2 ゲームについて
学校へ行く、家に帰る、ゲームする、飯食って寝る。
俺の人生はだいたいその繰り返しだった。
人生の3分の1がゲーム。
寝ている時間を除けば2分の1――半分だ。
学校にいる間も意識の大半をゲームが占めていて、一瞬でも油断すれば頭の中の交響楽団が壮大なBGMを無限ループさせ始める。
珍しくゲームしてねえな、というときでも攻略動画を観るか、攻略サイトをあさるかのどちらかだった。
そのくせ趣味を聞かれたら読書と答えた。
もちろん、本なんて読まない。
よしんば読むとしても攻略本だが、あの魅惑の魔書は電子化の波に呑まれてさっぱり消えてしまった。
友達は2人いた。
1人はゲーム。
ゲームは友達。
もう1人とは顔を合わせたときにゲームの話を少しする程度の仲だった。
そういえば、名前を呼んだことさえない。
そんなもん。
学校では普通にしている。
つまり、よくいる陰キャ。
将来を嘱望されたこともなく、体育で目覚ましい結果を出して運動部にスカウトされたこともなく、絵を描けば人並み、歌えば読経、テストはいつも60点。
100点は一度だけある。
やればできる。
だが、やろうとは思わない。
俺が本気になれることはゲームだけだった。
ゲームばかりしていると馬鹿になるぞ、と誰かが言った。
馬鹿だからゲームばかりしているんだ、とも聞こえてきた。
それは違う、と俺は言う。
馬鹿とは人生をゲームにする奴のことである。
俺は逆だ。
ゲームを人生にしている。
何を言っているんだお前は、と誰かがあきれる。
ほうっておけ、そんな馬鹿、とも聞こえてくる。
そんなときは、天才とはいつの時代も理解されないものだ、と常套句を口ずさむ。
俺はまたゲームを始める。
鏡を見ると、いつも覇気のないモブがそこにいる。
これがそう、つまり、俺という人間なのである。
名前は……。
俺の名前…………。
…………。
……あれ。
なんだったか。
ムノウという単語だけがふわっと浮かんできた。
「……ぅ」
『ギギ?』
寝落ちしていたらしい。
目を開けると、青い小鬼が俺を見下ろしていた。
《小卑鬼》だ。
岩の天井からしたたり落ちた水が、角の生えたハゲ頭に弾けて小さな虹を作っている。
「いつつ……」
額が焼けるように痛む。
おまけに、下は納豆みたいな泥気質。
気持ちが悪かった。
俺はなぜ、こんなところに寝――
『ンギアッ!』
「ひ!?」
耳の横で水が爆発。
石斧がぬかるみを殴っていた。
ここにきて俺氏、ようやくフル覚醒。
パーティー追放のショックでいじけていたところにガツンともらい、状態異常《気絶・小》で5秒間ダウン――。
その流れを電撃的に思い出した。
「……?」
状況は把握できた。
だが、何か引っかかる。
俺氏とか状態異常とか気絶・小とか5秒ダウンとか、俺は一体何を言っているんだろう。
海馬に小骨でも引っかかっている気分だった。
『グギギ! ガガッガ!』
「おぁああ!? ……ぉお!?」
ゴブリンの石斧連撃。
ブンッ、ブンブン!
まるで羽根が剥き出しの扇風機だ。
体型は5歳児並み。
しかし、機動力は野生の猿。
俺のこめかみをかすった灰色の刃が、土の壁を打ってゴンと太い音を立てる。
今の、当たってたら普通に死ぬって。
青肌単角の魔物、ゴブリン――。
ゴブリン種の中でも最下級に位置する、通称《青ゴブ》。
ゲームじゃチュートリアル用のカカシ扱いの雑魚モンス。
シナリオ最序盤にしか出てこなかった。
そのはずなのに、
『ギギャアアアンア!』
「うおおンオ……!?」
これがめちゃめちゃ強い。
速い、しつこい、声ウザい。
なにより石斧のリーチが驚異的だ。
ヒットの直前に伸びてくる。
避けたはずなのに肌をえぐられる。
そういえば、ゴブリンの当たり判定は妙にシビアだったな、とふと思い出した。
俺は背負っていた剣を抜き、反撃に打って出た。
間合いならこっちが上。
大上段の一撃でモーセのごとく泥海を割る。
つまり、空振り。
めげずに二の太刀で4番バッターみたいなアッパースイング。
しかし、ゴブリンはスライディング。
掻い潜ったうえで、下段から泥まみれの一撃を駆け上げる。
俺が剣に振り回され、ゴブリンにも振り回される。
これは、そういう喜劇。
ここにタッパーたちがいたら間違いなく、泥遊びかよ……、と白い目で感想を述べただろう。
やがて、血と泥でぬかるんだ手から剣がすっぽ抜け、
「ぐ……!」
俺は地面の穴ぼこに足を取られて尻もちの無様をさらした。
ゴブリンが猛然と迫る。
(あ、死んだ……)
と戦慄する反面、自分を後ろから俯瞰するような冷静さもあった。
ここから立て直す方法を俺は知っていた。
《尻もち状態》は起き上がり時に一瞬、無敵時間が発生する。
だから、ゴブリンの追撃は大ピンチであるとともに、反転攻勢をかける絶好機でもあった。
「……!」
俺は石斧に無敵時間を重ねるべく目の奥に力を集めた。
手汗が噴き出し、ボタンを押し込む指が震える。
これだ。
この緊張感こそがゲームの醍醐味なのだ。
「……って」
こんなときまでゲームか。
人生に無敵時間なんてありはしない。
俺はいつの間にか人生をゲームにした馬鹿野郎になっていたらしい。
『ギギャアアアアアオ!』
天を裂くは必殺の一撃。
すべてがスローモーション。
デスした瞬間の映像がスローかつマルチ視点で再生されるのもゲームの仕様のひとつだったな、と俺は他人事みたいに思った。
「…………ん、ゲーム?」
さっきからずっと何かが引っかかっている。
すでに9割方掴みかけているその何かが、カッと光った。
それは俺の頭の中でビッグバンを起こした。
この世の真実ってやつが急速に広がっていく。
気分はそう、落下するリンゴを見たニュートンだ。
エウレカと叫んだときのアルキメデスでもいい。
そうだ、思い出した。
この世界はゲームだ。
かつて俺が半生を捧げ、軽く8000時間はやり込んだ冒険RPGの金字塔――。
『オベリスク4』の世界そのもの。
つまり、俺はゲームの世界に転生したってことになる。
長かった夜が明けた。
朝日が前世の記憶を燦然と照らしている。
知っている。
俺はこの『オベ4』の世界を誰よりも熟知している。
そして、誰よりも強い。
勇者で賢者な気分だった。
ゴブリン?
そんな雑魚、倒す方法なんて1万通りくらい知っている。
頭の中では処刑用BGMが高らかに流れ始めていた。




