34 青天の霹靂
槍のような一角ヅノで雲を裂き、そいつは特急列車じみた勢いで飛び出してきた。
草の海に土のしぶきを上げ、猛然と迫るそいつは半人半馬の怪物。
その手にあるのは法螺貝にも似た巨大なラッパ。
「怪乱馬アンドスキアスだ!」
と俺が一言叫ぶ刹那に、そいつは100メートルの間合いを走破していた。
ひづめが地を打つ。
アンドスキアスが宙を舞う。
高く振り上げたラッパ鎚を、横合いから射し込む朝日が鈍く光らせた。
高速・高威力の《猛進跳躍叩きつけ》――。
親の顔並みによく見た、初撃決殺の重撃だ。
俺は剣で下から迎え撃った。
インパクトの瞬間、嫌な予感がした。
「流剣《流麗》――!」
とっさに流し技でラッパ鎚を流す。
メギャ、と異音。
すぐ横で地面が爆散する。
下から噴き上げる茶色い水柱をもろに浴びつつ、俺はバク転・バク宙で距離を取る。
文字通りの土砂降りの中で、アンドスキアスの目が赤く光った。
俺はふと違和感を覚えて右手を見た。
え……、となる。
なんと剣が折れていた。
「お、俺の初期武器が……! まあいいけど」
こんなもん、ポケットマネーで1000本は買える。
「『オベ4』に武器の耐久値って概念はないんだけどな。この改変はリアリティあっていいな。伝説級の武器が壊れるとさすがに泣くと思うが」
「感想つぶやいてる場合!? あいつ、フロアボスじゃないの!?」
ネコカが階層主の奇襲でも受けたような顔をしている。
実際その通りだがな。
「そう焦るな」
俺は折れた剣を仕舞いつつ鼻を吹かした。
「ボスと言っても、普通のモンスターと本質的には変わらない。HPが高いってだけだ。アンドスキアスの討伐推奨レベルは24。ネコカだってタイマンで勝てる相手だ」
「……そんなの嘘だわ。全然勝てる気しないもの」
青い顔で一歩退くネコカ。
ぺたんとした猫耳が可愛い……いや、情けない。
「たしかに、迫力はケタ外れだな」
あらためて見ると、アンドスキアスの威容には堂々たるものがある。
ショルダーアーマーじみた三角筋。
鋼鉄の城壁を思わせる分厚い胸板。
青みがかった毛並みは光の輪郭を帯び、ひづめは削岩機に似ている。
地を蹴ったその一歩で数メートルを駆ける雄姿は、まさしく草原の覇者。
階層主の中では小型の部類。
しかし、そこに臨界に達した力が無理やり詰め込まれているようだった。
「すげえ。超カッコイイ……」
俺は、好物は最後派だ。
あとで連戦を楽しもうと思って、まだ各層のボスには手を付けていない。
これが初ボス戦。
本質的には普通のモンスターと変わらない、なんて言っておいてアレだが、やっぱり興奮する。
胸の中ではとっくにボス戦のBGMがビートを刻んでいた。
俺は、好物は最後派だが、つまみ食いはOK派でもある。
「ちょっと遊ばせてもらうか!」
「真剣にやりなさいよね!? ほんとお願いだから……!」
「馬っ鹿。ゲームってのは真剣に遊ぶもんだ!」
ド派手な土ぼこりを上げ、レース・チューンの耕運機みたいな荒っぽさでアンドスキアスが猛突撃してくる。
すれ違いざまにラッパ鎚を強振。
俺も同時に拳を振り抜いていた。
ツッバガアアアアアンン、とすごい音。
俺の拳がラッパ鎚を粉砕していた。
「へえ。武器破壊なんてできるのか。ゲームにはなかった仕様だ。つか、俺の拳ハンパないな」
拳はラッパより強く、ラッパは剣より強く、たぶん剣は拳より強い。
ここに『オベ4』ジャンケン、成る。
『キョガアアアアアアアアアア――!!』
愛武器を失ったアンドスキアスの、怒りの咆哮。
使い込んだコントローラーが逝った日の俺みたいな悲鳴で、語らいたくなった。
「お?」
アンドスキアスの左手で何かが光った。
草原の緑に光の線を引きながら巨大な矢が飛んでくる。
俺は素手でキャッチした。
パシッ、って感じ。
さすがにアンドスキアスも目を点にした。
二の矢、三の矢も鷲掴みにする。
貰ってばかりでは悪い。
俺はポケットから石を引っ張り出してワインドアップ。
ピッチャー、振りかぶって投げた。
ツパァアアアンン、というものすごい風切り音。
もはやソニックブーム。
アンドスキアスのボウガンが木っ端微塵に砕け散った。
『……ォキョ?』
武器を二つとも失ったアンドスキアスは全裸で打席に立たされたスラッガーみたいに頼りなかった。
