悪役令嬢、互いの策
コンコン。
「エリー様」
夜。
エリーの部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼致します」
エリーが入室を許可すると、メアリーが入ってきた。
その顔には、どこか焦ったような表情が浮かんでいる。
「単刀直入に言うわ。メアリー。あなた、お兄様とアシルドに変な気を持ってるわね」
「そ、そそそそ、そのようなことはぁ!」
エリーは世間話を挟むことなく、最初から本題に入った。
メアリーは焦る。
ーーメアリーって、ショタコンなのか、ショタ同士のそういうのが好きなのか分からないけど、捕まりそうな趣味してるのよねぇ。
エリーは心の中で若干呆れながらも、その目はかなり優しいものになっていた。
「そのようなことは、ありますぅ…………」
エリーの優しい目に、メアリーはあっさりと敗北した。
雑魚雑魚である。
「なるほど。素直で私も嬉しいですわ」
「えっと。あの!い、命だけは!!」
微笑むエリーに、メアリは命乞いをする。
メアリーには、エリーの微笑みが悪魔の微笑みに見えるのだ。
その様子にエリーは苦笑を浮かべる。
こういうときになんと声をかければ良いのか分からなかったので、エリーはぽん、と肩に手を置いた。
ただそれが余計に恐怖を与えたようで、びくん!とメアリーは肩をふるわせる。
(まずは、落ち着かせてあげましょう)
「私、メアリーを殺す気はないですわ。どちらかと言えば、応援してあげたいんですの」
「はぇ?」
エリーの言う意味がよく分からず、メアリーは首をかしげる。
メアリーの考えるようなことはそこまで重くないものの罪であり、彼女のことをよく知る人物でもそれに同意するようなモノは今までいなかった。
「私を、応援してくれる?で、でも、それは」
エリーを罪人にしてしまうかも知れない。
そんなことを考え、メアリーは焦った。
「流石に、表だっては行動しませんわ。ただ、裏からの協力くらいはしてあげますわよ」
怪しく微笑むエリー。
その口から、1つ1つ考えが語られていく。
結果としてかなり長い時間それは行われ、
「………という感じ、ですわね」
「はい!ありがとうございました!」
エリーたちは、メアリーのために何ができるか話し合った。
とりあえず分かることを話し合って、今日は終わる。
メアリーが部屋から出て行き、足音が遠ざかっていった。
エリーは、物音がしなくなってから耳に手を当てる。
そこからは、エリーの暗殺をもくろむモノたちの会議の模様が聞こえた。
「小娘は、船乗りをこちらと交代させるつもりのようだな」
「ああ。まだ実力不足だから、手本にとでも思ったのかも知れないが」
会議に来たメンバーは、エリーは凄腕の船乗りたちに依頼をしていたことを警戒した。
自分の船乗りの凄さをみせたいと言うつもりだろうと協議に集まったメンバーは考えており、それが非常に悩むところだった。
ーー全く。こっちはもう少しメアリーの相談に乗りたかったっていうのに。もうちょっと後で話し合いを始めてくれればよかったのに。
「奴らに操縦されると、暗殺から逃れられてしまう恐れがあるな」
「だが、小娘からの要求を断れるような理由がない。こうなれば、もう、面会自体を拒否するしかないな」
「そうだな。少し怪しまれる可能性もあるが、そういう方向でいくしかないだろう」
そうした会話が行なわれた次の日。
夕方、父親が帰ってくるなり、
「エリー。面会はできないとサッド公爵から言われたよ」
「そうなんですの?それは、残念ですわ」
父親から告げられた内容に、エリーは肩を落とす。
知っていたことなので演技しているだけなのだが。
(面会は成立しない。となると、どのタイミングで)
エリーは思考を巡らせる。
その様子を見ていた父親は、エリーと同じように考え込んだ。
そして、思いついたことがあったため提案してみる。
「なあ。エリー。サッド公爵に、面会して伝えたかったことを、私が伝えてあげよう」
「え?あ、では、アシルドの件を伝えておいていた方が良いと思いますの」
