3 ロードされた最強
『ギアアッ! ギプッゥゥウイ!』
青ゴブリンは狂ったニワトリみたいにバタバタしている。
石斧をぶん回すが、しかし、見えない壁に阻まれて俺には届かない。
風に逆らって進もうとするビニール傘みたいな必死さを、俺は超然と見下ろしていた。
「これ、レベルが上がるときのエフェクトだよな……」
俺の全身から水色と金の光が間欠泉みたいに噴き出している。
レベルアップ時の演出だ。
それも、一気に複数レベル上がったときの、重複した派手なエフェクト。
その光がゴブリンを寄せ付けない。
レベルアップ演出中のプレイヤーは数秒間、無敵状態になる。
大量の爆薬だろうと神域魔法の一斉投射だろうと、システム的に1ミリもダメージは通らない。
そういう仕様だ。
「本当にゲームなんだな、この世界は……」
視界の上のほうに見慣れたゲージが浮かんでいる。
HPバー。
俺の命と言い換えてもいい。
底をつきかけて、赤色で明滅中。
右下には簡易マップもある。
顔を振ると、Nの針も右へ左へ。
ゴブリンの頭上には、小さく上下する逆三角。
ダーゲットマーカーだ。
どれもこれも親の顔より見たUI……。
「うん。間違いなくあのゲームだ」
『オベリスク4 ~砂ノ国の黒き塔~』――。
売上本数・世界累計5700万本!
言わずと知れた冒険RPGの怪物級タイトル!
たとえ地球が滅んでも宇宙史に永遠に刻まれ続けるだろう、不朽の名作!
そして、俺の青春のすべて!
それが『オベ4』である。
「でも、なんでゲームの世界に?」
俺は死んだ。
それはなんとなく憶えている。
そして、何もかも丸っと忘れて、片田舎の僻村でボーっと空を眺めていた。
硬い土を耕しながら。
「学校とメシ以外の時間、すべて注ぎ込んだもんな……」
寝ても覚めても『オベ4』だった。
俺にとってはこっちが現実まである。
ゲームにウエイトを割きすぎた結果、ついに現実の壁を突き破り、ゲーム世界に飛び込んだ。
……という感じだろうか。
トンネル効果的な。
「《ケンゾー》のデータか」
HPバーの根っこにプレイヤーネームが表示されている。
3つあるセーブデータの3番目。
最後にプレイしていたキャラが、この《ケンゾー》だった。
俺は前世の記憶を取り戻した。
それはゲーム風に言えば「セーブデータをロードした」ということ。
記憶と一緒にキャラデータも復元された、と考えると、なんとなくつじつまが合う気がする。
「まさか、一番やり込んだデータを引けるとは」
プレイヤーネームの横には「剣」と「杖」と「手裏剣」のアイコンが並んでいる。
《ケンゾー》はネタや無駄を廃して、ただ勝利のみを追い求めたガチビルドだ。
ジョブ構成は《剣士Lv.100》《魔術師Lv.100》《忍者Lv.100》――。
プレイヤーレベルは当然300。
カンストしている。
今すぐラスボスにカチコミをかけられるステータスだ。
「道理で急にゴブリンが弱そうに見えるはずだ」
『ビャアンギギ……! ギヴァ……!』
レベルアップ・エフェクトがやっと収まった。
一気に300レベルも上がったから、ずいぶんと長い無敵時間だった。
無駄な攻撃を続けたゴブリンは勝手に状態異常《疲労》を発症して、全ステータスDOWNの憂き目に遭っている。
「どうする、ゴブ太。今逃げ出すなら俺は追わない。お前の一撃で俺の命ともいうべき記憶を復元できた、その借りだ」
水がしたたる洞窟に響く俺のイキり声。
最弱モンスター相手にデカい顔するのもゲームの醍醐味だ。
「いちおう言っておくが、これまでの俺とは違うぞ?」
レベルだけじゃない。
知識、技量、経験、すべてカンスト済みだ。
『コギャ! ホ! ホギャギイイイイ!』
ゴブリンの選択は逃走――。
ではなく、闘争だった。
そうでなくては!
