32 モンク・ガンケン
チユパパは立ち上がったヒグマみたいな人だった。
数日分の汗と皮脂、そして、泥と魔物の血が混ざり合ったワイルドなスメルをムワっと漂わせ、全身から湯気を発しているようにも見える。
目つきは険しく、両腕の先には岩のような拳。
体育教師10人を鍋で煮詰めて濃縮したらこんな感じになるだろうか。
柔道強そう。
名前はブィスト。
冒険者の間ではもっぱら《ガンケン》と呼ばれているらしい。
「頑健」と「岩拳」と「眼険」のトリプル・ミーニングで。
「おとぉたまぁ! よかったですぅ……!」
「ああ、エイルんるん! 生きてまた会えるとは、いかなる神の導きか!」
むぎゅぅ、と娘と抱擁するガンケン。
エイルんるんだってよ。
中身は見かけほどいかめしくないらしい。
もっとも、チユが娘なら、男はみんな親バカになると思うがな。
しばらくして、チユは思い出したようにこちらを向いた。
トコトコ駆けてきて、そうするのが当然のように俺に抱き着く。
「ケンゾーさん! ネコカさんも! 本当にありがとうございました! おとぉたま、ご無事でした!」
うんまあ、よかったね、と。
俺もクエストを達成できてうれしいよ、と。
しかし、なんだな。
チユが抱き着いた瞬間、ただでさえ険しいガンケンの目がキッ、と鋭くなった。
猫娘に睨まれ慣れている俺をして、熊はちょっと……。
ガンケンは拳からメギメギと威嚇的な音をほとばしらせ、馬鹿でかい歩幅で詰めてきた。
振り上げられた戦鎚みたいな顔が俺を見下ろしている。
「失礼。私はモンクをしている者で、ブィストという。エイルの父だ。貴殿、娘と親しいようだが、どういった方であろうか」
娘がなぜここにいるのか、より、そっちが大事なのか。
親バカめ。
「おとぉたま! この方はケンゾーさんといって、凄腕の冒険者さんなんですっ! おとぉたまの捜索を引き受けてくださった、とってもとっても優しい、わたしの尊敬する方なんですっ!」
「尊敬……」
ガンケンの目に複雑な色が宿る。
岩盤みたいな頬がぴくっ、と動いた。
が、そこは大人の対応だ。
喉に刺さった小骨はひとまず忘れることにしたらしい。
「あいや、申し訳ない。娘のわがままを聞いていただけたこと、そして、愚小なる我が命を拾いに来てくださったこと、深く感謝申し上げる」
でかい戦鎚頭がブンと俺のヘソのあたりまで振り下ろされる。
心理的風圧で俺は吹っ飛ばされそうになった。
ちなみに、ネコカは俺の背後に隠れて、脇の下から片目だけ覗かせている。
雷の日の猫みたいに。
体育教師、苦手なんか?
「ケンゾー殿とおっしゃるのか。……ふむ。無敵の討ち手《ムノウ》と呼ばれる冒険者の活躍ぶりについては教会でも度々話題に上っている。貴殿に相違あるまいな?」
「……まあ、そうだが」
そんなあちこちで話が伝わっているのなら悪いことはできないな、と思った。
たとえば、街中で花火を打ち上げるとか。
「私の捜索に来てくださったとのことだが」
「ああ。チユが……エイルさんが捜索願を出したんだ。俺たちはそれで」
「捜索願など迷い猫の張り紙ほどの価値もありますまい。よくこのような高層域まで来られましたな。よほど人のよいお方とお見受けする」
俺からすれば低層域だがね。
「人がよいとか関係ないだろ。困っている人がいれば飛んでいって助ける。それが普通だ」
そうやってすべてのクエストを消化しないと《クエスト達成率》を《100%》にできない。
未達成の要素を残したまま全クリしても、それは本当の意味でのゲームクリアとは言えないのだ。
だからこそ、助けを求める人がいたら金を払ってでも助ける。
その先にこそ完全クリアがあるのだから。
「貴殿は本当に素晴らしい御仁だ」
ガンケンの目がきらりと光った。
俺に注がれた眼差しが幾分柔らかくなる。
何か勘違いされた気がするが、凍った岩みたいな目で見下ろされ続けるよりはいい。
ゲーマーとは、それがたとえプロゲーマーであっても、往々にして世間の厳しい目にさらされるものだ。
温かい目、大歓迎。
俺は春の日射しを浴びた道端の地蔵みたいな顔で微笑み返した。




