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9 プレイヤー


 異世界転生した先輩主人公たちは、どういうわけか転生者であることをひた隠しにする。

 理由はいろいろだが、一番は保身だろう。

 中世ヨーロッパでは、魔女と疑われただけで焼き殺されたと聞く。

 周りから少しでも変だとみなされたら、ジ・エンド。

 個性が死刑となる恐ろしい時代が実際にあったのだ。


 俺が今いるここはどうだろう?

 愛しているゲームの世界だからこそ、考えたこともなかった。

 考えないようにしていた。

 この世界のおぞましい一面について。


 確実に言えることがひとつだけある。

 それは、この世界にはセーブポイントが存在しないってことだ。


「どうなの? プレイヤーなんでしょ」


 猫耳少女は影のある笑みを浮かべている。

 その目にあるのは確信だった。

 全身の毛穴から汗が噴き出すのを感じながら、俺は考える。

 転生者プレイヤーだとバレたらどうなるのだろう。

 俺は異端者どころか異界者だ。

 裁判抜きで即死刑なんてこともありえる。

 十字に架けられて火炙りだ。


 俺にはそれなりの火耐性があるから、焚き火を座布団にしても燃えるのは服だけ。

 火刑では死なない。

 燃やされても燃えない男。

 そんなもん悪魔だ。

 よって、俺は死刑!


 今度は断頭台に上げられる。

 並みのギロチンでは俺の斬撃耐性と防御力を突破できない。

 俺はギロチンでも死なない男。

 そんなもん悪魔だ。

 よって、俺は死刑!


 今度は絞首刑だ。

 どうせ死なない。

 ハイ、悪魔確定。

 よって、俺は死刑!