「よっと」
これ以上服を汚したくない。
俺は地面の乾いているところに跳躍した。
助走なしで走り幅跳びのワールドレコード並みに跳べた。
『…………ギギ?』
ゴブリンは俺がさっきまでいたあたりで首を左右に振っている。
モンスターがプレイヤーを見失ったときの挙動だ。
「ただ跳んだだけなんだがな。動きを目で追えなかったのか」
『ヴィギッ!』
《ケンゾー》はLv.300の近接寄り戦闘職。
それも、防御力を抑えたアジリティ型だ。
序盤の雑魚とは流れている時間が違うらしい。
『ンギアッ!』
ゴブリンの《駆け込み斬り》。
俺はギリギリまで引き付けて鼻先で回避した。
時間が間延びしたように感じる。
石の刃の裂痕。
飛び散る泥の一粒。
落ちてきた水滴までくっきり見て取れる。
神グラフィックなのに、ぬるぬる動く。
すげえって叫びそうになった。
俺はそのまま2連バク宙に3ひねりを加えてシュタッ、と着地。
こんな動き、ゲームでもリアルでもしたことがない。
「ステータス」
と呼びかけると、半透明の小窓、出現。
俺はゴブリンの攻撃をかわしつつ、ステータス値に目を通した。
《攻撃力》や《防御力》はゲーム通り。
でも、見慣れない表記もある。
《知覚力》や《体操作》。
異常な動体視力と身のこなしの理由はこれか。
「ゲームと完全に同じというわけではないのか」
ますます胸が躍る。
画面の中にしかなかった憧れの世界に文字通りフルダイブできるうえに、ゲーム内容もボリュームアップだ。
「なんかもう泣けてくる……」
『コギャアアア!』
跳躍一閃、天の高みから振り下ろされし石斧。
俺はそれを素手で受けた。
重厚な石斧が飴細工のように砕け散る。
『ギャ、ギャアギ……!?』
「そんなに驚くことか?」
ATKとDEFに3倍以上開きがある場合、確率で武器破壊が生じる。
戦闘の基本だ。
「お前と俺の間には3倍どころじゃない、100倍は開きがある。武器破壊率は100パーだ」
いつの間にか、額の痛みが引いている。
傷口が塞がっていた。
プレイヤーレベル300では秒間1%の自己回復が得られる。
どんな傷も100秒で全快だ。
ゴブリンは急に静かになった。
冷や水をかけられたって顔。
つま先立ちの足が一歩後ろに引いた。
「そういや、レベル差が10倍以上開くと、弱いモンスターは逃げ出す仕様だったな」
こいつは今頃になって悟ったのだろう。
Lv.300の高みを。
そびえたつエベレストの巨大さを。
「理解したか? これがレベル差だ」
俺は浮き出た鎖骨の間を指でトン、と突いた。
『ギョォ?』
ゴブリンが首をかしげた。
そして、爆発した。
血と臓物の花弁を土壁にぶちまけ、真っ白な肋骨の雄しべを伸ばす。
《忍者》の武技《秘孔貫き・乱》――。
体内を循環する生体エネルギーの流れを乱し、敵に状態異常を付与する、威力10の弱攻撃。
スタンガンみたいなものだが、レベル差というのは本当に恐ろしい。
こいつには落雷に感じられただろう。
とまあ、これが俺――新米冒険者ムノウの転落と覚醒の物語だ。
もしかしたら、俺はこれから最強ムーブで無双してハーレムとかできるかもしれない。
でも、先んじてまず俺にはすべきことがある。
タッパーたちに菓子折り持参で謝罪に行くことだ。
俺の輝かしい未来があるとすれば、その先だ。
俺は暗い洞窟を歩き出した。
知らないうちに足はスキップを始めていた。