「ん~。なるほど。確かにそうだね。伝えておくよ」
エリーは、父親からサッド公爵に、アシルドのお披露目をすることを伝えて貰う。
だが、これによって移動用の船をエリーの手のものに操縦させることはできなくなってしまった。
(最善は尽くしたし、後は、時を待つだけ。ね)
難しい顔をするエリー。
その心で覚悟が決まる中、あっという間にその時はやって来た。
それは船に乗って、サッド家の領地へ行く日。
そして、その日は襲撃を受ける日でもあった。
エリーたちは馬車に乗って港へ。
そこには、サッド家公爵の姿があった。
「お久しぶりでございます。公爵様」
「来たか」
腕を組んで仁王立ちしたサッド家公爵が言った。
真剣な表情をしているが、頬がヒクヒクしている。
ここでエリーを潰せると思っていて喜んでいるのだ。
エリーは冷めた目でその顔を見る。
(この程度も隠せないなんて、この前は少し評価したんだけどね)
エリーは少し公爵に失望した。
だが、公爵が喜ぶのも仕方が無いのだ。
なぜなら、彼らにとってエリーは、自分たちの支持を奪い、金を奪い、人を奪っていく、今まで出会ってきた中で最悪の敵なのだから。
「それでは、早速船に乗ってくれ」
サッド家公爵はそう言って、船へと誘導する。
エリーは意を決して、船へ1歩を踏み出した。
数十分後。
エリーを襲撃するメンバーは、船が通る予定の場所に着々と集まってきていた。
「予定では、あと数十分後に来ることになっていやす」
「よし!それなら全員間に合うだろうな。ま、全員いなくても余裕かも知れねぇけどよぉ」
「ガハハハッ!その通りだなぁ!」
柄の悪そうな見た目をした男たちが笑う。
その誰もが、計画の失敗など考えていなかった。
男たちは少しずつ加わってくる仲間を迎えながら、編成を組んでいく。
まだ到着時間まで30分もあって、心が完全に油断していた。
そんなときに、
「た、大変です!船影が見えました!!」
見張りをしていたモノが慌てた声を上げる。
集まっていたモノたちにもその報告は寝耳に水であり、
「お、おい!どういうことだ!?」
「予定と違うじゃないか!」
「くそ!まだ全員そろってないんだぞ!」
大混乱。
しかし、今更引くわけにもいかず、
「くそ!仕方ない!やるぞ!!」
「「「うおぉぉぉ!!!」」」
予定していたより早く船が来た。
その所為で、まだメンバーはそろっていなかった。
襲撃メンバーは、仕方なく今いるメンバーで襲撃を行うことにする。
総員が少ないし陣形も整えきれていないとは言え、相手の船よりは数が圧倒的に多い。
それに、船を操っているのはサッド家のモノたちだ。
味方であるので、たいした抵抗をすることはないだろうと盗賊たちは考える。
「よし!囲めぇぇ!!」
盗賊たちの船が、相手の船を取り囲む。
エリーたちが乗っているだろう船は5隻。
その5隻が警戒してか、ぶつからない程度に固まった。
こうなれば逃げられることもないだろうと盗賊たちは思い、叫ぶ。
「ひゃっはぁぁぁ!!!首を寄こしやがれぇぇ!!!」
「うひゃひゃひゃ!!!!」
盗賊たちが叫ぶと、5隻の船から小さな悲鳴が聞こえた気がした。
それを聞き、盗賊たちは黒い笑みを浮かべる。
愚かな小娘に、現実という物を教えてやろう、と。
「「「うおおぉぉぉ!!!」」」
襲撃メンバーが声を上げると、それに併せて船がエリーが乗っているであろう船に近づく。
そこで1隻が、少し速度を上げた。
「俺たちが1番乗りだぜぇ!!」
マストにいるモノが叫ぶ。かなりの興奮が見え、獲物への到着を今か今かと待ち望んでいる様子であった。
だが、その直後だった。
ポンッ!
という音とともに、5隻の内の1隻から、光の球が打ち出された。
その球は放物線を描きながら、速度を上げて近づいていた船に当たる。
すると、
ドォォォォンンッ!!!!
という、けたたましい爆発音と共に、船が爆散。
「……は?」
「え?」
他の船に乗っていたモノたちは、唖然とした表情になる。
しかし、時間は待ってくれない。
また、ポン!と音がした。
「よ、避けろぉぉぉ!!!!!」




