く音から判断して、疑いなく正規軍だろう。
この戦闘の騒ぎは相当なもので、あの近接防御砲が火を噴いた時には、現場にいる意識体だけでなく、時運苑で眠っている本体の耳にすら微かに届いていたほどだ。
当局が後でどうやって誤魔化すつもりなのかはわからないが……
レイラの姿が目の前の廃工場エリアで絶え間なく瞬間移動を繰り返している。おそらく嫉妬の印の位置交換能力だろう。
そういえば、先ほど彼女の手に突如として銃が現れたのを見た……まさか嫉妬の印の能力は、位置を交換するだけでなく、兵器まで交換できるのだろうか?
ゲーム原作ではレイラがプレイヤーの武器を奪えるような描写は存在しなかった。元々、季雨は「嫉妬の印」の能力が弱すぎて、ゲーム内の他の六つの原罪の印の能力とは比べものにならないと感じていた。
だが、これはゲーム性を考慮してのことかもしれない。プレイヤーが戦闘の途中で武器を失うようになってしまっては、このステージをクリアすることなど不可能なのだから。
季雨が思考を巡らせている間に、レイラはすでに自分がいるこの建造物の手前まで突破してきていた。
「残る交換のチャンスはあと二回か、大逆転できるかな?」
もしレイラが空城にいる自分と位置を交換できるとしたら、一体どうなるのだろうか?
彼女は意識体と位置を交換し、直接これらの「素材」の隣に到達するのだろうか? それとも現実の本体と位置を交換し、時運苑へと転送されるのだろうか?
「まあ、前提としてレイラが僕を認識できなきゃダメだけどね。でも、そんなことあり得ないでしょ?」
独り言を呟いた季雨は、レイラが血だまりの中から力なく顔を上げ、そして自分と視線を交わすのを目撃した。
そして——
目の前の景色が突如として一変し、足元からは濡れた路面を踏みしめる感触が伝わってきた。
おかしいぞ、意識体は出かける前に靴を履いていたはずだ。
裸足、全裸、相変わらずの昼間、レイラと位置が入れ替わった。
なるほど、もしレイラが空城にいる自分の意識体に向かって交換能力を発動した場合、現実のレイラは空城の中の意識体の位置へと置換される。そして本体が意識体の代わりに、レイラが空城の中に残した投影の位置へと置換されるというわけか。
「そんなことあり得ないでしょ」……?
クソ食らえマーフィーの法則!!!




