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【改訂版】夢のつづきを見にいこう  作者: 羽藏ナキ
第三章:恋する少女

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スガッチ

 予定外の寄り道があったことでいつもよりもだいぶ遅い時間に家に着いてしまったけど、まだ家の中には誰もいなかった。ウチの両親は共働きで忙しく、基本的にわたしよりも帰りが遅い。

 もしかしたら今日は先に帰って来ていて怒られるかもと思ったけど杞憂だった。怒られずに良かったと思う反面、虚しさのようなものが胸をかすめる。


 わたしは手洗いうがいをしてすぐに二階の自分の部屋へと向かった。

 堅苦しい制服を脱いで部屋着に着替えてから、ローテーブルの上のポータブルテレビの電源をつけた。このポータブルテレビはわたしが小学五年生の時にお父さんからもらったものだ。もとはお父さんが会社の忘年会のビンゴ大会で当てた景品で、それをわたしに譲ってくれた。これがなかなか優れものでテレビ番組が見られることはもちろん、録画もできてブルーレイやDVDを再生できる上に、Wi-Fiでインターネットに接続することでユーチューブなどの各種動画配信サービスを利用することもできる。

 あまりに便利だったので本当に自分がもらっていいのか心配になったけど、お父さんは勉強との両立ができるならかまわないと了承してくれた。お母さんは少し渋っている様子だったけど最終的には納得してくれた。


 わたしは慣れた手つきで操作し、録画していたアニメを再生した。それは深夜にやっている男性アイドルグループのアニメで映画化やゲーム化もしている人気タイトルだ。いま放送しているのは第二期で、わたしはずっと始まるのを楽しみにしていた。


「はぁ……やっぱりスガッチはいいなぁ」


 うっとりしてつい溜息まじりの声が漏れる。

 スガッチというのはこのアニメに出てくるキャラクター……ではなく、キャラクターの声を担当している声優さんの愛称で本名は菅原潤。いま人気沸騰中の男性声優だ。モデル並みの背の高さとクールな顔立ち、そして色気のあるバリトンボイスに多くの人が魅了されている。わたしもその内のひとりで、二年前に彼が初めて主役を務めたアニメを見てからすっかり虜になっている。こうして彼の声を聞く時間がわたしにとって至福のひと時なのだ。


 それなのに、スガッチの声を堪能しているときは時間の流れが早い。あっという間に一話分を見終わってしまい、わたしはポータブルテレビの電源を切って勉強机へと向かった。本当ずっとアニメを観ていたいけど、自由にポータブルテレビを使わせてもらっている以上勉強はしっかりやらないといけない。両立できるならという話だったから、成績を落としてしまえばきっと没収されてしまう。

 それだけは、絶対に、避けなければいけない。


「今日は数学と英語だったかな」


 予定表を確認しながら鞄から教科書とノートを取り出す。

 勉強は別に好きではないけど、苦手ではなかった。数学のワークを広げ、スラスラと問題を解いていく。次は英訳をやろうと英語のノートを広げたところで玄関のチャイムが聞こえた。お母さんが帰ってきたのだ。もう一度チャイムが鳴り、わたしは小走りで玄関まで行き鍵を開けた。


「ただいま。ごめんね、今日は遅くなっちゃって」


 お母さんはパンツスーツ姿でスーパーの袋を片手に息を切らしている。


「ううん、大丈夫。おかえりなさい」


 わたしはそう言ってスーパーの袋をお母さんの手から取った。お母さんは「ありがとう」と言って洗面所へと向かう。

 スーパーの袋にはお惣菜、お茶、豆腐、卵、ソーセージ、お弁当用の冷凍食品が入っている。お惣菜はテーブルの上に置き、それ以外は冷蔵庫に入れていく。


「いまお味噌汁作るからね」


 部屋着に着替えたお母さんはそう言って台所に立った。お母さんはいつも駅と家の間にあるスーパーで買い物をしていて、自分とお父さんのお弁当とその日の夕飯の材料を買っている。今日は遅くなったみたいだからお惣菜だけど、わたしはあのスーパーのお惣菜が結構好きだからこれはこれで嬉しい。

 お母さんは手早くお味噌汁を作り、お惣菜を皿に移してテーブルに並べていく。わたしも自然とご飯をよそったりお茶を用意したりと夕飯の準備に加わっていた。お父さんは外で食べてくるらしく、今日はお母さんと二人で夕食だ。


 いただきます、と手を合わせて、まずはお味噌汁に手を伸ばす。お母さんは今日みたいに遅くなったときでもお味噌汁だけは必ず手作りする。特別なお味噌を使っているわけではないけど、手作りすることにこだわりがあると前に言っていた。


「最近学校はどう?」


 正面からお母さんが訊ねる。

 お母さんは私が中学に上がってからこの質問をよくしてくるようになった。わたしが自分から学校のことについて話さないから探りを入れにきているのだ。


「別に普通だよ」


「勉強はどう? もし不安があったら塾に通ってもいいのよ?」


「自分でできるから大丈夫だよ」


 私は少し語気が強くなった。塾になんて通ったらアニメや動画を見る時間が減ってしまう。自分でちゃんとメリハリをつけてやっているのだからこれ以上干渉されたくない。


「そうだね。千紗は真面目で優秀だから心配いらないか。お母さんとお父さんの子だもん。でも困ったらいつでも言ってね」


 わたしの不機嫌を察したのか、お母さんは取り繕うように穏やかに笑った。

 真面目で優秀。お母さんからそう見られていることに安堵しつつも暗い気持ちになる。お母さんとお父さんはわたしがアニメやスガッチにハマっていることを知らない。正直に話したところできっと理解されない。だって二人の中いる真面目で優秀なわたしは、アニメや声優になんてハマっていないから。


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