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5 助太刀は雷鳴とともに


 悲鳴が聞こえた瞬間、ワクワクして駆け出した俺はそこそこ性格が終わっている。

 だが、分類としては有能な働き者だ。

 Lv.300のカンスト・プレイヤーが駆けつければ、悲鳴の主も嬉しかろう。

 美少女だと俺も嬉しい。


 第4階層《四彩の沼原》――。

 東西南北に4種の沼地を持つ湿潤なマップ。

 アジ型の俺はスピードが自慢だが、それでも沼地には手こずらされる。

 足にまとわりつく泥と、重い水。

 スタミナゲージがぐいぐい削られていく。

 生い茂った葦で前も見えない。


 こんなときゲームなら……。


 この思考をリアルでやっても事態が解決することは稀。

 だが、ここはゲームの世界。

 俺はさっそく名案を思い付き、素早く水の印を結んだ。


「水遁《難波走り》――!」


 足の裏の感触がコンクリートに変わった。

 体がぐんと前に押し出される。

 俺は水面を疾走していた。

 人間水上バイクだ。

 葦がびゅんびゅん後方に流れていく。

 顔に当たる水しぶきが気持ちいい。

 でも、もっと痛快な移動法がある。


《翡翠沼》は薬草系アイテムが豊富だ。

 その成分が水に溶け出して翡翠色の結晶石をあちこちに作り出している。

 俺はそのひとつを勢いよく踏み切った。


「せあッ!」


 カッ跳ぶ。

 Lv.300の脚力で。

 30メートルくらい飛んだので割とビビりつつ、風の印。


「風遁《武者去飛ムササビの術》――!」


 ローブがぶわりと膨らみ、体が軽くなる。

 俺はムササビになっていた。

 ローブを凧にして滑空する。


「ああ、たまらん……!」


 感無量!

