14 使い魔と伝授
俺がダウンさせて、ネコカが仕留める。
この戦法で灰狼鬼の屍山血河を築いた。
ネコカは《双剣士Lv.30》――プレイヤーレベルは36になった。
「すごいわ! 一人だと1レベ上げるのに4日はかかっていたのに!」
「毎時2レベってところか。今日中にあと16レベは上げられるな」
「……それだと10時間ぶっ通しで戦う計算じゃない?」
「いけるだろ」
「いけるわけないでしょ……」
無邪気な笑顔から笑みが消えて邪気だけが残った。
常夜の丘陵地が一段と暗くなった気がする。
「じゃあ、そろそろ切り上げるか。明日は第7階層でカモを探してみよう」
折よく、闇の中から光る目が近づいてくる。
墨色の体毛を分厚い胸筋でパンプアップさせた、人狼の戦士。
胸元に浮き出る三日月模様は白い泥を塗り込んだものらしい。
「上位種の《黒狼鬼》だ。Lv.22ってところかな」
「あいつは私一人にやらせて。据え物斬りばかりじゃプレイヤースキルが磨かれないもの!」
「乗り越えるべき壁か。よしきた」
俺は座して見物を決め込むことにした。
「やああああッ!」
ネコカから仕掛ける。
気合は十分。
しかし、気合だけ。
立ち回りはじれったかった。
なるべく距離を取り、確実な隙だけを突いていく。
リスクは徹底的に避け、チャンスでちょこっと攻撃。
靴を汚したくない人の田植えを見ているような、もどかしい時間を俺は過ごすハメになった。
一撃でももらえば死ぬかも。
たとえかすり傷でも、傷口が化膿して手足が腐り落ちるかも。
おっかなびっくり。
そんな立ち回りだ。
戦い方というより、生き延び方を見せつけられているようだった。
「どうだったかしら?」
……戦闘終了。
ネコカは額に浮かんだ光るものを拭った。
弾む息にはホームランでも打ってきたように熱がこもっている。
俺が笑顔で手を出せば、ネコカはきっとハイタッチで応じるだろう。
イエーイ、って感じで。
「どうかしら? 私の立ち回りは」
「100点中――」
俺は難しい顔で目をつむり、片目だけ開けて言う。
「ん5点」
「んご……」
ネコカは下顎が外れたような反応だった。
ナイス・リアクション。
「げ、減点理由を聞こうかしら」
「踏み込みが浅い。引け腰。段取りが悪い。読みが甘い。見すぎ。腰高い。回避大袈裟。判断が遅い。剣技の出しどころが悪い。フェイントが手だけ。視野が狭い。アジ型なのに動かない。後ろに跳びすぎ。あと、たぶん、尻尾を活かせていない。尻尾って猫にとって舵みたいなものじゃないか?」
俺が一言発するたびにネコカは「ぐふ」とか言っている。
「でも、最後まで逃げなかったのはよかったぞ。乗り越えられる壁から逃げる奴は永久に成長しない」
たぶん、ゲームでもリアルでもそれは同じだ。
「ふん。私は逃げたりしないわ。身長よりプライドのほうが高いんですもの!」
腰に手を当て、小さな鼻を天に掲げる。
ネコカらしい答えだった。
「それでは、一番の減点ポイントを指摘させてもらいます」
「え、まだあるの……」
「一番のがな」
「ぐふ」
俺はネコカのブーツの間に挟まっているスマホにビシッと人差し指を向けた。
「使い魔との連携がなってない!」
「ニャふ!?」
「ふニャも?」
ネコカはわかりやすくムッとした。
愛猫を抱き上げて俺から隠すように背を向ける。
「ツインケティ連携の水雷ブレスはメジャーな型じゃない!」
「そこは否定しない」
遠距離攻撃を持たない近接職が使い魔のブレス攻撃でリーチを伸ばす。
その選択はバッチリだ。
「でも、ブレスは予備動作がわかりやすいからな、敵に備えられやすいんだ。普通に撃っても、たとえば、上層域の魔物ならほぼ100%回避してくる。実際、今のウル・ルカ戦でヒットした水雷ブレスは1本だ。6本中な」
「ぐふ」
「ニャふ」
「スーぅ、ピーぃ……」
「マーホ、寝るなー」
「……ふにゃ?」
スマホの構成は? と俺は尋ねる。
「中距離回避型よ。技は水雷ブレスしかできないわ。あとは可愛いだけね」
「可愛いだけか。十分だな」
「十分よ!」
「十分ではありませんニャ。ニャたくしはもっとご主人のお役に立ちたいですニャ!」
「じゅぶ……ニャーもおややニャ!」
「だな、不十分だ。じゃんけんと一緒。出せる手がひとつでは見切られて当然」
「じゃ、どうするのよ?」
胡乱な顔のネコカに、俺は忍者っぽい動きでエア手裏剣を投げる。
シュ、シュ!
