11 相棒と目標
「……しかし、女子とカフェデートか。ゲームとはいえ緊張するな」
隣におしゃれなカップルが座った。
当然のごとくイチャイチャしている。
ただでさえ狭い俺の肩身は、今や猫の額である。
「デートじゃないわ。それに、ゲームでもない」
丸テーブルを挟んだ向こう側ではネコカがシリアスな顔をしている。
「ゲームゲームってあなた、本当にのんきね。いい? これは現実なの。大勢の人がゲーム世界の虜囚となった、そんな残酷な現実なのよ。損害賠償は当然として、速やかな原因究明と再発防止が必要よ」
俺の苦手なタイプの四字熟語だった。
「でも、最大の問題はこの異常事態に政府が気づいていないかもしれないってことよ」
「そりゃ気づかないだろうな」
普通、人がいなくなったら異世界ではなく近所の裏山か川の中を捜す。
どこを捜しても見つからない。
そこまできて初めて異世界を……否、捜索打ち切りだ。
「ケンゾーは転生者なのよね? それってつまり……」
「ああ、もう死んでいる」
俺は他人事のように言った。
実際、当事者意識は希薄だった。
別の世界のつまらない男の話さ。
「死は無礼な客だ。呼ばれてもないのに勝手に上がり込んできて、俺を刺していった」
「……殺人、だったの?」
「殺されたという意味ではそうだな。あの日は特に暑かった。何度もエアコンをつけよう、水を飲もうと思ったんだが、あと1回がどうしてもやめられなくてな。夢中でゲームし続けて、気づいたら、体が動かなくなっていた。で、最初の村の名もなき主人公ってわけだ」
今にして思えば、俺が記憶をなくしていたのは熱中症が原因らしい。
脳細胞がパーになってデータが飛んだのだ。
「真面目に聞いて損したわ。死因の欄に『アホ』って書かれてるわよ、それ」
ネコカはツインケティを抱き上げて、アホなほうを俺の顔に重ねている。
「それは嫌だな。『バカ』がいい。死因は『ゲームバカ』だ。誇りを持って死ねそうだ」
しかし、プレイヤーには転生派と転移派がいるのか。
「ネコカはまだ死んでいないんだよな?」
「ええ。私、友達の部屋でゲームをしていたの。気づけば、ここにいた。こんな格好で」
「こんなって言うなよ。猫耳を」
「猫、好きなの?」
「猫耳っ子が好きなんだ。こんなって言うな」
「……」
居心地の悪そうな赤い顔がムニムニしながら広場のほうに向いた。
からかい甲斐がある奴だ。
「と、とにかく私は早く帰りたいの。元の暮らしに」
「逆に、ずっとこの世界で楽しく暮らすって選択肢はないのか?」
俺はこの世界を理想郷だと信じている。
毎日が楽しい。
水を得た魚の気分だ。
元の世界にまな板はあっても、俺という魚が泳げる水場はなかった。
戻ろうなんて微塵も思わない。
「……ずっと、って」
ネコカは絶句している。
「知らないの? 植物状態になった患者は6か月で殺処分されるのよ。夢のような時間には終わりがあるの」
「殺処分? 尊厳死のことか?」
回復の見込みのない患者が、延命治療の拒否という形で死を迎えることは知っている。
6か月という数字の是非は知らないが。
「呼び方なんてどうでもいいわ。私はもう1か月もこの世界にいる。時間がないのよ……」
ネコカは猫耳をグシャと握り潰した。
「私の現実の体、どうなっているのかしら。知らない人たちに触られてないかしら。クラスのみんなはどうしているんだろう。怖くてしかたないの」
「……」
「ケンゾー、あなただって死んだとは限らないのよ? だって、死んだら無になるはずだもの。ここにあなたがいるということが生存の証明よ。私はそう信じるわ」
「それは、どうだろうな……」
俺は死んだものと思っていた。