 永遠に死刑。

 最悪だ。

 ノーダメだとしても心には傷がつく。


「ええいッ!」


「わ!? ――え、きゃああああ!?」


 俺は猫耳少女を肩に担ぎ上げた。

 人で賑わう塔前広場を矢のごとく突っ切り、近くの屋根に駆け上がる。


「な、何すんのよ!?」


 ぽかぽかと頭を叩かれるので下ろしてやる。


「人前でできる話ではないからな」


 俺は声を殺し、恐る恐る少女に尋ねる。


「……欲しいのは金か?」


 死刑の無限ループか、金か。

 考えるまでもない。

 それに、猫耳美少女になら金ヅルにされるのも悪くない気がする。

 懸命に働いても稼ぎの大半は税金として取り上げられ、知らないジジババの飯代オムツ代になる前世。

 それを思えば、猫耳美少女に納税できるこの状況はむしろ歓喜にさえ値するのではなかろうか。


「どんな想像してんのよ……!」


 あきれ果てた少女がため息まじりに白い目で射抜いてくる。


「命の恩人に仇で返すわけないでしょ。それに、私もプレイヤーよ!」


「え、お前も転生者なのか!?」


 衝撃のカミングアウトだ。

 俺みたいなのがそのへんにポンポンいるとは思えないが。


「転生者ってなによ。私はまだ死んでないわ。それに、ここはゲームの世界なんだから、プレイヤーと呼ぶのが妥当よ。改めなさい」


「おう、改める改める。悔い改めるから教えてくれ。どうして俺をプレイヤーだと思ったんだ?」


「ち、近いわよ、ちょ……」


 ゲーマーあるあるだ。

 我々は情報に飢えている。

 自分が知らない情報をほかのプレイヤーが知っている――。

 この状況がどうしても許せない。

 なので、俺はグイグイ詰めていく。

 屋根の縁はすぐそこ。

 地面は遠い。

 いつの間にか攻守が交替していた。


「あ、あなたをプレイヤーだと判断する根拠はいろいろあるわ!」


「うん。1つ目は?」


「強いことよ。プレイヤーはみんなそう。この世界の住人とは明らかにレベル帯が違うの」


「2つ目」


「う……。そ、そもそもレベルという概念自体、プレイヤーにしかないのよ。あなたのプレイヤーレベル、300なんでしょ?」


「みーっつ」


 俺は少女の華奢な肩に手をかけた。

 ちょっと揺さぶる。

 すると、――がぶっガブッ。

 ダブルで噛まれた。

 ツインケティがシャアアアアとうなる。


「ご主人を害する者は誰であれ許さないですニャ!」


「ごしゅ……がい、ゆるさニャニャニャイ!」


 俺は不承不承ながら手を引っ込めた。

 代わりに、財布を出す。


「金はやる。情報くれ。ね? ちょっとでいいから」


「いらないわよ。身の危険を感じるもの。それと、『ね?』の響きにも狂気を感じたわ。二度と言わないように」


「いや、申し訳ない」


 これだからゲーマーは……、とドン引きの構えを見せる少女に、俺は心のキーボードで謝罪の顔文字を送った。


「なにより、あなたの頭の上のそれよ」


「っ?」


「自分自身では見えないでしょうけど、あなたの頭上……そうね、天使なら輪っかがある位置に、プレイヤーネームが出ているのよ」


「そうなのか!?」


 まったく気づかなかった。

 魔女が「魔女です」と書かれた服を着て歩いていたようなものだ。

 もう燃やされちまえ、そんなアホ。


「プレイヤーを見つめて目を凝らせば、名前が見えるのよ」


「お前の頭の上には輪っかがないな。堕天使なのか?」


 俺は少女の頭上を見て顔をしかめる。

 黄色い青空があるだけだった。


「私は秘匿しているの。メニュー画面から公開設定をいじればいいわ」


 やってみた。

《プレイヤー情報を公開する》を《非公開にする》に変えるだけの簡単作業で、開きっぱなしだった俺の社会の窓は閉ざされた。

 これでよし、と。


「何もかも知り尽くしている気になっていたが、仕様が変わった点はさっぱりだ。教えてくれて助かった」


 やはり、ほかのプレイヤーと関わることが上達の早道だな、と改めて思う。


「少しでも恩返しできたなら、私も嬉しいわ」


 風にそよぐ黒髪を耳にかき上げ、少女は微笑んだ。

 ケモ耳とヒト耳が共存するという事実にも、俺はこっそり驚いた。


「私としたことが、自己紹介がまだだったわ」


 通り名なら教えてあげる、とイタズラっ子の笑みを浮かべ、少女はツインケティを胸に抱いた。


「私はネコカ。猫を飼っているから、ネコカよ」


「猫をかぶってるから、じゃないんだな」


「あら、面白い」


「いや、なんでもないです……」


 俺のほうはもう知られているだろうが、名乗られたら名乗り返すのが剣士である。


「俺はケンゾー。本名のもじりで、このデータは3周目だからケンゾーな。戒名はムノウだ」


「戒名ってなによ……」


「自分を戒める名だな。どっちで呼んでくれてもいい」


「……じゃあ、け、ケンゾーで」


 気恥ずかしそうに頬をぽりぽりするネコカがカワイイ。


「ケンゾー様、ニャたくしたちのことはスマホとお呼びくださいニャ!」


「ニャーら、スにゃホニャ!」


 ツインケティが名乗りを上げる。

 俺はフクロウくらい首をかしげた。


「ネコカ、お前、使い魔にスマホって名付けたのか?」


「そうよ。悪い? 私、現代いまっ子だから、スマホがない生活とか耐えられないの。だから、傍らに常にスマホを置くことにしたのよ。このスマホ、柔らかくてモフモフで、抱くとあったかくて、おまけに可愛くて強いし、すごく気に入っているのよね」


「ご主人に気に入られて嬉しいですニャ!」


「ごす……気にラれれれ嬉しれすニャ!」


「ちなみに、賢いほうがスーマで、アホなほうがマーホよ。二人合わせてスマホね」


「ニャたくしがスーマですニャ。ケンゾー様、よろしくお願いいたしますニャ!」


「ニャーがアホですニャ。ケンニョ、よろしくおニャニャいニャ。んはー」


 右頭スーマは慇懃に一礼し、左頭マーホは白目を剥いて舌をこぼす。

 可愛さならアホの子のほうが上だな、と思いつつ、俺も「んはー」と返事しておいた。


「さて」


 俺はネコカの肩をむんずと掴んだ。

 そのまま屋根の縁に押しやる。


「知っている情報を全部吐け」


「スマホ、この痴漢に水雷ブレス!」


「了解ですニャ!」


「りょニャ!」


「「――ニャアアアアアアッッ!!」」


 はぎゃああああああ、と俺のオーバーリアクションが黄土色の街に響き渡った。

 それはそうと、知っていることを全部教えてくれ。


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