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13 旧常識と新常識


 オベリスクでは階層が1つ上がるごとに攻略推奨レベルが3上がる。

 第5階層ならLv.15だ。

 ネコカは現在Lv.32。

 第10階層までは安全に行ける。

 ……という考えが通用するのは何度死んでもやり直せるゲームの中だけ。

 この世界のプレイヤーたちは「階層数×5」を目安にしている。

 ネコカがそう教えてくれた。


 俺は真っ黒な丘の上にいた。

 嵐の夜の海原を彷彿とさせる、そんな黒い丘が果てしなく広がっている。


 ……なんの音もしない…………。


 天井は奈落のような暗黒で、じっと見ていると、すべての音を喰らう巨大な化け物の口にも見えてくる。

 寒くもないのに背筋が粟立つ。

 こここそが、第6階層、



「――《狼牙の波丘》である!!!」



「……わっ!? 急に大声出さないでよ」


 ネコカがガリガリ引っ掻いてくる。


「悪いな。でも、ここはゲームでもBGMがない階層だったからな。異質の不気味さがあるんだ。カサリとでも音を立てると魔物たちが寄ってくるし」


「よ、余計静かにしなさいよね……!」


 ごもっとも。

 と本来なら頷くべきところだが、


「今はモンスターが寄ってきてくれるほうがいい。ここでネコカのレベル上げをしようと思っているからな」


「ここ、何か特別な場所なの?」


「単に煩わしさがないだけだ。この階層には毒や特殊な攻撃を使う魔物が少ないし、罠もない。代わりに、フィジカル強めのモンスターがうじゃうじゃしている」


「戦闘に集中できるってわけね。納得よ!」


 言ったそばからモンスター登場。

 牙のような岩の陰から二足歩行の狼が現れた。


「《灰狼鬼ルカオーン》だ。仕留めるぞ、ネコカ!」


 言うが早いか俺は剣を抜き、一瞬と言える時間のうちに距離を詰めていた。


「奇剣《鼓打膜こだま》――」


 剣が風を斬る。

 すると、巨大なスピーカーがハウリングを起こしたような耳障りな大音響が丘を揺らした。

 ルカオーンが白目を剥いて卒倒する。


 音速を超えた剣により、特殊な超音波を発生。

 敵の鼓膜を揺さぶりダウンさせる。

 それが《鼓打膜こだま》だ。

 ゲームだと少しの間倒れさせるだけだが、ルカオーンは完全に失神ノビている。


「耳のよさが災いしたな。――ネコカ!」


「わかってるわッ!」


 光る爪が毛深い首をなでた。

 振り抜いた爪の先で血がバシュウウウ、と蒸発。

 その音の中に、スイカが転がるような重い音がまじる。

 勝負あり。

 二人の共闘による、記念すべき初戦果だ。

 グータッチを交わしておく。


「経験値、入ったわ。キッカリ割り勘されているみたいだけど」


「効率半減だな。2倍楽しめるとも言える」


「めちゃめちゃポジティブね……」


《魔術師》なら一か所に集まった魔物をまとめてドカン、なんて方法もあるが、ネコカは近接系だ。

 この調子で地道にいくほかない。


「そういえば、ネコカの構成をまだ聞いていなかったな。純粋な前衛職だと思うが」


「ええ、《双剣士》よ。武器を持ってないのはアジ優先で《魔爪》専だからね」


 ジャキン、と煌々たる十爪を伸ばすネコカは、SNSに上げれば大バズり間違いナシなほどサマになっていた。


 続けて問う。


「あとの2構成は?」


「あー、新参プレイヤーにありがちな勘違いなんだけどね、この世界じゃ『3ジョブ構成』って最適解ではないのよ」


 ん? と俺は素っ頓狂な声を上げ、妖怪みたいな顔で詰め寄る。


「3ジョブ構成が最適解ではない? ゴールドが金じゃないって言った? 柴犬は犬じゃないって? ネコカ、もう疲れたのか?」


「疲れてないわよ。そんな顔、近づけてくるんじゃないってのよ……」


 尻を刺された。

 痛い。


『オベ4』には100を超える《ジョブ》がある。

 どれを選ぶもプレイヤーの自由だ。

 でも、普通は戦闘系ジョブから3つを選ぶ。

 カンスト時に得られる大技やスキルが破格の性能を持つからだ。

 俺の場合、《剣士Lv.100》《魔術師Lv.100》《忍者Lv.100》の合計300レベ。

 剣魔忍ビルドは最適解のひとつであり、完璧なる美を誇る黄金比だ。


「私の戦闘系ジョブは《双剣士Lv.26》、これだけよ。あとは《鑑定士Lv.1》と《料理人Lv.3》と《剥取はぎとり師Lv.1》、それと罠対策で《シーフLv.1》を入れているわね」