だが、まだ生きている可能性だってもちろんある。
ICUかどこかで生命維持装置に繋がれて微動だにせず横たわっているのだ。
ゲームの世界にいるのは特殊な医療機器か何かで脳に信号を送っているからかもしれない。
フルダイブ技術によるリハビリテーション的な。
荒唐無稽な仮説だが、ゲーム世界に転生するよりはリアリティがある設定だ。
この場合、ジャンルはファンタジーではなくSFになるだろうか。
「……俺は嫌だな」
と、つぶやいた声はほかの客の楽しげな声で掻き消された。
消えてくれてよかった。
ネコカが聞くと怒るだろう。
生きることの放棄だと。
あなたは逃げているのだと。
「こんなおかしな世界、絶対に抜け出してやる」
「抜け出すって方法はあるのか?」
「あるじゃない。あそこに」
と言ってネコカが長い爪を向けているのはオベリスクのてっぺんだ。
あまりにも高すぎて、途中から青い空に溶けて消えている。
「オベリスクの頂にある《天晶閣》に至るのよ!」
「いやまあ、ゲームの設定上だと、どんな願いも叶える万能の石があるとされているけど。それに願い事をするのか? 帰りたいって? 七夕の短冊よりは効きそうだな」
「違うわよ。ゲームをクリアするの。そうしたら、エンディング・テーマが流れて、次に目が覚めるのは故郷のベッドの上でしょ」
「知ってる天井というわけか」
「そういうことよ!」
無い胸を張るネコカは自身の叡智を誇っているようだった。
浅知恵じゃね? というのが率直な感想。
しかし、可能性はゼロではない。
現状、それしかもっともらしい手段がないとも言えるが。
「私と組みなさいよ、ケンゾー」
柔らかそうな白い手が差し出された。
「あなた、Lv.300なんでしょ? 戦力として申し分ないわ。私をキャリーさせてあげる」
ネコカは悪女のように微笑んでいる。
「断るなら断りなさい」
「どうなるんだ?」
「プライドも何もかもかなぐり捨てた私が周囲の目もかえりみず真剣に拝み倒すわ。土下座よ。たぶん泣くわ。叫ぶし」
「それはあんまり見たくないな……」
というか、見られたくない。
このイケてる町娘とラブラブカップルであふれ返るリア充の社交場を、異常ゲーマー2人の修羅場に変えるわけにはいかない。
しかし、だ。
「この、夢にまで見た理想郷から抜け出して、辛い現実に戻るのか」
1ミリもそそられない提案だ。
考えるまでもなく答えはノー。
俺は自分の足に杭を打ち込んででも、この世界に留まりたい。
ここが俺の生まれるべき世界だった。
そして、俺は今ここで生きている。
「ネコカ。…………っ」
お断りとお祈りの句を述べようとしたところで、俺は気づいてしまった。
差し出されたネコカの手が可哀想なくらい震えていることに。
口元は笑っている。
でも、唇は真っ青だ。
命乞いでもしているみたいに。
ゲームでも冗談でもない。
彼女は彼女で真剣に今を生きているのだ。
俺は背筋を伸ばした。
「ネコカ、正直俺の夢はもう叶えられている。万能の石ころに願うことなんて何もない。だからこそだな。てっぺんを目指す新しいモチベーションは必要だ」
「それって」
「ああ、ネコカを元の世界に帰す――。そんな至上命題があってもいいかもな」
俺はネコカの手を取った。
もう震えないようにぎゅっと握る。
握り返してくる手の温もりは、ゲームとはとても思えないほどリアルだった。
脈拍すら感じるほどに。
「あ、ありがとう、ケンゾー」
黒い目がうるうるする。
「泣いてる?」
「め、目が、砂に入っただけよ」
「目が砂に? 砂風呂かな? 大変で草。さっさと洗ってハメ直せ」
というわけで、俺に相棒と目標ができたのだった。




