19 雑魚の人権
「あ、あんた、レベルは?」
チンピラ門番オニョモがビビりがちに訊いてくる。
「普通にカンストしているが?」
言うまでもないことを問われた気がして、俺は素っ気なく答える。
ステータス画面にレベルだけ表示して反転させてやると、向こう側でオニョモの目が細まり、カァッと見開かれた。
「れ、Lv.300……。マジかよ」
何に驚いているんだ、と俺は首をかしげた。
Lv.300なんて珍しくもない。
プレイヤーレベルのカンストは目指すべき最初の目標だ。
「いや、オレは認めねえぞ! オレは自分の眼で見たものしか信じねえからな!」
「自分の目も何も今見たばかりだろう」
ついでに、痛みをもって味わったばかりだ。
「ムムムムムム……!」
オニョモは難解な数式でも睨むような顔で俺を見つめている。
その目がボゥと光っている。
魔眼か。
「オレの鑑定士レベルは10! カンスト済みだ。鑑定成功率100%を誇るオレ様の《看破の魔眼》をなんぴとも欺けやしねえのさ! ほーら見ろ、化けの皮が……」
「化けの皮が?」
「化けの皮……がー」
「が?」
「…………が……あー。あー、剥がれ、ねえな。マジか」
オニョモは急にスッと真顔になった。
「Lv.300を団長以外で見たの、初めてだぜ。いや、失礼ぶっこいてスイマセンでした、ケンゾーさん」
態度の急変より、オニョモの言葉のほうが俺には衝撃だった。
「Lv.300って珍しいのか? そのへんにゴロゴロしているはずだろ。それこそ石ころみたいに」
普通にプレイしていたら勝手に上がるのがレベルってものだ。
シナリオを8割方進めれば、よっぽど駆け足でもない限り300にはなっているはず。
プレイヤーは前世の記憶を引き継いでいる。
当然Lv.300の猛者ばかりだと思っていたのだが……。
「負の転生特典とでも呼ぶべきかしら。みんなこの世界に飛ばされたときに大幅な弱体化を受けているのよ」
ネコカが舌打ちじみた声で言った。
「だいたい8割引きってところね。Lv.300だったプレイヤーも60くらいまで下げられているのよ。ろくでもないことにね」
「それで入団基準が60レベ以上なのか」
俺は基準には根拠を求めるタチなので、カチッと気持ちよくハマった気がして気分よく指を鳴らした。
「《銀蝋の翼》のトップランカーたちでも平均レベルは100に届かないんじゃないかしら。プレイヤー全体だと40が関の山ね」
「それでもオレらはクソ雑魚のノンピーどもと比べりゃ格段に強えがな」
そう言ってオニョモが誇らしげに掲げた戦鎚は、ストーリー序盤の雑魚武器だった。
俺がナーフを受けなかったのはなぜだろう。
全部忘れて初期状態だったから、下げようがなかった、とか?
「おっと、いけねえ。話がそれちまったぜ」
俺の前に正座するオニョモ。
「ケンゾーさん!」
「さん……」
「自分雑魚なんでケンゾーさんと話すときは語尾にザコつけさせてくださいザコ」
「結局、ザコはつけるのか……」
「《銀蝋の翼》はケンゾーさんを歓迎しますザッコ。Lv.300とかマジ即戦力で主戦力ですザコ。団長もキャッキャして喜ぶと思いますザコザコ」
「団長、一軍女子みたいな人なんだな……」
ボケ役を自認する俺にツッコミをさせるなという。
「それじゃさっそくケンゾーさんをオレらのホームにご招待ァーイム! ――だが、てめえはいらねえ、ざーこ」
ここでいう「てめえ」とはネコカのことである。
「雑魚に人権はねえ。それがゲームってもんだろザァーコザァーコ。おら帰れザコ! 我々人類はバスト36センチ雑魚女に興味なんざねえんだよザーコ!」
「私、その倍以上あるわよ……」
ぐぬぬ、とうなりつつネコカはしかし、おのれをセーブした。
「私はたしかに基準に達していないわ。でも、伸び盛りなのよ。昨日なんて4レベも上げたんだから」
「どうせケンゾーさんにレベリングしてもらったんだろうが、メスザコこらあ。オレらだってケンゾーさんさえいりゃ強くなれるっつのザコ。こりゃ入団基準がLv.80に引き上げられる日も近けえなザコザコザーコ」
「それでも、いないよりはマシでしょ? お願い。《銀蝋の翼》に入れて。この私が頼んでいるのよ?」
お前が頼むとなんだ、と思ったのは俺だけじゃないはず。
オニョモはかったるげにクソデカため息を吐き散らかした。
「あのよぉ、てめえ、自分が美少女だからって調子乗ってんじゃねえザコよ。この世界の容姿なんざ着ぐるみだっつの。中の人とは別モンだ。てめえ、本当は女じゃねえだろ? 帰れ、パネマジおっさんザーコ!」
「な! 私はおっさんなんかじゃ……」
おい、なんかって言うな。
おっさんとは、社会を支える柱である。
柱が砕けたら天が落ちてくるぞ。
なんかって言うな。
ゲームもだいたいおっさんが作ってくれている。
俺はおっさんを見かけるたびに最高のリスペクトを表明している。
毎日勤労ありがとう!
