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10 ノンプ


 ネコカと情報交換することになった。

 場所は、屋上カフェ。

 冒険者向けの露店が並ぶオベリスク前広場がよく見える。

 周りの席ではオシャンティーなうら若き町娘たちがキャッキャウフフ。

 居心地ィ?

 もちろん、最悪だ。


「あー、ほかにもプレイヤーはいるのか?」


「あーってなによ? いるわよ。それなりにたくさん。でも、ほとんどはノンプね。プレイヤー人口は1%にも満たないと思う。上位冒険者ともなれば、ほとんどがプレイヤーだけれど」


 上品にティーカップを傾けつつネコカは言った。


「ノンプってのは?」


「ノンプレイヤーキャラクターの略。ノンピーとも言うわね」


「要するに、NPCか」


「今の子はノンプって言うの」


 俺だって今っ子だもん。

 と思ったが、ネコカは見たところ14、5歳くらい。

 中2だ。

 高2の俺とは世代が違う。

 ガラケーとスマホくらい違う。


「見なさい。広場の冒険者。変なのがいるでしょ?」


 JCからしたら世の中の大半は「変なの」に見えるだろ、と思いつつ俺は眼下を見晴らした。


「空中を指でなぞっているのとか、おかしな格好しているのとか、ああいうのがプレイヤーよ」


「ああ、メニュー画面を操作しているんだな。おかしな格好は性能重視が生んだ悲劇、と」


「そ。その中でもやたらペコペコしているのが日本人ね」


「外国人もいるのか?」


「いるわ。『オベ4』を提供しているアイハートーヴは多国籍企業だもの。プレイヤーの半分は海外勢じゃない? でも、普通に言葉は通じるわ」


 あれは『IHATOVイーハトーヴ』と読むんだ、ニワカめ、という指摘は心にしまいおき、


「そういや無駄に翻訳機能が優秀だったな」


 と俺は塔を模したスイーツを容赦なくフォークで切り崩す。

 ニュアンスまでハッキリ伝わるから、細かい煽りができて掲示板はいつもカオス状態だった。

 これも『オベ4』の魅力のひとつだ。


「NPCはプレイヤーをどう思っているんだ?」


「ノンプのほとんどはプレイヤーの存在を知らないわ」


「NPCのほとんどはプレイヤーを知らないのか」


「ノンプで知っているのは一部だけね」


「NPCの一部だけか」


 しょうもない鍔迫り合いは、口の中でとろけるクリームの甘さですぐにどうでもよくなった。

 んまぁ……。


「警告が出るのよ。メタ発言をすると」


「店員さん」


 ゲーマーあるあるだ。

 真偽不明の情報を入手すると、すぐに検証を始める。

 そして、俺はゲーマーである。


「ご注文をおうかがいします」


「俺ね、実は……」


 俺はおさげの店員に向かって偉そうに頬杖をついた。

 ニヒルな笑みで言う。


「プレイヤーなんだ」


「あ、はあ……」


 店員の困惑の声。

 しかし、その顔は見えない。

《警告》という赤文字が激しく明滅している。

 耳の奥ではビープ音が鳴り響く。

 これは相手を不快にさせる言動を取った際に表示される小窓ウィンドウだ。


「はっはーん。これを利用すれば相手がプレイヤーかどうか特定できるな」


「100%ではないけれどね。それに、ゲームじゃ警告3回でペナルティがあったわ」


「一定期間オンライン環境の利用禁止か」


「この世界ではどうなるか……。それも検証するのかしら」


「いや、さすがにやめておこう」


 この世界からbanされたくない。

 俺は店員に詫び倒し、ついでにオベリスク・コーヒーのLを注文しておいた。


「ネコカ」


「なに?」


「ばーか」


「あなたが馬鹿よ。死になさい」


「……警告は出ないな。やっぱり警告表示のトリガーは『相手を不快にさせること』ではなくて、『NPCに対するメタ発言』なんだな。また一歩深淵に近づいた」


「その深淵、近づきすぎると馬鹿になるタイプの深淵じゃないかしら」


「世間的にはそうだな。だが、我々の間ではこの深みに飛び込む者をこそ賢者と呼ぶのだ」


 さっきとは別の店員がやってきて、コーヒーを置いていった。

 逃げるように去っていく。

 世間とは冷たいものだ。

 砂の街は今日もこんなにも暑いのに。


「……」


 コーヒーもホットだ。

 なぜアイスを注文しなかったのか、俺は本当に馬鹿であるらしい。


「でも、すごいわね、あなた」


 熱を帯びた黒い目が俺を見つめている。

 それは好奇心の温度だった。


「知識に対してどこまでも意欲的……いえ、貪欲だわ。この世界をむさぼろうとしているみたいに見える」


「実際そうだ。ゲーマーは飢えから生まれる魔物だ。満ち足りた者の手は決してコントローラーには伸びないだろう」


 検証、検証、日々検証……。

 飽くなき知の探求。

 その姿勢に置いて我々は賢者である。

 だが、その目は現実を見ていない。

 そういう意味では愚者だ。

 ゲーマーとは、破綻をきたした哀れな道化なのである。


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