「俺はこの馬鹿を引っぱたいてやろうかと思った」


「……心の声、漏れてるわよ。あと、あなたに引っぱたかれたら私、釘みたいに刺さるわ。地面に。絶対にやめなさい」


 我慢するか。

 でも、鑑定士って……。


「鑑定なんかしなくてもググれば一発だろ?」


「あら、どこに検索窓があるのかしら」


 俺はポッケをひっくり返した。

 脇の下も探した。

 ……なかった。


 ゲーム時代は鑑定なんてせずとも、アイテム名をネット検索すれば詳細を得られた。

 入手場所も利用先も売買価格も何もかも。

 それこそ《鑑定士》ではわからないことまで載っていた。


「じゃあ、まあ、わかった。100歩譲ろう。《鑑定士》はいるかもしれない。でも、《剥取師》はノーセンキューだろ。帰ってもらえ」


 俺はルカオーンの腕を引きちぎった。

 ぶちゅり、と。

 素手で。

 飛び散る血しぶきをものともせず、高らかに言う。


「ハイ! 《灰狼鬼の爪》、剥ぎ取り完了!」


「あえてツッコまないわ。――スキル《剥取術》」


 こつん。

 ネコカが指先でつつくと、俺が大根みたいに握っていた腕から、爪だけがポロポロと落ちた。


「これが剥ぎ取りよ。あなたのは死体損壊」


「……」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。


「血まみれでアイテム収集なんて不衛生よ。野生動物って不潔だもの。未知の病気にかかるかも。ほら、大きなダニとかついているし」


「そのダニ、俺じゃないよな……」


「私、そんなに毒舌じゃないわよ……」


 ゲームだとダニなんてついていなかった。

 でも、リアルだとダニぐらいいて当然だ。


「さらに100歩譲ろう。大盤振る舞いだ。でも、さすがに《料理人》はいらないだろ? 俺もダンジョン内で魔物肉を食べるが、焚き火でじっくり炙れば普通においしいぞ?」


「それだと確率で状態異常《食中毒》が発生するのよ」


「……」


 俺は真顔になった。

 そして、青ざめる。

 先日、突如腹部を襲った原因不明のぎゅるぎゅる……。

 あれがつまり《食中毒》か。

《毒》でもないのにHPが減ったから死ぬかと思った。


「ふーむ……」


 と俺は腕を組んで仏頂面をする。

 ゲームでは戦闘こそが華だった。

 いかにかっこよく立ち回り、鮮やかに勝利を収めるか。

 それこそが最重要。

 最速最短で敵を屠る構成こそ至高だった。

 しかし、この世界では戦う技だけではなく、生活の技がいる。


「俺は構成に空きがない。生活力がないのと同じだな……」


「同じね。惨めね。惨めだわ」


「惨めだ。こっち見ないでくれ」


「見なさい、スマホ。あれが惨めなゲーマーのリアルよ」


「お可哀想ですニャ、ケンゾー様」


「かわうそニャニャ、ケンニョ」


 4ツ眼で見つめられると、俺のいたたまれなさは体感16倍になる。


「ジョブレベルを下げれば、新しい職種を習得できるが……」


 しかし、俺は磨き上げたこの黄金比を崩したくない。

 俺はこれから一生、確率で腹を壊す宿命にあるということか。


「ねえ、ケンゾー」


 ツンツンと尖った爪が俺の胸を叩く。

 ネコカはどこか魔女に似た、蠱惑の笑みで俺を見上げていた。


「今日からあなたの食事は私が用意してアゲル。男は胃袋を掴めってこういうことね!」


「なんだろう。胃を人質に取られた気分だ……」


 しかし、断ることなどできようはずもなかった。


「安全かつおいしい冒険がしたいなら、しっかり私をキャリーしなさい。この塔のてっぺんまでね!」


「チッ。喜んで!」


 驚きに出会い、知らないを知る。

 それもまたゲームの醍醐味だ。

 なんだかんだ俺は胸が躍っていた。


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