7 ゲーマーはたまにイジケる
ふと思うことがある。
ゲームを一番楽しんでいるのはニワカ勢ではないか、と。
彼らはへたくそだ。
ゲームの幽玄の間たる「やり込み」に至れず、その遥か手前の庭をキャンキャン駆け回る愚かしい犬にすぎない。
でも、楽しそうだ。
仲間と一緒にキャッキャわいわい。
弾ける笑顔がそこにある。
一方、俺たちガチ勢はどうだ?
深淵の叡智へと迫る賢者のごとき実感はたしかにある。
天頂の栄光に指先が触れる手応えも。
だが、隣には誰もいない。
暗い部屋でいつも一人。
背中を丸め、カチカチと音を立てている。
時折、不気味な叫びを上げながら。
孤高だ。
孤独と言い換えてもいい。
俺たちはエベレストにいる。
9合目のあたりで藻掻いている。
一人しか立つことを許されぬ頂を目指して。
ここは恐ろしく寒く、暗い場所だ。
青空だって黒い。
自分を引きずり下ろす見えない影に怯えながらひたすら数値を上げ、ランクという虚構にしがみつく。
そこにも喜びはある。
だが、やはり孤独だ。
ゲームにかけた熱量は、温度差となって他者との溝を広げる。
研ぎ澄まし磨き上げた技量は、実力差となって人を拒む。
勝つために築き上げた鉄壁のロジックは、誰にも理解されない言葉の壁だ。
俺は熱く、俺は巧みで、俺は賢く、そして、寂しい。
この興奮を、この喜びを、沸き立つ血を、手の震えを、誰にもわかってもらえない。
ゲーマーは孤独の地獄を歩む刑に処されている。
「あほー!」
とカラスが鳴いた。
俺は一瞬でカラスに肉薄。
その雁首引っ掴んで、
「うるせえ!」
と怒鳴った。
屋根の上に降り立った俺を、下の通りでアホ面どもが見上げている。
どうすれば、俺はあちらに行けたのだろう。
衆愚を見下す俺は、世間じゃ孤独な変人だ。
『出ていってくれ、ムノウ。お前は有能すぎる。オレたちはふさわしくない』
頭の中でその声が永遠のように響いている。
それが世界の音だから鳴りやんでくれないのだろうか。
俺はゲームが上手くて強い。
タッパーたちは下手で弱い。
だから、一緒にはいられない。
差があれば、隔てる。
それがゲームの世界の真理なら、俺は少し悲しい。
トマトみたいな夕日が黄金の地平に消えていった。
砂漠の星空は糞みたいだった。
糞美しい。
そして、糞寒い。
見とれているうちに朝が来た。
俺はベッドにしていた屋根に立ち、伸びをして朝日を浴びた。
なんだかんだ言って、またゲームがしたい気分だった。
ゲーマーはゲームをやめられない。
たとえ孤独であろうとも。
これもまた真理だ。
街が朝日を浴びて動き出すように、俺たちもまたコントローラーに向かう。
ゲームするために。
「やるか!」
俺は意気揚々と塔を目指す。
たまにはスネてみるものだ。
さんざんイジケて最後にゲームが残ったら、俺にとってはそれが答えだ。
一人でもみんなでも楽しい。
それがゲームなのさ。
そういうわけで、その日から俺は起きている時間のすべてを塔内で過ごすようになった。
全100層からなるオベリスク。
上へ上へというのがプレイヤー心理ではあるが、俺という人間は宗教上、すべてのマップを埋めなければ次の階層に進めない。
取りこぼしがあると損した気分になる。
宗教というか性分だが、それを正しいと信じているから信念でもある。
世間的には執着だ。
岩の裏にも何か隠しアイテムが設置されている気がして、全部ひっくり返さずにはいられない。
とにかく、やることが尽きない。
朝は東でドラゴンを殴り、昼は南で遺物を探し、夜は西で鉱物採掘。
北の森は明日、更地にする予定だ。
強い魔物は全部倒す。
弱い魔物も全部倒す。
アイテムは根こそぎ収集。
そうして、何もなくなったマップを見て初めて次に進める。
すべて吸い尽くさずにはいられない。
俺が吸血鬼でなくてよかった。
美女がカピカピの吸い殻にならずにすむ。
周囲の感想はこうだ。
「あいつ、怖えよ。一晩中、岩という岩をひっくり返してやがんだ。木も全部登って虫、ポケットに突っ込んでニヤついてやがった……」
「でも、これがすげえのよ。レアアイテムばんばん見つけ出して、あいつの後には何も残ってねえ」
「知ってっか? あいつ、悲鳴聞くと秒で駆けつけて、どんな魔物も一瞬で消し炭にすんだぜ!」
「あたし、トロールの群れを素手でノシてるの見たわ! ワンパンよ、ワンパン!」
「マジでなんであいつ、無能呼ばわりされてんだ? 命名者、誰だよ。見る目ザコか!?」
「無敵の討ち手、略してムノウって話もある」
「そういやタッパーの奴、ムノウを追放したってよ。馬鹿か、あいつ」
「頭パー、略してタッパーって話もある」
俺のせいでタッパーが風評被害に遭っていた。
面目ない。
ともかく、この数日でヒィロポリスにおける俺の評価は固まりつつあった。
パーティーを組もうとも思ったが、やはり難しいようだ。
この世界の冒険者の平均レベルは15といったところ。
一方、俺は300。
身長でたとえるなら、3メートルと15センチ。
手を繋いで歩くには致命的な差だ。
よって、俺は今日も一人で塔へと赴く。
きっと1年後も10年後も同じことをしているだろう。
それでも俺は声を大にして言う。
ゲームが大好きだ、と。
「ちょっと、あなた!」
「ん?」
背中を呼び止められ、俺は振り返る。
人を掻き分けやってくる、弾む猫耳がチラリと見えた。




