12 リアルのレベリング事情
「ケンゾー、さっそくあなたの実力を見せてちょうだい!」
ネコカの喜色に満ちたたたずまいは、手に入れたばかりのSSR召喚獣を早く実戦で試してみたい! という無邪気さで輝いて見えた。
よろしい、と。
俺は頷く。
ご期待に応えてしんぜよう。
ということで、ダンジョンに足を運び、
「――《雷哮ォ波》ァァア!」
特に意味はないが、俺は叫びつつ拳で天を突いた。
刹那、白と黒の閃光が視界をモノクロに変えた。
どごん、と胃に重い雷鳴。
空を悠然と泳いでいたサメ・モンスターが黒焦げになって落ちてきた。
巨大な体が森に吸い込まれ、細い砂煙を上げる。
近くを泳いでいた大小無数の水棲魔物たちもトバッチリで《麻痺》を発症、雨みたいに降ってくる。
枝をへし折る愉快な音がそこら中から聞こえてきた。
落下ダメージで全滅だ。
「ここのマップはこれができるからな。経験値稼ぎと金策に都合がいいんだ」
俺はドヤ顔をにんまりする。
オベリスク第2階層《潮空の蒼森林》――。
上空に逆さまの海が渦巻く青い森。
潮風の中に魚肉が焼けるおいしそうな匂いが漂っている。
「聖域雷属性魔法だったかしら? えげつないわね……。あのサメ、下層域じゃ最強クラスで、Lv.30くらいなかったかしら」
「正確には、討伐推奨Lv.46だな。むふふん」
「それをイチコロ……。えげつないわね」
ネコカは木の陰に隠れて片目だけ覗かせている。
スマホの賢いほうもそれにならう。
アホなほうはアホっぽい顔を全部丸出しにしている。
「雷って木の下が一番危ないんだぞ」
「そ、そうなの……? でも、今の見てたら、あなたのそばは全部危なそうだわ」
「だな。うっかり俺とぶつからないようにしろよ。攻防値格差でミンチになるから。参考までに、俺が小指をぶつけたタンスの角は粉微塵になった」
「もうあなた、出歩かないようにしなさい」
的確なご指摘である。
「それにしても、無詠唱魔法って便利ね」
《魔術師》はLv.60で《無詠唱》のスキルを獲得できる。
威力が4割減になる代わりに魔法名だけで即・発動可能だ。
「南無南無しなくていいのは助かる。ま、詠唱するのもかっこいいがな。やっぱ投手はワインドアップからだ」
「南無南無って……」
「ニャムニャムですニャ!」
「むにゃむニャ……」
アホのマーホがネコカの肩で寝落ちした。
「さて、検証だ!」
俺は手をポンとする。
「ゲーム時代は、経験値もアイテムも金もパーティーメンバーでキッチリ割り勘だったよな」
「そうね」
「まあ、俺はカンストしているから経験値は振り込まれないんだが、その分はネコカに入っているのか?」
「入って……ないわね」
ステータス画面の向こう側で整い顔が曇った。
「というか、経験値自体入ってないわ」
「パーティーで均等に割る方式じゃないんだな」
そもそも、《パーティー》というシステム自体がこの世界にはないらしい。
メニュー画面からは《パーティー登録をする》や《フレンド申請を送る》といった項目が綺麗さっぱりなくなっていた。
「だとしたら、戦闘での貢献度か、それとも、単純に与えたダメージの割合か」
「たぶん、前者ね。貢献度みたいな見えない基準があるんじゃないかって、ほかのプレイヤーが話してたわ」
「出来高払いか。世知辛い。俺が戦ってネコカのレベルを上げるって裏技は使えないわけだ」
「ちょっと、ケンゾー!」
ネコカは木を突き飛ばす感じで俺の前に出てきた。
少し怒った様子で、
「見くびらないでちょうだい。私も戦うわ。私たちは仲間なんだから!」
「意外と少年漫画とか好きそう」
「好きよ。悪い?」
滅相もない。
少年漫画好きの女子には親しみが持てる。
ゲーム好きのボーイッシュな幼馴染の次くらいにな。
「じゃあ、協力プレイでレベリングだな。オベリスクを踏破するならLv.300は絶対だ。ちなみに、ネコカは今なんレベなんだ?」
「32よ。冒険者としては、まだ銅英級ね」
「ざっこw」
「………………」
「あー、でも、あれだな。俺は駆け出しド底辺の土塊級だ。実績はそっちのほうが上かもなアハハ……」
「……」
「あはは……」
ネコカが化け猫の怨霊みたいに静かに燃えている。
俺は南無南無して鎮魂を祈るほかない。
「でも、想像以上に低いな。ネコカはこの世界歴1か月だろ。普通にプレイしていたら、寄り道しても150には届きそうなものだが」
「プレイって簡単に言うけれど、これはゲームじゃないのよ?」
美少女にあきれられると精神をえぐられる。
ハラスメントの一形態として定義すべきではなかろうか。
「ケンゾー、参考までに聞かせてちょうだい。あなたにとっての普通のプレイを」
「休日なら、1日16時間はインしてるな」
「1日16時間モンスターと戦い続ける。生身の人間にできるわけないでしょ」
「……言われてみれば」
世界の舞台で輝くプロサッカー選手でも全力で走り回れるのは120分が限界だ。
しかも、命は一つだけ。
倒されたら、そこで試合終了。
理解した。
なるほど。
この世界でのレベリングは難しいらしい。
まあ、俺は普通に毎日10時間以上ダンジョンで過ごしているが。
「私はプレイヤーの中でも精力的なほうよ。それでも、この世界に来てから、たったの7レベしか上げられていないの」
声の端が揺れていた。
泣いているみたいに。
ネコカは乱れてもいない前髪を丹念に整えている。
顔を上げたとき、彼女は笑顔だった。
「まっ、つまりケンゾー。あなたのことをすっごく頼りにしているってことよ。あなたは私の希望だわ」
「うッ……」
俺は3レベ分くらいしかない女子耐性をまともに突かれ、胸を押さえてよろめいた。
あなたは私の希望、だってよ。
ゴキブリをカブトムシだと思って大切に育ててくれる珍しい美少女が俺の前で燦然と輝いていた。
平静を装って言う。
「わかった。ネコカが安全かつ効率的にレベリングできるように成長プランを考えてみよう」
「ほんと!? 嬉しいわ!」
気難しそうな顔がパーッと輝きながら柔らかくほぐれていく。
そんな顔で頼られては1日20時間だって戦えてしまいそうだ。