 一度でいいから、こうやってナマで飛んでみたかったのだ。


「ふぉおおおおおおおおおお!!」


 と全然忍ばない忍者――俺。

 いちおう有能を自負しているので、ちゃんとやることはやる。

 眼下にモンスターの群れを見つけた。

 巨大なカエル、《纏泥蝦蟇マドロガーマ》。

 その真ん中に人影がある。

 少女だ。

 戦闘中。


「よし!」


 と、かっこよく助太刀に入ろうとしたところで、割り込みはマナー違反なのを思い出す。

 よって、俺は、滑空中に意気込むも結局何もしない奇人となって上空をフライパスした。

 軽く妖怪だ。

 顔が熱い。


 ともかく、しばし様子見だ。

 俺は輝く結晶の上に音もなく舞い降りた。


 少し離れたところに緋色の霧で霞んだ沼地が見える。

 第4階層・東エリア《緋焼ひやけ沼》。


「ここでマドロガーマに囲まれているということは、……あのパターンか」


 かつて俺も引っかかった恐ろしき罠。

 あれをリアルで体験しているとしたら、あの少女の心境や、いかに。


「なんで通らないの……!」


 怒声とも悲鳴ともつかない上ずった声。

 少女は頭に魅惑の三角形――ケモ耳を載せていた。

《猫獣人》の種族クラスだ。


「水雷ブレスをお願いッ!」


「ふにゃああ!」


「にゃふぅん!」


 肩から黒い影が飛び出し、青と黄の閃光を放つ。

 双頭の黒い猫。

 猫精霊ケットシー――その中でも稀少な《双頭種ツインケティ》だ。

 獣人のクラス権限で使い魔にしているのだろう。


 二色の閃光がマドロガーマの顔をなでる。

 俺はカエルの面に小便という言葉を思い出した。

 つまり、まったく効果なし。

 ツインケティの水雷ブレスはメジャーな型だ。

 水ブレスで《濡れ》状態にして雷耐性を低下、続く雷ブレスでダメージを稼ぎつつ《麻痺》を狙う。


 しかし、相手が悪い。

纏泥蝦蟇マドロガーマ》は体にまとった泥で耐魔力を上げている。

 魔法ダメージは9割近くカットされる。


「どうして効かないのよ……!」


 かつては俺も同じ悲鳴を上げた。

 マドロガーマは序盤のトラウマ・モンスター5指に入る難敵だ。

 初見で魔法寄り構成だと、まず詰む。


「やっぱり緋毒をもらっているな……」


 ホットパンツから伸びる白磁の脚が緋色の泥で汚れている。

 さっきまで《緋焼沼》にいたのだろう。

 あそこには猛毒を使う魔物《緋毒偽竜ヒドラギドラ》がいる。


 毒の沼地も厄介だ。

 うっかり足を突っ込むと《毒》になる。

 歩数毒と時間毒を同時にもらうと、上位冒険者でも削り殺されることがある。


 東沼のヒドラギドラと南沼のマドロガーマ。

 この2種はおたがい天敵同士だ。

 顔を合わせると縄張り争いを始める。

 困ったことにマドロガーマは目が悪い。

 緋毒を浴びたプレイヤーを匂いでヒドラギドラと誤認し、猛然と襲い掛かってくる。

 そして、ここに恐ろしき罠が成立する。


「ごくり……」


 俺は昔味わった地獄を思い出してそうつぶやく。

 あの日、俺は《緋焼沼》探索で解毒アイテムを使い果たした。

 重複した数種の毒に蝕まれ、気の早い砂時計のように減りゆくHP。

 ヒドラギドラの猛追を振り切り、自生する毒消し草を求めて命からがら《翡翠沼》に逃げのびると……。

 そこに待っていたのは、耐魔泥の鎧で全身を固めた巨大ガマの大軍だった……。

 マドロガーマは高くした鼻をピクピクと動かし、俺のほうを見た。

 そして、横長の瞳孔に殺意の火が灯る。


 これはそういう罠だ。

 この薬草が群生した《翡翠沼》自体がひとつの巨大な地雷なのだ。


『オベ4』はそこらへん変態的なまでの練り込まれていた

 プレイヤーを陥れることへの異常な執着心。

 キモすぎる、とよくやり玉に挙がっていた。

 あの子も今、身をもってそれを味わっているのだ。


「やあああアッ!」


 少女は茶色く濁った水を蹴る。

 左右の手の先から煌々とした5本爪がそれぞれ伸びている。

 種族ブーストによる高機動ハイ・アジを活かし、《魔爪》を主軸に戦う《双剣士》ビルド。

 左右合わせて10本の爪は葦を焼き斬り、水を瞬時に沸騰させる圧倒的火力。


 それでもだ。

 魔力を束ねた爪である《魔爪》では、マドロガーマには届かない。

《緋毒》による衰弱と《疲労》、足場不良で肝心のスピードも死んでいる。

 爪をもがれ、足を奪われた猫。

 もはや、まな板の上の鯉も同然だった。


 使い魔のほうもこの立地だ。

 巨大ガマの起こす荒波に翻弄され、ずっと犬掻きしながらニャアニャア言っている。

 可愛い。

 それだけだ。


「……ぁ」


 少女の口から小さな、そして、絶望的な声が漏れた。

 輝く爪がガラスのように砕けていた。

 水掻きのついた巨大な前足が振り上げられる。


「お母さん……!」


 少女の悲鳴が俺に鞭を入れた。

 今度こそ、よし!



「秘剣《鳴神ナルカミ》――!」



 雷鳴が沼地に轟いた。

 大跳躍・大上段からの縦一閃高速落下攻撃。

 地面に大クレーターを穿つ大技が翡翠の水柱を立ち上げた。

 THE見掛け倒し。

 後隙がデカすぎて、決して実戦向きの剣技ではない。

 しかし、それがいい。

 魅せプとはそういうものなのだ。


 俺は風のごとき剣技でガマの群れを一掃した。

 図らずも風神雷神っぽさがある。


「君のママじゃないが、助けにきたぞ」


 肩に剣をトントンしながら振り返る。

 泥の中で尻もちをつく少女が大きな目をぱちくりした。

 少し意思の強そうな、それでいて手折られた花のような、儚げな美少女。

 おまけに猫耳まで生えている。

 窮地の美少女を救うのはゲーマーのみならず、全男の憧れるシチュ。

 俺はもう満足。

 お腹いっぱいだ。

 ここでHPが尽きても俺はそう言って死ねるだろう。


「パ、パ……」


 少女はそれだけ言って、――かくり。

 沼に沈んでいく。

 待て待て待て……。

 パパでもないし、ちょっと待て。


「すー、すー……」


 抱き起こすと寝息が聞こえた。

 状態異常《気絶》とも少し違う。

 寝ているが、《睡眠》でもない。

 安心して、意識を手放してしまったらしい。

 これもゲームとの相違点か。


 双頭の黒猫がスイスイ泳いできた。


「助けていただいたこと、主に代わり厚く御礼申し上げますニャ」


「おんれーニャ!」


「うお、しゃべった……。それもダブル」


 そういえば、ケットシーはしゃべる設定だった。

 猫としゃべれる世界か。

『オベ4』、最高すぎる……。


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