4 検証と差異
菓子折り買うにも金は要る。
せっかくのダンジョンだ。
寄り道して帰ることにした。
『ギッギイ!』
と飛び出してきた魔物が、
『……ヴアギ!?』
と肉塊に変わる。
Lv.300はクジラみたいなもんだ。
第3階層という足湯は、今の俺には狭すぎる。
「でも、いちいちグロいな……」
片付け忘れたホースみたいに伸びた腸から汚物の臭いが立ち昇る。
モンスターを倒すと、素材やドロップアイテムが瞬時に収納されていたゲーム時代が懐かしい。
俺はゴブリンの角をむしり取って、血を地面で拭った。
「……こんなもん売れるのか?」
たしか3オベルくらいだったはずだ。
3円。
血まみれの1円玉が3枚落ちていたとして、持ち帰る価値があるか大いに疑問だ。
「ひとつ階層を上げるか」
《剣士》《魔術師》《忍者》のジョブ構成は『剣魔忍』と呼ばれていた。
近接から遠距離まで卒なくこなし、罠対策や隠密行動も可能なオールラウンダー・タイプ。
最大の特徴は弱点がないことと言わしめるほどの安定した構成だ。
駆け出し冒険者なので装備は貧弱。
それでも、下層域でおくれを取ることは万にひとつもないだろう。
「行くか!」
道中、検証もする。
ゲームについては熟知しているが、この世界はある意味リメイク版だ。
据え置き型ゲームがフルダイブ環境で復刻した的な。
旧作の知識のままでいると足元からすくわれかねない。
「メニュー画面はあるな」
ジョブに紐づいたスキルや武技は引き継がれている。
でも、アイテムや装備品、所持金はすっからかん。
血のにじむ努力の末に鍛え上げた愛剣《天鳴剣・逆理》もどこへやらだ。
俺の構成は、武器や魔道具との相乗効果で黄金比へと至る。
後で練り直さないと。
「これは売れるな」
光る石――《光魔水晶》がタケノコみたいに生えている。
俺はできる限りゲームに近い採掘モーションで光魔水晶をもぎ取った。
右手で軽くガッツポーズしつつ、うんと頷き、ウエストポーチに入れる仕草をする。
ゲームだとこれで亜空間に収納されるのだが、
「やっぱダメか……」
手を離すと、水晶は落下。
ぶすっと泥に突き刺さった。
収納される様子、なし。
『オベ4』では、収集したアイテムはいわゆる亜空間ポーチに送られた。
収納量は無限。
武器も防具もポーションもすべてそこに入っていた。
「現実に即して廃止されたか」
改悪すぎる……。
「バグ技とかもないのか?」
一番近い壁に向かって跳び、壁に張り付くコマンドを入れながらタイミングよくジャンプボタンを押すと、二段ジャンプできるバグ技があった。
戦闘でも探索でも基本テクのひとつだったが、これも修正されたらしい。
何もないところで飛んだり跳ねたりするヤベエ奴を地でいく結果に終わってしまった。
便利になった点もある。
魔法だ。
「《下級氷撃》――!」
氷の塊がヒルの魔物を氷像に変えた。
音声認証で発動できるらしい。
装備を《杖》に持ち替えてコマンド入力だったゲーム時代より断然早い。
「忍術は印がいるのか」
ゲームでもキャラはシュパパパパ、と印を結んでいた。
やり込みまくった俺でもさすがに自キャラの手元の動きなんて憶えちゃいない。
なのに、体が勝手に動く。
不思議だ。
絵ヅラ的には3人に分身している俺が一番不思議だが。
スキル一覧には《結印高速化》なる知らない子もいる。
追って、要検証だ。
この検証作業が一番楽しかったりする。
「おっと忘れちゃいけない」
俺は背負っていた鞘を腰にさげ直した。
剣は《背負う》《腰にさげる》の2つのスタイルがある。
背負うと、抜剣攻撃が高威力・ハイリーチの《踏み込み上段斬り》になる。
素人はこれを使いがちだ。
しかし、上級者はみんな腰にさげる。
間合いは狭いが出が早い《居合剣》を繰り出せるからだ。
《パリィ・小》と《魔法切断・中》の効果付き。
攻撃と防御を両立できるのが長所だ。
「本当は反りのある剣がいいんだが……」
まあ、それはおいおい武器屋で悩もう。
また楽しいんだ、これが。
俺はウッキウキでダンジョンを進んだ。
途中、すれ違ったパーティーの何組かに、
「大丈夫だったか、ムノウ?」
「行方不明って話だが、無事みてえだなムノウ」
「よかったわね、ムノウ」
と声をかけられた。
タッパーたちは俺の捜索願を出してくれたらしい。
人のいい連中だと思う。
ただ、《ムノウ》という不名誉極まりない通り名がすでに広まっている点についてのみ、厳重に抗議させてもらいたい。
俺は遺憾砲に意を込めた。
次会ったら撃つ、とメニュー画面のメモ欄に書き込んでおく。
ぬかるんだ洞窟を抜けると、急に視界が開けた。
そこはエメラルド色の水で満ちる沼沢地。
第4階層・南エリア《翡翠沼》だ。
薬草の群生地として知られ、下級ポーション量産のために俺も足繁く通った場所。
青い匂いがした。
「きゃあああああ!」
あと、悲鳴もしている。
それが若い女の声だったので、気づけば俺は風になっていた。




