8 黒猫少女
黒髪をたなびかせ、駆けてくる猫耳少女。
その肩には双頭の愛くるしい小動物が揺られている。
猫精霊ツインケティだった。
「あなた、やっと見つけたわ……!」
ぜえぜえと肩で息をし、少女はキッと俺を見上げる。
「んえ、おう」
などと俺がキョドったのは、この子の美少女っぷりが主因だ。
アニメのヒロインをそのまま三次元に落とし込んだような、現実離れした可愛さがある。
副因としては、眼力が挙げられる。
金の縦割れを持つ、黒真珠の目。
負けん気の強そうなその目の奥の奥、そこに、ほかの人にはない熱と光を感じた。
……気がする。
この感覚をなんと説明すればいいだろう。
CPUだと思って舐めてかかった対戦相手が、プレイヤーだったときの焦りに少し似ているかもしれない。
「私のこと、覚えているわよね!?」
もちろんだ、と俺は頷く。
「窮地の美少女のもとに颯爽と駆けつけてその命を救うという、男なら一度は夢想する白馬の王子様展開の、『窮地の美少女』役の子だろ? 忘れるわけがない」
「尋常じゃない覚え方してるわね……」
話しかけるんじゃなかったわ、と少女は3歩下がった。
猫も肩の上でダブル・イカ耳シャアアア!
「あいや、すまない。俺、女子と話すときはややフザケ気味になる傾向があるんだ。照れ隠しで。根は真面目だ。この通り、ちゃんと服も着ている」
「真面目の基準、だいぶゆるいわね。とかツッコむのも嫌だから、おのれを律しなさい。なんぴとも私の前では心のコルセットを締めるべきなのよ。いい?」
小さなヒップを後方に突き出し、前かがみで人差し指を突き付ける少女。
レイピア使いっぽく見えた。
俺は腹を引っ込め、コルセットの代わりにベルトの穴をひとつキツくする。
「結構!」
少女はにっこり頷いた。
猫もシャアアアをやめる。
なお、イカ耳は継続の模様。
双頭イカ耳なので不穏な感じに拍車がかかっている。
「俺を捜していた口振りだが」
「ええ。あなた、何かと噂の人物みたいだから、目撃情報だけはたくさんあるのよね。でも、通報を受けて現場に駆けつけても犯人は立ち去った後って感じだったわ」
「ああ。俺、屋根とか走るしな」
「なんでよ……!?」
ゲーマーはとにかく時間を惜しむ。
最短ルートで高速周回したがる。
1周でも多く、1秒でも早く。
それが信条だ。
こうしている今もダンジョンの方角に足を向けている。
方向転換に必要なコンマ1秒を節約するためのテクだ。
これだって1000回積み重ねれば100秒の時短になる。
それだけあれば、俺は70階層クラスの階層主を2度は討伐できる。
「まあ、なんでもいいわ」
少女は息を整え、居住まいを正した。
面と向かって見つめられると、告白でもされるんじゃないか、と妙な期待をしてしまう。
雑踏の喧騒が遠くへ行った気がした。
「あなたを捜していたのはお礼を言いたかったからよ。危ないところを助けてもらったのに、言えずじまいだったから」
「ずいぶんとマナーがいいな。チャット欄に『b』と1字打ち込んでくれたら、俺はそれで満足だぞ?」
「ダメよ、そんなの。人として」
俺が立てた親指を、少女はポキリとへし折った。
手の柔らかさにドキリとする。
「そ、その……」
少女は少し顔を赤らめ、もじもじ……。
落ち着きなく三角耳をぴょんぴょこさせ、上目遣いに言った。
「ありがとう」
俺は玉座の間みたいにかしこまった。
その尊い響きを全霊で受け止める。
「どういたしまして」
ツインケティのイカ耳が解除され、これにて一件落着。
「さて!」
俺はひとっ跳びで屋根に上がった。
そのまま旋風の勢いで塔を目指す。
「ありがとう、か」
素敵な言葉だ。
有り難し――すなわち、「有り得ないほど珍しい出来事」を貴重に思う心から、転じて謝意を表す意味になった言葉。
猫耳美少女に面と向かって感謝されるなんて、まさしく有り難い出来事だ。
滅多にないからこそ、嬉しさもひとしおだ。
「ま、待ちなさいよぉ……!」
呼び止められて、オベリスク前広場で足を止める。
しばらくして、少女が青息吐息で追いついてきた。
スタミナ切れで《疲労》状態だ。
「と、突然立ち去るなんて……! あ、あなた、何考えてんのよ!?」
「ありがとうの語源を……」
「なんの話よ!?」
「いや、なんでもない」
話の要点を聞き終えたら、あとの会話は連打で流して、さようなら。
ゲーマーの悪い癖が出てしまった。
彼女はまだ俺に用があるらしい。
会話中の赤文字を読み飛ばしてしまい、結局もう一度話しかけるハメになるのもゲーマーあるあるだ。
「あなた、どんな脚力してるの? 速すぎでしょ」
「こんな脚力だな」
垂直に飛ぶ。
空が近づいた。
そして、大地が遠のく。
数十メートル下に人で賑わう広場が見えた。
「シュタッ、と!」
「しゅたっとじゃないわよ! 猫獣人の動体視力でも残像しか見えなかったわ……」
「OK。なるべくじっとするように心がけよう」
俺は新兵のごとく気をつけする。
「あなたって本当にすごいのね。レベルを訊いてもいいかしら?」
「普通に300だが?」
漆黒の猫目がキラッと不敵に光った。
俺は失言を悟って、ごくりと喉を鳴らす。
「へえ、そうなの」
縦割れの瞳孔が裂けながら凄みを増していく。
虎に吼えられた気分だった。
「あなた、プレイヤーでしょ?」
少女はまばたきもせず、そう言った。
突然のメタ発言――。
俺は戸惑いを声にして漏らした。
「むぉん……」




