6 有能の功罪
猫耳美少女(安眠中)を背負い、頭には双頭の黒猫を乗せ、俺はダンジョンを爆走する。
Lv.300にもなると、両手が塞がっていても怖いものなしだった。
ただ突っ走る。
それだけでモンスターも罠も消し飛んでいく。
振り返ると、今来た道が赤かった。
「……」
「ニャー」
「ニャーン」
「よしッ!」
見なかったことにして、俺はまた突っ走る。
◇
ダンジョンから矢の勢いで飛び出して、冒険者ギルドに猫耳少女を担ぎ込む。
「本人だ!」
と力こぶで健在をアピールすると、受付嬢が苦笑気味に捜索願を取り下げてくれた。
せっかくなので、すぐにでもクエストを受注して再度ダンジョンに飛び込みたいところだが、そこはグッと我慢。
ギルドを出、俺はその足で菓子屋を探した。
一番人気の店で一番高価なスイーツを購入。
菓子折りの準備よし。
あと必要なのは頭を下げる心の準備だけだ。
「暑いな……。いや、熱い……」
迷宮都市ヒィロポリス。
砂漠地帯のド真ん中にあるこの町はどこもかしこも黄土色。
吹く風からは乾いた砂と熱の匂いがした。
多湿で四季の彩りに恵まれた俺の故郷とは似ても似つかない場所。
なのに、無性に懐かしい。
見上げれば、黄色く霞んだ青空を黒い影が両断している。
大地を刺す串のような、高くそびえる黒の巨塔。
あれぞヒィロポリスを迷宮都市たらしめる富の源泉にして、最大の試練。
塔のダンジョン《王鐘宮》だ。
全100層からなる塔を完全踏破し、その頂に至る。
それが『オベリスク』シリーズに共通する至上命題だ。
当然、俺は全クリ済み。
頂上から見晴らす圧巻の景色はもう何度も見ている。
しかし、この世界ではまだ未達成らしい。
ゲームクリアしたプレイヤーには、プレイヤーネームの横に王冠のアイコンが表示される。
それがなくなっているということは、もう一度挑みに来いってことだ。
俺は雲の上に突き抜けたオベリスクを見上げた。
愛しているゲームをまた最初から始められる。
それも圧倒的なスケールと臨場感で。
こんなに嬉しいことはない。
「さて」
上を見た後は、下を見てバランスを取るか。
◇
冒険者の拠点が軒を連ねる東区・外縁。
タッパーたちのパーティーは銀傑級で、冒険者としては中の上。
表通りに近い、なかなかの立地に居を構えている。
このへんは多少の見栄もあったりするのだろう。
ゲームの設定にはなかったが、冒険者のホームに直接依頼を持ち込む町人や商人も多い。
店構えは心構えだ。
砂っぽい建物の前で干からびた植木鉢に水をやっている長身の男がいる。
パーティーリーダーのタッパーだ。
俺を見るとホッとした様子で頬を緩めた。
が、すぐに険しく改め、何しに来やがった疫病神、という顔になる。
ああ、たしかに、昔の俺は無能な働き者だった。
一挙手一投足から吐く息のひとつまで、すべてで迷惑をかけた。
だが、今は違う。
「タッパー。俺、心を入れ替えたんだ。かけた迷惑の分だけでいい、返させてくれないか?」
「そんなにすぐ人が変わるものか」
と言ったタッパーが少し眉を歪める。
「……お前、本当にムノウか? 何かひと回り大きくなったような」
「男児3日会わざればだ」
「1日と経ってないだろ。何があった?」
「男児ってすごいな! さあ、サクッと償わせてくれ!」
俺は熱意を行動で示すべく、火の印を結んだ。
目いっぱいに息を吸い込む。
太ったマダムみたいに胸を膨らませ、一気に吐く。
ヴォオオオオオオオ、と。
昇龍を思わせる火柱が空に立った。
あたりが騒然とする。
「熱意は伝わったと思う」