「ケットシーには《忍者》型ってのもあるんだ。そして、ここに世界最強の忍者――俺氏がいる」
「わかった! 《伝授》を使うのね!」
「ご名答!」
使い魔に技を教えるには《調教師》のジョブがいる。
が、ジョブレベルがMAXなら、持ち技を《伝授》させることができる。
「よく見ていろよ、スマホ。――よっ!」
俺は二本指を立てたままバク宙を決めた。
着地と同時に土煙が上がり、俺を包み込む。
「き、消えた……!?」
「消えましたニャ!?」
「けーまましニャハ!」
「こっちこっち」
俺は屍の山の陰からコンニチハと姿を現す。
「これぞ《隠霊身の術》なり。通称ドロン。効果は3秒間の透明化だ。強力だが、実体が消えるわけじゃない。攻撃されるとダメージを受けるし、看破系の技で簡単に見破られる。そこだけ要注意だな」
さっそくスマホはニャロンと姿を消した。
「くしゅんっ。……ニャは」
アホなほうがくしゃみをしたから即・居場所がバレた。
上位の魔物たちなら正確無比な集中砲火を叩き込んでいるところだ。
「もうひとつ伝授しておこう」
俺は指を4本立てた。
「ひとつじゃないの?」
「ツインケティは目が4つあるだろ? だから、魔眼系にブーストがかかるんだ。《剣士》の技に《畏怖の魔眼》ってのがある。通称ギロリだ。ギロンチョともいう」
俺はネコカと目を合わせた。
そして、渾身の怖い顔でギロリと睨む。
すると、ネコカは金縛りにでも遭ったみたいに硬直し、尻もちをついた。
肺まで縛られたか、はあ、はあ、と荒い息をしている。
「こんな感じで怯ませる技だな」
「す、すごいわね、今の。でも、ギロリというより、クワッだったわよ」
「俺の顔の貫禄不足だな。ゲーマーは貫禄を削る思いでゲームしているんだ」
「変な慣用句、作らないでよ……」
手を貸し、ネコカを起こす。
「短時間だが、相手を拘束できる」
「その隙にズドンってわけね」
「そゆこと。ギロリは格下にしか通用しないが、4ツ眼ブーストでひと回り上の相手にも通るようになる」
レジストする勝気な奴もいるし、そもそも目のない奴・畏怖する心を持たない奴には無効化される。
そこが注意点だ、と警告も忘れない。
「ニャロリ!」
「……ほ、ほニャ!?」
スーマのギロリをマーホが見てしまった。
ばたりと倒れるスマホ……。
アホだ。
◇
「ケンゾー、今日は勉強になったわ。やっぱりゲームってわかってる人に聞くのが一番タメになるわね」
「俺も知見を得られた。当面はゲーム知識と現実のズレを埋めていくことが課題かな」
また明日、と約束してネコカと別れる。
夕暮れの街に消えていく後ろ姿はスキップでもしているみたいに軽やかだった。
殺処分という言葉が耳朶に蘇る。
そんなことはないと思うが、ある日、突然あの背中が消えることがあるのだろうか。
あるいは、俺自身も……。
気が重くなったのは一瞬だけ。
俺もマーホに負けず劣らずアホなので、すぐにどうでもよくなった。
「もっかいダンジョン、行ってくるか!」
これは経験に基づく持論だが、ゲームとは夜が更けるほど集中できるものなのである!