お疲れ様です!
「うおらあ! 帰れザァーコ!」
「きゃ!?」
突き飛ばされたネコカが砂路に倒れる。
その姿は先刻のシスターを彷彿とさせた。
熱砂に焼かれながらネコカもそう思ったかもしれない。
ともかく、金魚の糞作戦は失敗らしい。
「ケンゾーさんのほうは大歓迎ですザコ。どうかウチに入って大活躍してください。今日からお世話になります」
オニョモはちゃんとしたサラリーマンみたいに腰を90度にした。
いささか面食らうが、俺の答えは決まっている。
「高く評価してもらえて光栄だ。だから、こんなことを言うのは申し訳ないんだが、俺はネコカとパーティーを組んだ。ネコカが加盟できないなら、俺も加わらない」
「いやいやいや……! なんでそうなるんですか!? ケンゾーさんほどの御人がそんな雑魚に義理立てしなくてもいいじゃないっすか。ほら、あれっす。キャリーなんてゲームじゃタブーですし。そんな雑魚、そのへんにポイしといてくださいよザコ。あとでオレらが水路にでも捨てときますんでザッコケコッコー」
ひでえ言いぐさだ。
強者が強者でいるために弱者を見下す必要はない。
まったく無用な侮蔑だ。
俺はネチケットがなっていない奴は大っ嫌いだ。
「私に遠慮することないのよ、ケンゾー」
ネコカがそう言う。
いじけたような卑屈な言い方だった。
「性格悪くて生意気でクソ雑魚の私の相手をしているより、実力のある人たちと高め合うほうが建設的でしょ」
「一般的にはそうだな」
「あなたは《銀蝋の翼》に加盟すればいいわ。私なんて先日会ったばかりの他人だもの。義理立てするほどの義理もないわ」
ネコカがそっぽを向く。
気丈に振る舞っているが、耳はしゅんとしている。
声の端も上ずっていた。
まったく、気が強いんだか、弱いんだか……。
「ゲーマーはな、一般的とか建設的って言葉が大っ嫌いなんだ。一般的に建設的じゃないからな、ゲームってやつは」
俺は猫耳の間をわしゃわしゃした。
「言っただろ、ネコカ。俺のモチベは美少女キャラを助けるシチュで有意に上昇するんだ。猫耳娘ともなればなおさらだ」
「……バカじゃないの。私なんて別に美少女じゃないわよ」
事実ネコカは顔をくしゃくしゃにして泣きべそをかいていた。
俺は手を引いて立ち上がらせた。
「オベリスクは二人で攻略しよう」
「二人だけでできるかしら」
「できる。トップクランに頼らなくても、お前にはLv.300がついているからな。大船に乗ったつもりでいろ。なんなら、お前なんていなくても俺一人でできるぞ。足手まといまである」
「ちっともフォローになってないわよ、バカ……」
濡れた顔で笑うネコカに少しドキッとした。
俺は猫耳キャラが愛される理由を瞬時に考察する。
たぶん大きな耳による小顔効果とかだろう。
なんでもいい。
猫耳最高だ。
でも、一点確認。
「本当におっさんじゃないんだよな?」
「ないわよッ!!!」
「おし!」
俺は自分でもよくわからない掛け声とともに歩き出した。
行き先はもちろんオベリスクだ。
貴族街に俺をドキドキさせるものはない。
砂場にゴージャスな城を建てるより、塔で暴れ回るほうが俺は好きだね。
「そうはさせねえぜ!」
とオニョモが行く手を阻む。
俺と目が合うとソワソワしたのち、そそくさと道を譲った。
「チッ、オレじゃケンゾーさんを止めることはできねえ。でも、諦めねえぞ。後日、菓子折り持ってうかがわせていただきますザコ。黒塔屋のピラミディオン・ケーキですザァーコ!」
俺はぴくっ、として足を止めた。
このヒィロポリスで一番うまいと評判の最高級チーズケーキ……。
「ごくり」
「ごくりじゃないわよ……」