「いや、伝わったのは熱波だよ! 熱っつ……。はた迷惑な。すごいのはわかったから、ここでファイヤーするな! みんな見てるだろ!」
「本当に申し訳ない! それとこれ、つまらないものだが」
「お、おう……」
菓子折りの包装を見たタッパーはわかりやすく目の色を変えた。
「黒塔屋の《ピラミディオン・ケーキ》……!」
オベリスクの頂にあるという《天晶閣》を模した最高級チーズケーキ。
本来は、誰に対してもノーしか言わない気難しいドワーフ鍛冶師からイエスを引き出すためのキーアイテムだ。
町一番の頑固者を懐柔しうる絶品スイーツが今、タッパーの顔を下から照らしていた。
燦然とな。
「ムノウのくせに気が利くとは。じゅるる……。お前、本当に変わったな。ダンジョンは人を変えるというが、あれは本当だるる……。これを持ち寄られると茶の一杯でも出さないわけにはいかじゅるる」
タッパーは口を拭ってホームを覗き込んだ。
「アカゲ、ドチビ、上客用の茶を出してくれ」
◇
こうして、無事、パーティー復帰を果たした俺。
翌日にはダンジョンにいた。
「今日は生まれ変わった俺を見てもらいたい!」
イノシシのように鼻息を荒げる俺の前に、もっと鼻息の荒い奴が現れた。
山のような巨体を誇り、石柱の棍棒を引きずるそれは《重鈍鬼》ことトロール。
攻略推奨Lv.3の第1階層にいてはいけない、Lv.15相当のモンスターだ。
歩いて逃げられるほどノロマと巷では侮られがち。
しかし、その巨体から繰り出される石柱攻撃は序盤屈指の破壊力だ。
3人の横顔が引き締まった。
「よし、ここは俺に任せろ!」
「本当にお前なんかで大丈夫なのか、ムノウ……」
胡乱な面持ちの仲間たちを尻目に、俺は高速で結印、力に満ちた手で大地を突いた。
「土遁大術《地龍大動隆槍》――!」
地の底から茶色い高層ビルが現れた。
高い天井の彼方までトロールをカチ上げ、そのまま押し潰す。
血のスプリンクラーが作動した。
タッパーの感想はこうだ。
「ん!? お……、ん……!?」
第2階層では巨大なアリの群れが黒い波となって押し寄せてきた。
「俺に任せろ!」
半信半疑の3人をバックに、俺はかっこよくパーを構える。
「――《聖銀凍界》!」
氷魔法を行使。
瞬きのうちに、見渡す限り一面銀世界に変わった。
アリのオブジェが生きていた頃の躍動感そのままに時を止めている。
パーティーの紅一点、魔術師アカゲの感想はこうだ。
「せ、聖域魔法を、無詠唱……!?」
第3階層の洞窟地帯では、三ツ首のトカゲが緋色のブレスを吐きかけてきた。
「緋毒偽竜……!?」
「なんでよ!? 縄張りからは離れているのに……」
「みんな息を止めろ! 毒ブレスだ!」
と叫ぶタッパーの横で俺は「任せろ!」と剣を振り上げ、
「奥義《一刀掃覇》――!」
突風と閃光。
洞窟が縦に割れた。
斬撃はヒドラギドラを両断し、硬い岩盤を突き抜けて遠雷のような音を長く轟かせた。
まるですぐ頭上を戦闘機が通り過ぎたみたいだった。
ダンジョンが震度3で揺れる。
余波で吹っ飛んだ《シーフ》ドチビの感想はこうだ。
「ぎゃあああああああああああああ!」
その日、俺は持ちうるすべてを発揮して、3人を第8階層までキャリーした。
「こんなところまで来たのは初めてだ。ムノウ、お前のおかげだ」
歓喜するタッパーを見て、俺は心の中でガッツポーズする。
だから、ダンジョンから帰って即こう言われたときは地面が抜けたかと思った。
「出ていってくれ、ムノウ。お前は有能すぎる。オレたちはふさわしくない」
気づけば、俺はたった一人で夕日の中に立っていた。
カラスが鳴いた。
「カァー!」
俺も泣いた。
「くわぁああ……」