それでもこの階層の主。
雄々しい一角ヅノを槍のように低く構え、雲の中にパカラっていく。
「雲隠れからのお得意の高速突進攻撃か」
俺だけならなんとでもなるし、なんならケツで受けてやってもいい。
たぶん、1ドット分もHPは減らない。
しかし、ネコカたちを狙われるとまずい。
俺は空に人差し指を向けた。
「聖域風魔法《気団上昇》!」
どん、と肩にのしかかる重み。
巨人が立ち上がるような地響きの後、空気の流れが上昇に転じる。
草原を滑っていた雲が引き剥がされて、空へ。
隠れ蓑をなくしたアンドスキアスは力なく足を止めた。
「これもゲームじゃできなかったな。雲は干渉不可能なグラフィックでしかなかったし」
原作厨の俺もこの手の改良は歓迎だ。
「信じられぬ。よもや天を操ろうとは……」
ガンケンがチユの肩を抱き、いわおのような顔を不安げに歪める。
空が割れたような反応だ。
「……」
ふと冷静になる。
ゲームは本気で楽しむべきものだが、そこには、ほかの人の迷惑にならない範囲で、という但し書きがつく。
検証ついでにもう少し遊びたかったが、終わらせるか。
「さて、どうとでも倒せるが、どう料理しようかなっと。――お」
「なんの『お』よ?」
ネコカが草の陰から胡乱な目を覗かせる。
「いや、俺も《料理人》だなと思って。クソデカまな板大地の上で馬肉料理だ」
ひとつ笑ってから訊く。
「ネコカ、経験値稼ぎをしておくか? たぶん、ワンヒットでも入れれば経験値が入るぞ。ボス戦だ。だいぶ儲かる」
少なくともゲームでは、ボス戦は割り勘がなかった。
参戦した全員に経験値が100%分配された。
「いいえ。遠慮しておくわ」
「遠慮することないぞ?」
「正直に言うと、怖いのよ。階層主なんて見るのも初めてだもの」
「ふむ……」
一度でもボスを倒せば、迂回路が出現する。
ボス戦をしなくても次の階層に移動ができるようになる。
そういう意味では、ボスと一切戦わない攻略法もありえるわけだ。
誰かにボスを討伐してもらい、自分はその後からついていく、と。
俺からすれば、邪道だ。
誰かが敷いたレールの上を歩み続ける人生なんて糞すぎる。
そのうちグレてロックバンドとか結成したくなると思う。
でも、安全で確実だ。
その生き方を否定はしない。
そっとエレキギターを差し入れすることはあるかもしれないが。
「それじゃ、俺がかっこよくシメますか」
せっかく雲を巻き上げたのだ。
あれを流用させてもらおう。
俺は雲の渦の中心に手を伸ばした。
「詠詩開始《追尾/属強/最大/最速/貫通》終詩――」
一度やってみたかったんだよな。
全力最大のフル詠唱魔法。
そうはさせじとアンドスキアスが土を蹴る。
ギロリ――。
俺はその赤い目を強く睨みつけた。
《畏怖の魔眼》だ。
この手の技はボスキャラに効きにくい。
だが、レベル差が10倍以上開けば階層主にも確定で通る。
石像のようにびたりと硬直したアンドスキアスに狙いを定め、俺はニッタアアアと口角を引き上げる。
詠唱開始。
「裁きの御手は地を穿つ槍、天震わすは主の詔勅。打ち据えよ、光の下に咎人は焼尽す――」
雲が墨を吸ったように黒く染まる。
巨大な太鼓の音に合わせて稲光が走った。
「いざ天門よ、開け!」
黒の中に光の玉が生まれた。
俺は手を振り下ろした。
「――《酷烈神天雷槍》!!」
全部白になった。
音も消える。
女神とかがいる天界かと思った。
直後、お腹と胸にものすごい衝撃。
足がちょっと浮く。
白の後は、紫と黒の明滅が長く続いた。
やっと鼓膜が追いついてきて、キィィィンンと耳鳴りがする。
その中に、戦艦が大破・炎上・轟沈するような音が聞こえた。
土煙が風で吹き流されると、そこには巨大なクレーターがあった。
緑が消し飛んだ黒い穴の底に赤い水がどろどろと流れ込んでいる。
完全詠唱・最大強化の龍域雷魔法《酷烈神天雷槍》――。
雷属性では、俺が使える中で2番目の威力だが、まさしく龍の域の魔法だ。
こんなもんくらったら、さすがの俺でもHPが3割は飛ぶかもしれない。
服なんて全焼だ。
全裸7割男性になってしまう。
たぶん、アフロの。
「んふうぅーっ!」
と、俺は達成感を息に込めて吐き出した。
「討伐完了っと!」
焦げ臭い風が汗を拭っていく。
伸びをすると、痛快なほどに気持ちよかった。




